第57話 転移
「鬼川、もうあいつらを殺すことに遠慮はいらない。殺しても問題のない相手だってのは十分に分かった。だから一思いにやってくれてもいいぞ」
「待って下さいよ。さっきから何であたしがやれる前提で話を進めようとするんすか。殺せと言われてそんなすぐ殺せるような技とかあたしは持ってないっすよ? むしろ止めはお兄さんに任せたいんすけど」
「俺の短所の一つは火力が無いことだ、守りはまだしも攻撃に関して俺はいいとこ三流だぞ?」
「頼りになんねぇー!」
鬼川の悲痛な叫びに合わせて、二体の鵺は同時に斬撃を飛ばしてきた。
二人は見えない斬撃の軌道を圧迫感や空気の流れで予測し、半身になって回避する。
「まあ大丈夫っす。あたしらじゃどうにも出来なくても、殺しても良いんなら後数分もすれば決着がつきます。だからそれまで適当に時間を稼ぎましょう」
「何かあてでもあるのか?」
「一応ね」
「オッケー、じゃあ鬼川を信じて後少し粘ってみるよ」
そう言って大黒は五枚の護符を前方に投げつける。
「生成、転移結界」
そして大黒と鬼川の前に出現したのは、等間隔に並ぶ何の変哲もない五つの結界。
鵺達はその結界を避けるために左右に分かれて、再び大黒たちに突進してくる。
そして必殺の距離まで敵に近づけたことでさらに勢いを増そうとした鵺達だったが、攻撃をする前に突如目の前に現れた結界に反応できずに顔面を強打してしまう。
「「ひ、ひひっ!?」」
鵺達に陰陽術の知識はない、だがこの戦いの中で大黒が札を投げた所に邪魔な箱が出てくるということは理解していた。
だからこそ一度結界を避け、その後に大黒が何の動きも見せなかった今は一切結界を警戒せずに突っ込んできた。
それ故に現在、足元が覚束なくなる程の自滅ダメージを食らってしまった。
「……まさかこんな効くとはな、色んな技も宝の持ち腐れか」
大黒は鵺との激突でヒビが入った結界を解除して呟く。
転移結界、大黒が設定した位置にノータイムで移動できる効力を持った結界である。
本来ならば、結界は最初に作った場所から動かすことは出来ない。だが、大黒は転移結界を張る直前に設定した位置のみという限定条件の中で、結界の移動を可能にした。
今回は自分と鬼川の周囲いくつかを移動場所として設定し、鵺がどこから攻撃してきても対応できるようにしていた。
しかしこの結界は遠距離攻撃をしてくる相手にはそこまで意味をなさない。そのため鵺が遠距離の攻撃をせずに突進で自滅したことは大黒にとっては僥倖と言えた。
そしてそれは鬼川にとっても。
「纏雷、弾」
鬼川は人差し指を立てて、その照準をまだダメージから抜け出せずにいる鵺の目に合わせる。
その後聞こえてきたのはバチッ、バチッ、バチッ、バチッという四回の大気を切り裂く音。その音とともに鬼川は鵺の二対の眼球を至近距離から射抜いていた。
「生成!」
鬼川が鵺の目を潰したのを確認した大黒はすぐに二体を結界で囲み、より動きを制限させた。
「ナイスっす、お兄さん。今のうちにすぐここから離れましょう」
「え、ちょ、おい」
鵺がまだ回復していない上に結界も張られていて、急ぐ状況でも無いように思えるが、鬼川は大黒の手を引いてそこから駆け出した。
大黒は鬼川の意図が読めず、困惑した声出す。
「お、おいおいどこまで行くんだ? もうあいつらからは大分離れただろ」
「念の為っす、念の為」
走って、走って、走って、三百メートル近く離れたところでようやく鬼川の足は止まった。
ふーっと息をついた大黒は、落ち着いて再度鬼川に行動の理由を尋ねる。
「で、何でこんな遠くまで来たんだ? これだけ距離があると逆に対応しづらそうなんだが」
「大丈夫っすよもう。あいつらの命は後一分も無いんすから」
鬼川はズボンから煙草を取り出して火を付けると、その場に座り込んで一服し始めた。
完全に戦闘態勢を解いた鬼川を見て鬼川の言葉に説得力を感じたのか、大黒も木刀を置いて鬼川の横へと座った。
「さっきのお前の攻撃か?」
「あたしはそんな便利な技持ってないって言ったでしょう。さっきのはあいつらの視力を奪っただけっす。時間稼ぎにね」
「じゃあ」
どうして、という疑問を口に出す前に大黒は強い瘴気を感じてバッと背後に顔を向けた。
先程の鵺が放ってきた見えない斬撃を感じた時の数十倍と言っていいほどの悪寒、それが誰から発せられているかを大黒は肌で理解した。
「……さっきあたしが一人になった時、お兄さんが帰ってくるわけないと思ってたあたしは助っ人を呼んでたんす」
大黒が遥か後方を見て固まっている間に、鬼川は煙草の煙を吹かしながら説明を始める。
「結構距離があるんでまだ時間がかかるかとも思ってたっすけど、想像以上に早く着いてくれたみたいっすね。お兄さんがピンチっていう一文が効いたんでしょうが」
「…………来てるのか」
「ええ、当主のご登場っす。これ以上ない『あて』でしょう?」
鬼川が呼んだ助っ人、大黒純。大黒家現当主にして大黒真の妹。いくら目を凝らしても見えないのに、確かに大黒は純の霊気を感じていた。
「あたしがお兄さんを連れて走り出す前に着信が一回あったんすよ。それは当主が攻撃準備を完了したって合図で、あたしがそれに一回着信を返したら攻撃開始オッケーの合図にしてるんす」
「だから走ってる時にスマホをいじってたのか」
「ええ、あいつらが怯んでいる今がチャンスだって思ってね。そんであたしらが当主の攻撃に巻き込まれないようにここまで逃げてきたってわけっす」
「納得っちゃあ納得だけどそれにしてもここまで離れる必要はあったのか?」
「見てたら分かるっすよ」
鬼川がそう言って数瞬もしない内に、大黒は目を疑う光景を目の当たりした。




