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九尾の狐、 監禁しました  作者: 八神響
第2章 混ざり妖編
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第61話 名前

「……鬼川は陰陽師の出ではありません。陰陽師との関わりといえば、小さい頃に偶然陰陽師同士の戦いを目撃したことくらいだそうです。そこで人が自分の力で火や雷をおこせると知った鬼川は、それを実現しようと見様見真似で練習したそうです」

「で、でも鬼川は札を持ってたわけでもないだろうし練習って言っても……」

「術に札が必要という先入観が無かったことも功を奏したんでしょう。愚直に出来ると信じてきた彼女はとうとうその身一つで、炎、風、水、雷の四種類の力を具現化するに至ったんです」


 大黒は恐れを含んだ視線を鬼川に向ける。


「……普通は無理だよな」

「ええ、どれだけ修行をつもうと普通は無理です。……あまり言いたくはありませんが鬼川は天才、と呼べる人間なんです」

「当主はこの話をする時いつも奥歯に物が挟まったみたいな言い方をするんすよねー、もっと手放しで褒めてくれたら良いのに」

「その力を一般社会で調子に乗るために使っていたお前に与えられる褒め言葉なんて無い。褒めてほしいなら相応の人格になるんだな」

「……あれは若気の至りっす。今はもう反省してるんで言わんで下さい」


 唇を尖らせて純に不満を漏らしていた鬼川だったが、昔の話になった途端ふいっと気まずげに目を逸らした。

 鬼川にとってあまりいい思い出ではないことは見て取れたので、大黒は過去の話を聞いていいかどうか逡巡したが、大黒が何かを言う前に純が話を始めた。


「鬼川は頭は悪くないんですが短絡的でして、力を手に入れたらそれをそのまま暴力の世界で使い始めたんです」

「……暴力の世界ってもちろん陰陽師のことじゃないよな?」

「ええ、さっきも言った通り一般社会の方です。ですが暴れすぎてとうとう協会に目を付けられたんです」

「ああ、まあそうなるな。たとえ一般人でも術使って暴れてるやつがいたら墨縄が黙ってないだろうし」


 陰陽師協会には『統霊会』と呼ばれる実働部隊がある。

 さらに統霊会の中には三つの部署があり、それぞれが社会の秩序を守るための役割を持っている。


 霊力を使った違反者を取り締まる『墨縄すみなわ

 妖怪を退治する『円規えんき

 協会に害をなす可能性のある不穏分子を処理する『水盛みずもり

 

 統霊会では手が回らない場合や手に負えない場合は、刀岐のような傭兵に依頼がいくこともあるが、主にこれらが人や妖怪のために日夜戦っている。


 部署によって共存派が多かったり、排斥派が多かったりなどの違いがあり、資格を手にして統霊会に就職した陰陽師はそれも踏まえて配属希望を出したりする。


「そうなんですよ。ですがこんな貴重な術者を墨縄なんかに捕まえさせるのは惜しいでしょう? ですのでその前に大黒家に雇い入れることにしたんです」

「墨縄が捕まえようとしてたのを横取りするって相当横紙破りな手を使わないと無理な気がするけどなぁ……、まあそこは触れないでおくよ」


 妹が何をして鬼川を雇うに至ったのかは聞かない方が自分の精神衛生上いいと判断した大黒は、下手に突っ込みを入れず話を進めさせることにした。


「そうしてくれると助かります。それで雇ったのはいいんですがこれが思いの外使えない。火や雷を纏わせる事が出来てもそれを遠くまで飛ばすことも出来ない。本当に腕の周りでしか使うことが出来ないので、出力を上げすぎると自分が怪我をする。それを防ぐためにそれぞれ専用の防護手袋を用意したのですが、これがまた高くて出費がかさむ。事務処理能力には目を見張るものがあるので重宝してますが、それが無かったら解雇も考えるレベルなんです……それに、」

「あの、そろそろ止めてもらっていいすか? これ以上続けられると年長者の泣き顔を見ることになりますよ?」


 延々と続きそうだった純の愚痴も、愚痴を言われている本人からの静止がかかったことで流石に止まる。

 そして本当に泣きそうになっている鬼川を見かねて大黒は鬼川のフォローに入ることにした。


「純はそう言うけど別に鬼川だって弱くはないだろ? 何なら俺より強そうだったし……」

「それはありえませんよ兄さん。確かに鬼川は弱くはありません、ですが決して強くもない。纏身も何とか一メートルまでは攻撃範囲を伸ばすことが出来ましたし、鍛えたらさらに便利な力になるでしょう。それでもそこまでなんです、対陰陽師なら意表をつけて格上も殺せる可能性はありますが、対妖怪では効果が薄い。総合的に見れば兄さんの圧勝ですよ。鬼川は普通の陰陽師が使う術は使えませんしね」

「そっちの術は普通に教えればいいんじゃないのか? 霊力自体は扱えるわけだし、出来ないことはなさそうだけど」

「なんといいますか……、下手にいじると纏身すら使えなくなりそうで怖いんですよね。術の理解が感覚的すぎて本人もどう使ってるかよく分かってないみたいですし、万が一普通の術を教えて纏身のやり方を忘れてしまったら誰にも纏身を取り戻させる事が出来ません。そうなったら本格的に鬼川はただの事務員になっちゃうんですよねぇ。だから特技を伸ばさせるしか無いんです」


 そうは言いながらも純は鬼川の教育について悩んでいる所があるようで、悩ましげなため息をつく。


「あたしはそれでもいいんすけどねぇ。たまーに暴れる機会さえあればそれでスッキリ出来ますし、もう極力危険な戦いからは遠ざかりたいというか」

「へぇ、意外だな。鵺と戦ってる時はとか楽しそうだったし戦うの好きなのかと」

 

 大黒は鬼川が鵺と戦い始めた時に上げてた声を思い出しながら言う。


「戦いってか暴れるのが好きなだけっす。あたしが勝てる、もしくは負けても無事に済むくらいの相手をぶん殴るのが快感で……。相手が弱すぎても強すぎてもダメっすね、楽しくないんで」

「要は多少のスリルを感じながら殴れる相手がいいってことか……」

「その通りっす。そんで今回は当主を呼んでてほどほどの戦いですむことが分かってたからテンションが高かったってだけっす」 


 鬼川はカラッと笑っているが、背中にいる純は心中穏やかでは無かった。


「…………私はお前の戦闘欲求を満たすための丁度いい道具扱いをされたと解釈していいか?」

「い、い、いえいえいえ。そんなまさか、あたしは当主を信頼してるって話っすよ!? それにほら! 今回はお兄さんのためでもありましたしってことで納得を……!」


 純から放たれる静かな怒気に気付いた鬼川は、どうにか怒りを鎮めようと早口で純を説得にかかる。

 普段ならどれだけ言葉を尽くされようと自分の気が済むまで怒りを継続させる純だったが、今は兄の手前ということもありすぐに矛を収めた。


「……まあ、いい。それより兄さん。鬼川の話はここまでにしておいて、今回の敵は兄さんの知り合いだと言う話を詳しく聞いておきたいのですが」

「あー、そこからもう起きてたのか。いいよ、聞いてくれたら何でも答えるさ」

「そうですね……。では、まず名前を利かせて下さい」



 とうとう駅が見えてきて、大黒の体に安堵と一日の疲れがどっと押し寄せてきた。

 家具はまた今度買いに来るとして今日は家で寝たい、と考えながら大黒は口を開く。

 元凶であり、旧友でもある人間の名前を言葉にするために。



「純も知ってる奴だよ。藤瑠美ふじるみ、半妖について研究し始めて協会から追われてる馬鹿な友達だ」



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