第60話 纏身
「最初は鬼川にも申し訳ない気持ちはあったけど、自分のことを棚に上げまくる言動を聞いてたらもういいかって思ってきてな……」
「棚に上げまくるってなんすか! あたしは事実しか言ってませんよ!」
「本気でそう思ってんのなら自分の頭と倫理観を振り返ったほうが良いよ」
大黒純の従者として生きているのなら、法に触れた経験や他人に害をなした経験は人並み以上にあるはず。だというのに鬼川は自分のことを品行方正と言い張って、大黒が自分達を疑ったことすら間違いだったと主張する。
そんな鬼川の図太さに大黒は心底呆れていたが、今回のことに関しては鬼川に非が無いのは事実であるため、純や磨と同様にお詫びの約束をすることにした。
「はー……、しょうがねぇなぁー……。分かったよ、鬼川にもちゃんと飯くらい奢るさ。まあ鬼川ならラーメンでいいよな? 好きだろ? 多分」
「安くすませようとしてますねぇ! 自分の好物の話とかお兄さんにしたことないんすけど! …………でも、実際にラーメンは好きですしそれでいいっすよ。その内でいいんで一乗寺にでも連れてって下さい」
「ああ、助かるよ」
京都で有名なラーメン激戦区に行く約束を取り付けたことで鬼川も納得し、それ以上大黒を責めることはなくなった。
しかし最寄り駅までの道のりはまだまだ長く、特に共通の話題を持っていない二人は先程までの話の続きをすることにした。
「しっかし知り合いの犯行だったなんで驚きっすねー。この場合良かったというべきなのかどうなのか」
「相手のことが何にも分からないよりは良かったよ。そいつが相手だったからこそもう敵の増援はないって確信を持てたし、純や磨の保護に急がなくてすんだ」
「そこもよく分かんないんすけどね。いくら知り合いとはいえ殺しにこられたんすよ? だったらもっと徹底してくる可能性もあったじゃないすか」
「前提が違うんだよ。別にそいつは俺達を殺すために鵺を仕掛けてきたわけじゃない。さっきも言った通り、成功した実験結果を見せびらかしに来ただけだ」
「その実験結果とやらにあたしらは殺されかけたじゃないっすか。じゃあもう殺しに来たも同然っすよ」
どうにも納得がいかない鬼川は唇を曲げて大黒に反論する。
「本当はそこも心配いらなかったんだ。俺達が本気で死にそうになったり、大怪我してたりしたらそいつは助けにきてただろうし」
「…………いまいち信用できないんすけど」
「ま、こればっかりは実際にそいつと会ってしばらく一緒にいないと分からないさ。変わってるのは確かだから理解もされ辛い奴だし。……ただ言えることは、そいつは絶対に人は殺さないんだ。本当にあの鵺を俺に見せたかった、そして戦って凄さを分かって欲しい、あの戦いにそれ以外の理由は無い。俺が逃げたからあれだけど、本来なら二匹目の鵺を投入することもなかったはずだ」
「見せることが目的だから?」
「そう、あくまで見せる対象は俺だから俺が逃げちゃあ意味がない。だから仕方なくあっちも二匹目を出してきたんだと思う」
「んー……」
鬼川は渋い顔で唸りながら、必死に大黒の言葉を自分の中で消化する。
「とりあえずその人がよく分かんない人だってことは分かりました。陰陽師ですし、それぐらいイカれた人もいるんでしょう。だけどもしお兄さんが今後その人と会う機会があったなら、周りの人間を巻き込むのは止めてほしいって伝えといて下さいっす」
「言うだけ言ってみるよ」
聞かないだろうけど、と鬼川には聞こえない声で呟いて大黒は肩を竦める。
だが大黒としても旧友に聞きたいことがあったし会えるのなら会いたいなぁ、と考えていたところで、突如大黒は『あ』という言葉を上げた。
「どうしたんすか? 何か気になることでも?」
「ああ、そうだよそう。すっかり忘れそうになってたけど俺も鬼川に聞きたいことがあったんだ」
「あたしに?」
大黒は戦闘の最中だったため途中になっていた質問思い出し、改めて鬼川に問いかける。
「結局あの雷ってなんだったんだ? 札を使ってた気配もないし、手袋に秘密があったわけでもない。後はもう鬼川が実はサイボーグだったってことくらいしか思いつかないんだけど」
「あー……、そのことっすか。先に訂正しとくと、あたしはそんな特別なもんじゃないっす、純人間なんで。あれに関しては何ていうんでしょうねー、あたし自身もよく分かってないっていうか……、うーん……」
「……『纏身』、私は鬼川のあの技をそう名付けました」
鬼川が大黒に技の説明するために頭を悩ませていると、代わりに鬼川の背中から声が聞こえてきた。
「当主、起きてたんすか」
「少し前からな、お前の背中は寝心地が悪すぎる」
「あ、そんなこと言っちゃうんすね。こっちはこのまま当主をここに置いていくことも出来るんすよ?」
「そんなことをしてみろ。私が回復した暁には絶対に仕返しをしてやる」
「仕返しっていうマイルドな表現が逆に怖い。参考までに何をするつもりか聞いてもいいっすか?」
「高層ビルの屋上から手足を縛った状態で突き落とす」
「倍返しどころじゃねぇっ!」
自分を背中から落としたら殺すと明言された鬼川は、腕が疲れてきた等という泣き言を吐く事もできず、それまで以上に気を張って歩く。
そして大黒は二人の会話が一段落した頃を見計らって、純に声をかけた。
「純、体は大丈夫か? ありがとな、わざわざ助けに来てもらって」
「いえいえいえ! そんな、もったいないお言葉です! 兄さんがピンチなら地球の裏側だろうと助けに行きますし! 体だって私が張り切りすぎて霊力の調整を間違えただけですし、兄さんが心配することは一つもありません!」
「良かった……、まあ今度お礼の一つでもさせてくれ。その方が俺も気が楽だ」
「……そうですね、でしたら今度デートに付き合って下さい」
「了解、お安い御用だ」
ここで断ったほうが余計に兄に気を使わせると分かっていた純は、大黒の申し出を素直に受け取ることにした。
さらに大黒にこれ以上の気を使わせないためか、そこでこの話はお終いという風に、純は会話を少し前の話題へと戻した。
「ところでさっきの話、鬼川の技について聞きたいことがあるなら私がお答えしますよ。鬼川本人にも分かってないことが多いので大雑把な説明にはなりますけど」
「ああ、そうだった。あの鬼川の技、纏身? ってなんなんだ?」
「技の原理自体は私達が札でやっていることと一緒ですよ。ただ、鬼川は札という変換装置を必要としないだけで」
「だけって言うけど、あんなにすぐ霊力を変換するなんて刀岐にすら不可能だろ。どんな鍛え方したらあんなこと出来るようになるんだ」
自分の話題だというのに、鬼川はぼーっとしながら大黒と一緒に純の話を聞いている。
そんな自分がどれだけ特異な事をやっているかの自覚がない鬼川を少し腹立たしく思いながらも、純は大黒のために説明を続ける。