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九尾の狐、 監禁しました  作者: 八神響
第2章 混ざり妖編
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第62話 念珠

 時は大黒達が買い物に出かけた直後に遡る。


 買い物についていかなかった純と、そもそもこの部屋から出ることが出来ないハクは大黒達が帰ってくるまでの間を二人で過ごすこととなった。

 

 式神契約で純の行動を縛っているとはいえ、純とハクを二人きりにするのに抵抗があった大黒は純も一緒に連れて行こうとしたが、純はたまっている仕事があると言って大黒の申し出を断った。


 大黒は純の言葉を少々訝しんだものの、無理やり連れて行くことも出来ず結局三人で出かけることにした。


 そして残された二人はというと、特に会話もせずにそれぞれ自分の時間を過ごしていた。


「……………………」

「……………………」


 会話の必要性があるわけではない。

 むしろハクに悪印象を抱いている純と下手に会話をしようとしたら、今以上に空気が悪くなる可能性が高い。


 だからハクとしても積極的に話しかけようとは思わなかったのだが、どうしても気になることがあり、それについて純に尋ねることにした。


「少し、聞いてもいいですか?」

「…………なんだ」


 決してハクの方を見ようとはしなかったものの、確かに純がハクに対して返事をした。

 今まで大黒の診察に来ていた時はハクを完全にいないものとして扱っていた純の対応に驚きを感じながら、ハクは質問を続ける。


「どうして貴女はここに残ったんですか? 仕事があるなんて嘘までついて」

「別に仕事があるのも嘘じゃない。大黒家を一新するための仕事は一月やそこらでは終わりそうもないしな。まあそれはともかく、私が残った理由などわざわざ聞かなくとも想像がついているだろう?」

「大まかなところは、ですけどね」


 ハクは洗濯物を畳みながら頷く。

 純の言う通り、ハクは純がここにいる理由について予想は出来ている。

 十中八九、自分に何か言いたいことがあるのだろう、と。

 しかし、


「私に用事があることは分かりますが、その内容までは分からないからこうして聞いているんです。……多分良いことでは無いでしょうけど、聞かないでいるのももやもやしますし」

「ふんっ、そうとは限らないぞ」


 話の詳細を聞くのを不安がっているハクを純は鼻で笑う。


「兄さんが私に課した縛りは『九尾の狐に危害を加えないこと』だ。この危害には物理的なものはもちろん精神的なものも含まれる。つまり私はお前を斬ることも出来ないし、罵詈雑言をぶつけることも出来ない」


 純は大黒との間で交わされた契約内容について話す。

 

 純の言葉に補足をするなら、純はハクがマイナスな思いをする行為を取れないということだ。要するに全ての判断基準はハクにある。


 純が良かれと思ってとった行為でも、ハクが悪印象を抱いてしまえばその行動に制限がかかる。逆に言うとハクが悪印象を抱きさえしなければ純の行動に制限はかからない。

 だが、どこまでならばセーフかなんて調べる気にもならない純は、ハクとは関わらないという方針にすることにした。


 しかしいつまでもハクが大黒の家にいることを許容出来るはずもなく、大黒が外出した隙にあることを確かめようと今回の行動に至った。


「そんなお前に利することしか出来ない私からプレゼントをやろう。ありがたく受け取れ」

「あ、貴女が? 私に?」

「ああ、そうだ。これを渡したいがために私はここに残った。大切に扱ってくれ」


 そう言って純は鞄から念珠を取り出しハクの前に置いた。


「…………これは」

「第四級指定呪具、希薄魂きはくこん。人間が決めた等級なんてお前は知らないかもしれないが、言ってみれば危険で扱いの難しい呪具ということだ」

「そうですね、危険なことはひと目見れば分かります。……それで? どうして私にこれを?」

「そう警戒するな。危険は危険だが見ただけ、触っただけで効果を発揮するものじゃない。ほら、この通り身につけても何も起こらない」


 純は手首に念珠を通してハクに見せる。

 今以上にハクを警戒させてしまえば、契約に抵触して話を進められなくなるのではないかと危惧しての行いだった。

 その甲斐あってかハクも多少警戒を緩め、純が話を続けられる状況になった。


「私は考えたんだ。お前と兄さんの繋がりを断ち切りたくとも、私はお前に手出しすることが出来ない。じゃあどうすればいいか、……答えは簡単だった。私の利益にもなり、お前の利益になることをすればいい。Win-Win、というやつだな」

「なるほど、それで貴女はその呪具がお互いの利益になるものだと言うんですか?」

「ああそうだ。この呪具はな、昔地下牢で監禁されてそのまま存在を忘れられ死んでいった男の骨で作られている」


 純が念珠を嵌めた腕を掲げると、蛍光灯の光に反射して念珠の玉が黒く光る。


「その男の怨念だろう、この念珠には霊力を込めると付けている者の存在を消す力がある。……こんな風に」

「……!」


 瞬間、純の姿がハクの目の前から消えた。


 呼吸音もするし、衣擦れの音もする。そこに存在しているのは間違いない、だが姿はどれだけ目を凝らしても見えてこない。

 

 ハクや、その他の妖怪、また陰陽師も使う術に隠形というものがあるが、それはあくまで霊力の少ない相手から姿を隠す術で、陰陽師等の霊力の多い相手では気配を感じさせなくなるくらいの効力しか無い。

 

 目の前にいることが分かっているのに見えない、なんてことは隠形では出来ない芸当で、それが呪具の力であるということは明白だった。


 その様を見たハクが呪具の力に感心していると、純の姿が徐々に見えるようになってきた。


「ふぅ……、とりあえずこれで私が嘘を言っていないことは証明できただろう」

「別にそこは疑ってはいませんでしたが……」

「………………」


 困ったように呟くハクに、人を疑う癖がついている純はバツが悪い顔をする。 


「とにかく、今のがこの念珠の力だ。さっき込めた霊力程度では姿を消すのにとどまったが、霊力の量を増やせば呼吸音さえ聞こえなくなり、どれだけ感覚が鋭い人間にも存在を知覚されなくなる」

「……なんとなく、貴女の言いたいことが分かってきました。貴女はそれを使って私にここから出ていって欲しいんですね」

「察しが良くて助かる」


 純は自分の思惑を言い当てたハクに意地の悪い笑みを向ける。

 それを受けたハクは口をもごつかせて、純が詳細を話すのを待った。


「兄さんの結界は完璧だ。まずここに結界があるということ自体に気付かせないし、気付いた者がいたとしてどんな手練でも壊すのに最低でも一週間はかかるだろう。前までは閉じ込めることに力を注いでいたようだが、今では外からの攻撃にも完全に対応していて、その上慢心せずに今も増築を続けている」

「……あながち過大評価とも言えないのが悔しいですね」

「だが、そんな兄さんの結界も存在しないものには効果を発揮しない。透明人間の出入りは防ぐことが出来ても、空気の出入りに関してはどうしようもない」


 言いながら純は念珠を自分の腕から外して、ハクへと差し出す。


「そこでこれだ。これならお前は労せずにここから抜け出すことが出来る。お前は晴れて自由の身だし、私は兄さんをお前から遠ざけることが出来る。どちらにも不都合はないはずだ」

「ですが、その呪具がそんな簡単に扱える代物とは思えません。そこの懸念が消えないと……」

「大丈夫だ、そこもちゃんと説明する。この呪具が四級足る所以は二つある。まずは解除の時、解除条件は発動する時と量の霊力を込めるというものだが、解除の時に込めるスピードが早すぎると体に異常をきたす」

「異常、とはどういうものをさすんですか?」

「腕がひしゃげたり、足が折れ曲がったり、内蔵が潰れたりだな。そうならないためにも解除はゆっくりと時間をかけて行わなければならない。たとえどんな状況であろうとな」

「……なるほど」


 ハクは顎に手を当てて先程の純の様子を思い出した。

 少しずつ姿が見えるようになったのはそういった仕様ではなく、使用者の手によるものだったのかと思いながらハクは純に話の続きを促す。


「もう一つの理由はどういったものなんですか?」

「さっきよりももっと酷いものだ。さっきのは最悪死ぬだけですむが、もう一つの方は使用者の存在そのものが消えてなくなる」

「存在そのもの……?」

「ああ。この呪具を発動させるには霊力を込めるだけでいいのだが、その際に霊力を込めすぎると使用者がこの世界からいなくなってしまうんだ」

「それは……死ぬということですか?」


 純はハクの言葉を首を振って否定する。


「いや、本当に存在そのものだ。生きた痕跡、身体、関係者の記憶、それら全てが消えてしまう。……後に残るのはこの希薄魂だけ」

「…………っ」


 ハクは念珠を見て息を呑む。


 陰陽師協会が定めた呪具の等級は途中で変動することがままある。

 その中でも希薄魂は二級から四級へと変動したという経歴を持つ珍しい呪具であった。

 元々は純が初めに言った、急に解除すると体に異常が出るという方の副作用しか知られていなかったが、後にもう一つの副作用が発覚したことですぐに等級が変えられた。


 状況だけ見れば誰かがここに居たはずなのにどこにも見当たらない。記憶に違和感があるわけでもないし、妙なのは状況だけ。その状況も決定的におかしいわけではなく、何かがいつもと違う気がするといった程度。

 

 そんな時にいつもその場所にあったのが希薄魂であり、そんなことが何回か繰り返される内にやっと発覚した強力な呪い。


 古今東西、様々な呪具を見てきたハクもその恐ろしさについ身を引いてしまった。


「扱いが難しいのは確かだ。だが、そこは私が徹底的に教えてお前の身の安全を保証する。兄さんに誓ってそこは保証しよう」

「…………貴女のその言葉は重みが違いますね。そこまで言うなら疑う余地はないでしょう」

「そもそも契約でお前に危害は加えられないしな。さあ、これでメリットやデメリットは全て話した。後はお前がこの呪具を手に取るかどうかだけだ」


 そう言って純は手に持った呪具をさらにハクに近づける。


 ハクが呪具を受け取るかどうか、そして純が呪具の扱い方を教えることが出来るかどうか。

 純がこのやり取りで確認したいのはそこであった。

 

 このまま事がスムーズに運ぶのならそれで良し、だがもしもハクが呪具を受け取らなかったり、純の行動に制限がかかった場合はハクがこの部屋から出るのをマイナスと捉えていることになる。

 それはつまり、大黒だけでなくハクも大黒と共に過ごしたいと思っている何よりの証拠になってしまう。


 事態がそこまで進行してしまっていたとしたら、純としても急いで他の手立てを探さなければいけなくなる。


 そしてハクが言葉は発さずに純から呪具を受け取ろうとした瞬間、純のポケットから電子音が鳴り響いた。


「チッ……、なんて間の悪い……。悪いが急用が出来た、一旦呪具はお前が預かっておいてくれ。その内また機会を作って返事を聞く、それまでに呪具を眺めながらお前の答えを用意しておけ」


 スマホを見て鬼川からのSOSメールを確認した純は、手早く戦闘の準備を済ませる。


 準備が終わった純は言うだけ言って、ハクの返事は待たずに部屋を出ていった。


 一人残されたハクは大黒の身に何かあったのだろうかと少し心配になったが、純が行くなら大丈夫だろうと思ってすぐにその事を頭から消した。


「今はそれよりもこれをどうするか考えないと……」


 純が置いていった念珠を手にとってハクは静かに呟く。



 今までの自分、これからの自分、大黒のこと。



 色々なものが頭に出てきては消え、出てきては消え、を繰り返し、ハクは自分なりの答えを出す。

 


 そうしてハクは――――――

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