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九尾の狐、 監禁しました  作者: 八神響
第2章 混ざり妖編
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第34話 異変

「ところで体は大丈夫ですか?」

「体?」


 正午、大黒は食卓に並べられたのが調味料料理で無かったことにほっとしながら、ハクの質問の意図が分からず聞き返す。


「ええ、妹にあれだけ言われていたというのに貴方、また戦ったのでしょう?」


 ハクは呆れと心配がない交ぜになった顔で大黒を見る。


 先月、大黒は捕らわれのハクを助けるために自らが育った家、『大黒家』に襲撃をかけた。

 その際、妹である大黒純から妖化薬という薬を受け取り、一時妖怪化して無事ハクを取り戻すことが出来た。


 妖怪化自体は家に帰り力を使い果たすと自然に治ったのだが、一度作り替えられた身体がそう簡単に戻る訳が無い。


 そのため大黒は、純が薬の作用と大黒の身体を正確に調べ終わるまでは絶対に霊力を使わないように言い含められていた。一体何がきっかけで再び妖怪化するか分からないからだ。


 だが大黒は昨日、少女が妖怪に襲われている場面に遭遇し、軽くとはいえ霊力を使ってしまった。


 それに気付いたハクは大黒の身体に異変が起きていないか不安になり、大黒に直接訪ねることにした。あまり心配し過ぎると大黒が調子に乗るのも分かっていたため、少々時間が経ってからの質問になってしまったが、心配自体は本気である。


 その気持ちは大黒にも伝わっており、大黒は茶化さずハクの質問に答えることにした。


「ああ、まあ特に変化も無いし大丈夫だ。戦ったっていってもほんの一瞬だったしな」

「それならいいのですが……、そんな戦わざるをえない状況だったのですか?」

「子供が襲われてたからなぁ……、さすがに無視するわけにもいかないだろ」


 大黒が何気なく言った言葉にハクは目を剥いて驚いた。


「貴方……、そんな人間的な感性を持っていたのですか……!?」

「酷い言われ様だ」


 大黒はハクが作ったミートスパゲッティをフォークに絡ませながら苦笑する。


「だって貴方は徹頭徹尾自分の事しか考えず、それ以外の事には小指の先ほどの興味も持たない冷徹な人間じゃないですか。そんな風に見ず知らずの子供を助けるなんて機能があるとは思えません」

「本当に酷い言われ様だ!」


 大黒は心外だと言わんばかりに叫ぶ。

 大黒としても思い当たるところが無いでもなかったが、ここまで扱き下ろされるとは思ってはいなかった。


「そりゃ俺だって自分の事を聖人君子だとは思っちゃいないが、目の前で子供が襲われてたら助けるくらいはするさ」

「ですが貴方は立てば狂人、座れば自己中、歩く姿は非人間みたいな人間性でしょう? にわかには信じられませんね……」

「色んな言葉のバリエーションで責めるの止めてくれない? そろそろ泣きそうなんだけど」


 大黒は言いながら皿の上のスパゲッティを平らげる。


「ふぅ……、ごちそうさま。今日も美味かったよ。そんでだな、ハクは俺の事を最低な人間だと思ってるようだが……実際それも大きく間違ってはいないけど、とにかく俺は子供には優しいんだよ」

「…………」

「めっちゃ疑わしげな目で見てくるなぁ」

「…………っ!」

「『はっ……! まさか私をこんな体にしたのもそういう性癖で!?』みたいな顔をしないでくれ! ハクがその体になったのは俺も予想外だったんだよ!」


 大黒は自分の体をかき抱いたハクに弁明する。

 ハクは大黒の言葉の全てを信じたわけでは無かったが、このままでは話が進まないと思い、とりあえずは大黒の話を聞く姿勢になる。


「やっと信じてくれる気になったか……」

「いえ、信じる気は全くないのですが」

「信じてくれる気になったな! 紛うことなき事実だしな! ……確かに襲われてたのが大人だったら無視してたよ。だけど子供は駄目だ、俺の目につくところで子供が理不尽な目に遭うのは許せない。子供は無条件で幸せじゃなきゃ駄目なんだ、俺はそう考えてる」


 大黒は皮肉気に笑って、陰陽師でそう考える奴は少ないだろうけどな、と付け加える。


 その言葉でハクは大黒の境遇を思い出す。

 大黒から過去を詳しく聞いたわけでは無いが、大黒が幼少の頃、大黒家で酷い目に遭ってきたことはこれまでの言動や行動から容易に想像がつく。


  そしてそれが気軽に触れていい過去では無いことも分かっていた。

 そもそも今までの人生を捨て、ハクと共に生きると明言している大黒にわざわざ忌まわしき過去を話させる必要も無い。そう考えたハクが話題を切り替えようと頭を悩ませていると、先に大黒の方が話題を転換してきた。


「昨日戦った理由はそんな所だよ。女の子も俺の体も無事だったし、そこはもういい。それより他に気になることがあってさ」

「気になること、ですか」

「そうそう、女の子を襲おうとしてた妖怪の話だ。人が妖怪に襲われるのは珍しい話でもないけど、その妖怪っていうのが野槌だったていうのがどうにもな」


 大黒はお茶で喉を潤しながら不思議そうに言う。


 野槌のづちとは、野の精霊という意味を持つ蛇のような形をした妖怪である。

 手も足も無く、目や耳もない。野槌にあるのは頭の上についている口のみで、その口で動物や人間を食べるとされている。


 野槌の歴史を遡ると、野椎神のつちのかみという神に行きつく。野椎神は伊弉諾尊いざなぎのみこと伊弉冉尊いざなみのみことの子供であり、山野の精とされていた。それが時代を経て仏教が普及し始めると、野椎神は妖怪を生み出す神として解釈されるようになり、それが転じて野槌という妖怪だと認識されるようになった。


「野槌ってのは本来山の中にいる妖怪だろ? それがこんな町中に出るなんて違和感があって……」

「妖怪の生息地なんて曖昧なものでしょう。私だって少し前まで日本中を回っていましたし。貴方が以前戦った豊前坊だって元々は九州の妖怪じゃないですか」

「そこら辺は自分で動く知能がある妖怪だしなぁ……、豊前坊に関しちゃ式神として無理やり連れてこられただけだし。野槌はどっちかっていうと野生動物みたいなもんだからよっぽどのことが無いと山を下りてこないと思うんだよ」

「それこそ誰かが飼っていたのでは? 理由なんていくらでもあるでしょうし考えても仕方がない気もしますけど」


 ハクは大黒ほど今回のことを重要視していないらしく、あっけらかんとしている。

 だが、大黒はそんな簡単には割り切れずまだ食い下がる。


「野槌を式神にする陰陽師かぁ、心当たりはあるか……。いやまず野槌にしては弱すぎたってのも……。……ていうか実を言うと、事は野槌だけじゃないんだ。近頃妖怪が異常に活発化してる。今まで街中で妖怪を見ることなんて月に一回あるかないかだったのに、最近じゃ外に出る度見かけるようになった」

「ああ、貴方が最近木刀を持ち歩くようになったのもそれが原因ですか」


 ハクは得心がいったというふうに頷く。


「そうだな、こっちから仕掛ける気はないけど襲われたら自衛しなきゃなんねぇし。それでその妖怪の活発化が自然的なものならいいんだけど、それにしちゃ不自然でな。正直嫌な予感しかしないんだよなぁ……」 


 大黒はため息を吐いて天井を仰ぐ。


 妖怪という生物は年々数が減っている。科学が進歩して自然物に対する人間の信仰心が薄れることで居場所や存在意義が無くなってきているからだ。


 そうした今の世の中では、確かに大黒が言っている状況はおかしい。

 ハクは何故そんな異常事態をもっと早く言わないのかと思いながら、その異常の原因を予想する。


「もしかしたら、私のせいかもしれませんね。私の存在は人間も妖怪も引き付けます。それは私の霊力の質がそういう類の物だからなのですが……」

「そういう類ってつまりは精力剤みたいなものか」

「考えうる限り最低の例えですね。ぶっ飛ばしますよ」


 ハクは一瞬いきり立ったが、大黒にどうどうと宥められ憮然としながらも矛を収めた。


「……文句は後で言います。話の続きですが、私の霊力は人や妖怪の潜在能力を引き出す効果もあるそうなのです。言い方を変えれば活性化ですね。私から無意識に漏れ出た霊力が人や妖怪を狂わせた姿は今までにたくさん見てきています。少量なら問題ないので各地を転々とすることでそれを防いでいたのですが、今は貴方に捕まっているせいで長い間この地にいるので……」


 ハクは恨みがましい目で大黒を見る。

 しかし大黒はハクの視線には気づかない振りをして自分の意見を述べる。


「ハクが原因っていうのは無いな。新しく作ったここの結界は一見一枚に見えるけど、実際はうすーい結界が何重にもなってる。寒い地方の窓や扉と一緒だ。中の力が外に漏れることは絶対にない」


 大黒は自信を持って断言する。


 実際、大黒が妖怪化している内に作ったこの結界は最高峰の強度と複雑さを誇っている。それに関してはハクも認めるところであるため、ハクは小さく頷く。


「確かにそうですね。ですが、だとしたら何故……」

「あー、俺からふっといてなんだが多分答えは出ないと思う。協会に所属してたらなんか分かるんだろうけど、今は情報が少なすぎる。ただ気をつけてほしいって話だ。もうここの結界が破られることは無いと信じたいけど、世の中には想像もつかない力を持ってる奴がいる。この非常事態だ、そんな奴がここを襲う可能性だってゼロじゃあない」

「…………」


 ハクは自身の全盛期の力を想像する。


 もし、その時の自分が本気を出せば大黒が作った結界など、いくら精度が高かろうと五分もあれば破壊できる。

 どうしようもない力を持ったものはいる。ハクはそのことを実体験として知っていた。


「貴方の懸念は分かりましたが、それをどう気を付けろと言うんですか。そんなのが来たら諦める以外の選択肢はありませんよ」

「……気を付け方は追々考えよう」 


 暗に何も考えていなかったと言う大黒だったが、それに対するハクに落胆した様子は見られなかった。


「正直なのは貴方の数少ない美徳ですね」

「ハクが褒めてくれてる……! これはもう結婚まで秒読み……?」

「そしてすぐに調子に乗るところが数多い欠点の一つです」


 ハクは額に手を当てて肩を落とす。


「と、言うよりも気を付けるのは私よりも外出の多い貴方の方では? まずは夜中に外を出歩くのはやめた方がいいですね」

「いやー……、でもバイトとかあるし……」

「バイトとは言いますが、貴方ももう大学を卒業する年でしょう。バイトをする前に就職活動をするべきです」

「それももっともなんだけど、就活をするにはまず義手を用意しないと面接がやりづらくて……」


 そう言って大黒は自分の左腕があった場所に目を向ける。


 陰陽師の世界では四肢の欠損はそう珍しいものでもない。そのために戦闘用の義肢を作る陰陽師専門の職人もいるのだが、協会を抜けた大黒ではそう簡単に依頼することも出来ない。


 依頼の際には、協会が発行する陰陽師資格取得証の提出が必要になるところが多いからだ。

 しかし何事にも例外はあるもので、資格証がなくとも依頼を引き受けてくれる所もある。


 今後の事を考えると普通の義手より、戦闘用の義手を手にした方がいいと考えた大黒はそういったもぐりの職人を探しているのだが、他の陰陽師から情報を収集することも出来ないため手をこまねいている。


 そういった現状はハクも知っているため、説教じみた物言いをやめることにした。


「そうですね……、私が何か言うまでも無く貴方はいつも全力でした。ですが、貴方は今、人生において大事な時期にいることは事実です。そのことはちゃんと覚えておいてください」


 特殊な義手なんて必要としなければ、すぐに普通の人間と同じような生活が出来る。そう、ハクへの執着さえ捨ててしまえば。


 だが、それを大黒に言っても無駄なことはハクが一番よく分かっている。だから多くの言葉は使わず、ハクなりに大黒の将来を心配しているという事だけ伝える。


「そうだな、色々と胸に刻んでおくよ」


 大黒はそんなハクのお人好し具合に笑みをこぼす。


「……何を笑っているんですか。不愉快です、殺しますよ」

「そんなに沸点低かったっけ!?」


 ハクは照れ隠しに物騒な言葉を吐くが、もちろん本気ではなく、顔を背けるに留まる。その横顔はほんのり赤く染まっていた。


「……! ハクー!!」


 普段の生活の中では、ハクに引かれないようアプローチしすぎるのを抑制していた大黒だったが、とうとうハクの可愛さに我慢が効かず飛びかかった。


「ぐえっ!」


 それを受け止める性格でもないため、ハクは飛びかかってきた大黒を巴投げして床へと叩きつける。


「全く……、そんなにも元気なら早く買い物に行って来てくれませんか?」

「たった今元気じゃなくなったからもう少し待って……」

「じゃあ今の内に買ってくるものをメモしておきますので、もう少しのたうち回っててください」


 ハクは床に転がっている大黒に憐憫の目を向けて、食卓の上を片付け始める。

 そして一通り片付けが終わると、一度自室に戻り、一枚のメモを持って戻ってきた。


「はい、これが今日買ってきてほしいものです。暗くなる前にとっとと行って来て下さい」

「了解……」


 大黒は立ち上がってメモを受け取ると、緩慢な動作で玄関へ向かった。


「ところで、行ってらっしゃいのチューなんかは」

「また床とキスしたいというのなら喜んで」

「いってきまーす……」


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