第32話 序章
少女は自分の運命を呪っていた。
生きる意味を奪われ、表情を奪われ、遂には命まで奪われようとしている。
そんな不運に塗れた自分の人生を呪わずにはいられなかった。
「はぁー……! はぁー……!」
目も鼻もない太い胴を持った蛇のような化け物が、涎を垂らして少女に近づいてくる。少女は自分を喰おうとしている異形の化け物を前にして、自身の生涯を振り返る。
(最期くらい良い思い出に浸りたかったけど、思い出せるのは辛い過去ばっかり……。こんなことなら、もっと早くに死にたかった)
そうして少女はどこまでも自分に優しくなかった世界から解放されるため、目を閉じ、化け物が自分に襲い掛かって来るのをじっと待った。
しかし、いつまで経っても命を断つ音が聞こえない。不思議に思った少女が目を開けると、そこには化け物の口を木刀で受け止めている片腕の青年がいた。
「陰陽師からは足を洗ったっていうのに、どうしてこう物騒なことに縁があるんだろうなぁ……」
青年は気だるげに呟き化け物の口を弾くと、返す刀で化け物の頭を突き破った。
頭に穴を開けられた化け物は青年が木刀を引き抜くと同時に地面に倒れ、やがてはらはらと塵になり始めた。
化け物が死んだことを確認した青年は、少女の方へ振り返り優しい言葉と共に手を差し伸べる。
「大丈夫か? 災難だったな」
「……、……」
少女は恐る恐ると言った様子で青年の手に掴まり、ゆっくりと立ち上がった。
「怪我はなさそうだな。まあ……、なんだ、今日の事は悪い夢を見たとでも思って忘れた方がいい。覚えてても良いことないし。それにしても、こんな夜中に子ども一人で歩くのは危ないぞ。よければ家まで送ろうか?」
青年はただひたすらに少女の身を案じてくれている。
久しく触れてこなかった人の優しさに内心戸惑いながら、青年の提案への答えとして少女は首を振る。
「そりゃそうか、そっちからしたら俺も得体のしれない奴だしな。じゃあ俺はもう行くけど気を付けて帰れよ? 後、危ない時は大声出して助けを呼んだ方がいいぞ」
提案を断られた青年はそれを特に気にした様子も無く、軽い忠告をながら少女の前から立ち去っていく。
「………………」
最後まで声を発することの無かった少女は、青年の影が見えなくなるまでずっとそこに立ち尽くしていた。
胸に温かいものを感じながら。