第53話 挟撃
「いててっ……、さすがにちょっと慣れねぇな」
大黒たちが場から離れた後、鬼川は鵺と何度か殴り合い、すぐには倒せなさそうなことを悟ると一旦鵺から距離をとった。
鬼川が大黒家で担当している仕事は事務処理、営業、送迎、尋問、拷問、戦闘等多岐に渡るが、それらの相手は全て人間であり本人も言っていたように妖怪を相手取ることは極端に少ない。
さらに、鬼川は戦うことは好きだがそれは勝てる相手と戦うのが好きなだけであって、勝てない相手に勝負を挑むことは殆どない。
そんな鬼川にとって人間ではありえない動きをする四足歩行の妖怪、しかも元陰陽師である大黒にも正体が掴めない暫定鵺との戦いは慎重にならざるをえなかった。
(思った以上に面倒くせぇ。いまいちどこ殴りゃいいのか分かんねぇし、何してもずっと笑ってやがるからこっちの攻撃が効いてんのかも分かんねぇ。今のまんまやりあってたらいずれは勝てるだろうが、何かしでかしてきそうな怖さもあるしとっとと助けに来てくんねぇかな……)
鬼川は鵺を睨みで牽制しながら、助けが駆けつけてくるまでどう時間を稼ぐかということに思考を回し始める。
「……ーぃ、ぉーぃ。ぉ……ゎー……」
(…………お兄さんの声? ガキ置いて帰ってくるには早すぎねぇか?)
しかし思考がまとまる前に、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきて思わず声がした方向に振り向いた。
振り向いた先にいたのは自分に向かって走ってきている大黒、大黒の右手に抱えられた磨。
……そして、
「ひひひひひひひひっ!」
「なんか連れてきてるー!?」
二人を猛スピードで追いかけるもう一匹の鵺がいた。
そんな二人と一匹が鬼川がいる場所に到着するとほぼ同時に、最初に相対していた鵺も鬼川が振り返った隙を狙って攻撃してきた。
「ぅあっぶねぇ!」
しかし鵺の攻撃は鬼川の頬を掠めるに留まり、間一髪のところで攻撃を避けた鬼川はその場から全力で飛び退った。
それに合わせて大黒も鬼川が逃げた方向に一緒に飛び、鵺と離れることに成功した。
「悪いな、待たせた。鬼川を一人にするのは申し訳ないと思って戻ってきたぞ」
「いや何恩着せがましい言い方してんすか! ただ面倒を増やしに来ただけじゃないっすか!」
「まあまあそう言わないでくれ。ところで提案なんだが、やっぱり俺は磨を安全な所に連れていきたいからその間鬼川があの二匹と戦うっていうのはどうだろう」
「ふざけんなっ!」
真剣な顔でふざけた提案をしてくる大黒に、さすがの鬼川も素の言葉遣いで突っ込みを入れる。
大黒も断られるのは分かりきっていたのか、鬼川の反応を見ても『だよな』と軽く呟いて苦笑した。
「じゃあプラン2だ。磨、いいか?」
「もちろんよ」
大黒は磨に何かの確認を取り、了承を得た瞬間、磨を思いっきり上空に放り投げた。
「生成!」
そして空中で磨一人分が入るだけの大きさの結界を作り、磨はすっぽりとその中に収まった。
「よっし、あれくらい高けりゃあいつらの攻撃が当たることもないだろ。というわけで鬼川、二人であの二匹を殺すとするか」
「いや、そっちをプラン1にしてくださいよ。なんで全部をあたしに押し付ける方がプラン1だったんすか」
大黒は仕切り直し、という雰囲気を醸し出していたが貧乏くじを引かされそうになった鬼川がそれを許さなかった。
「いや悪かったよ。まさか俺も鵺がまだいたなんて思ってなかったらちょっと焦ってたんだ。本来鵺ってこんなぽんぽん現れるような妖怪じゃないし。ところで鬼川、その手袋よく似合ってるな」
「そんな適当な褒め方で誤魔化されるのはあんたの妹だけっすよ。まあそろそろあいつらも痺れを切らして襲いかかってきそうだし、これ以上はなんも言わないっすが」
鬼川の視線の先には鵺が一匹。
大黒と鬼川が話している間に、二匹の鵺は示し合わせたかのように二人を挟むような位置に移動しており、二人が少しでも自分たちから目を離せばすぐに飛びかかってくる姿勢を見せていた。