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九尾の狐、 監禁しました  作者: 八神響
第2章 混ざり妖編
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第76話 九龍

 斬られた箇所を抑えて蹲る大黒の横を藤は余裕げに歩いて野槌と合流する。


「見た目こそ無傷だけど、その痛みは想像を絶するだろう? さすがの君も体を真っ二つにされたのは初めてのはずだろうしね」

「…………っ」


 痛みに顔を歪めながら大黒は体を回して野槌を撫でる藤を睨みつける。


「情熱的な目を向けてくれるね。だけど痛々しい。僕は君の苦しむ姿を見たいわけじゃないんだ。感情のこもった目で見てくれるのは嬉しいんだけど、もう君にはどうすることも出来ないんだから諦めてほしいな」

「……はっ、誰が」


 言いながら大黒は歯を食いしばって一気に立ち上がった。

 だが、息は乱れ大量の汗を流しながら膝に手をついている姿は、立っているのが精一杯というのが誰から見ても明白だった。


「はぁっ……、はあっ……」

「……君は凄いね。全ての陰陽師が君みたいだったら僕もこんな風にならなかっただろうに」

「は……、は、そんな界隈はすぐに潰れるだろうな。俺みたいな奴が何人いた所で何も、なせない」


 大黒は遠くに離れた磨の亡骸に目をやって顔を伏せる。


「……出来ても精々、たった一つの大切なものを守ることぐらいだ。それすらも、それ以外の全てを捨てないと成し得ないくらいにどうしようもない人間だ……」

「そのために半身を斬られた痛みに耐えれる陰陽師がどれくらいいるか……。まあ、いいさ。それで? このままじゃあ、その『たった一つの大切なもの』も僕に奪われることになるけどどうするつもりだい?」


 藤は刀を左右に振りながら大黒に問いかける。


 すでに大黒の体からはほとんどの霊力が喰われてしまい、それに伴って瞳や髪の色もどんどん薄れてきていた。

 左手に至ってはとっくに形を保つことすらできなくなっており、それは大黒の妖怪化も限界を迎えていることを意味している。


 藤はこのまま大黒が完全な人間に戻り霊力が底を尽きかけた所で、飽食の剣を使い霊力の流出を一時的に止め、その弱った大黒を人質に九尾を引きずり出そうと目論んでいた。


 事態は図らずも藤の当初の計画通りに進んでいる。しかしこの期に及んで立ち上がった大黒を見て、藤は手放しに喜んでもいられず警戒を続ける。


 大黒が何をしてこようとしばらく逃げ続けていれば自分の勝ち、そのはずなのに藤は何故か自分が追い詰められているかのような錯覚を感じ始めていた。


「……霊力がどうやって回復するのかは知ってるよな?」

「もちろん、常識じゃないか」


 未だに俯いている大黒に底知れなさを感じながら、藤は自分を鼓舞するように口の端を吊り上げる。


 大黒の言う霊力の回復には四つの手段がある。


 一番単純な方法としてまず休息を取ることによる自己治癒力での回復。

 次に他者の霊力を分けてもらうことによる陰陽師専門の医者等が行う回復。

 さらに特殊なものとしては特定の呪具による回復もある。


 そして、今回大黒が指し示している回復手段はそのどれでもない四つ目。

 あらかじめ何らかの形で蓄積しておいた霊力を解放して、現在の自分に還元するといった手段である。


(本当は使うつもりはなかった……。だけど、背に腹は代えられない。ここでこいつを殺せずにハクまで危険な目に遭わせたら、俺は自分が情けなくて生きていられなくなる)


 下を向く大黒の周りに霊力が満ち溢れていく。


 瞳や髪は再び鮮やかに彩られ、左手も形を取り戻す。

 

 先程大黒が妖怪化した時よりも多量な霊力は全て大黒の中へと収まり、大黒は生気を取り戻した体で背筋を伸ばす。


 自分の存在意義を証明するために。


「……! これは……!」


 飢餓ノ剣による攻撃で限界を迎えていた大黒の復活を見て、藤は驚嘆を顕にする。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻し大黒の体に何が起こったのかを把握した。


「……なるほど、あの家の結界か。君らしい貯金の仕方だ」

「貯金、なんて意識は無かったけどな。結果的にそうなっただけだ」


 大黒の家にはハクを内から出さないための結界と、外の攻撃から守るための結界が何重にも渡って張り巡らされている。


 その最後の一枚だけを残し、それ以外の結界を解除することで大黒は結界に使った分の霊力を自分の身に戻した。


 本来、生き物が身に宿す霊力の上限はそれぞれの個体によって決まっている。ある程度までは努力で上限を伸ばす事ができるが、限界値は才能で決まっている。


 だが、霊力を貯蓄することによって一時的にではあるがその上限を突破することが可能となる。


 大黒の体は今も飢餓ノ剣に霊力を喰われ続けている。それでも限界を超えて霊力を回復した大黒にとっては、それも微々たるものでしかなかった。


「塵も残さないで殺してやる」

「……君からの殺し文句は別の形で聞きたかったね」


 お互い、次が最後の激突になると感じていた。

 

 故に交わす言葉は少なく、ただ目の前の相手を倒すことだけに集中する。


 依然、有利なのは飢餓ノ剣で攻撃を入れた藤。

 大黒が出すであろう大技を耐える事ができれば、その分霊力を消費した大黒は戦闘不能になる時間も早まる。

 避けることは不可能かもしれないが、耐えるだけでいいならまだ可能性も残っている。


 油断はなく、全霊で、藤は野槌に命令を下す。


「野槌、出し惜しみは無しだ。久々にあれをやってくれ。最後の一滴まで霊力を振り絞ってね」

「……ぉぉおおお!」


 藤の言葉を受けて野槌はいなないた。


 次の瞬間、野槌の腹は一際大きく膨らんで、口から数多の妖怪を吐き出した。


 足長手長、大入道、子鬼、河童、野衾、風狸、一反木綿等々。


 野槌が今まで食ってきた多種多様な妖怪が、主を外敵から守るために野槌の腹から産み出される。


 その数は百と少し、それらを総称して藤はこう呼んでいた。


「百鬼夜行、なんて大仰な名前だけどね。それ以外に呼称しようが無いからそう名付けた。力こそ本物に劣っているものの能力は本物と一緒だ。さあ、君はどう対応する?」


 妖怪の大軍勢の後ろで藤は刀を下段に構えて大黒の出方を窺う。


「………………」

 

 大黒は片目を閉じて脳内のイメージを反芻する。

 多勢に無勢、妖怪によっては殺し方に気をつけなければいけない者もいる。それでも大黒は一切負ける気がしなかった。


 以前大黒家で見たハクの記憶、その中で得たハクの得意技の一つ。

 それを再現するため大黒は札を取り出した。


 大黒が取り出した札は木火土金水合わせて五枚。

 それらは空中で円を描き、大黒の力を循環させる。

 莫大な霊力を無理やり札に込めていき、火行符に力が集中した所で大黒は呪文を唱えた。


「『九龍火焔ジゥロンフォイエン』」


 ゴァッ!! と音と熱気を携えて、大黒の前に九つの頭を持った炎の龍が顕現する。

 龍は百鬼夜行を呑み込むために、地面を焦がしながら前進する。


「おいおいおい! 嘘だろう!?」


 十、二十、と次々灰にされていく妖怪を見て藤は慌てて後ろに飛び退く。


 距離は十分にある、間には百鬼夜行と野槌もいる。それでも藤の肌は熱気に耐えられず悲鳴をあげていた。


(熱い……! 肌も、喉も焼けていく……! 息をすることすらままならない! それでも……!)


 灼熱地獄に耐えながら、藤はまだ希望を捨てていなかった。


 百鬼夜行の中には炎に強く、熱では死なない妖怪もいた。たとえどれ程強い炎でもそれらには効かない。


 その妖怪達がいれば九龍火焰にも耐えられると藤は踏んでいた。

 しかし、それらが炎の龍から飛び出した瞬間、大黒は次の術を発動した。


「生成、裁断結界」


 大黒は七枚の護符を地面にばらまき、七つの結界を作り出す。

 極限まで薄く作られたその結界達は、普通の結界とは違い中心に丸い大きな穴が開いていた。


 そして、様々な場所に設置されたその結界の穴を妖怪達が通ろうとした瞬間、


「施錠」


 穴は閉じられ、妖怪達の体は二つに切り裂かれた。


 そうなるともはや、大黒と藤の間を遮るものは野槌のみ。

 百鬼夜行を殲滅し終えた大黒は全身に霊力を込めて、藤の所へ文字通り飛んでいく。


「……せぁっ!」


 そして着地と同時に野槌に拳を繰り出すと、野槌の体は破裂して辺りに肉片と血の雨を降らせた。


「……っ!」

「ぐっ……! はっ……!」


 全ての障害が無くなり、藤が防御のために構えた刀もすり抜けて、大黒の手刀は藤の体を貫いた。


 致命傷を負った藤は、大きな血の塊を吐いてその場に崩れ落ちる。



 戦いは終わる。苦々しい顔をした勝者を残して。


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