第159話 金庫
山の中腹辺りに位置する小さな洞窟。
中は暗すぎて、目を凝らしても闇以外に見えるものがない。
そして中に確かめようにも、堅固な結界に邪魔されて覗き込むことすら許されない。
そんなハクにとっての金庫を見て、刀岐は感嘆の声を漏らした。
「はー……、これは見事な結界ですねぇ。集中して意識しないと洞窟があることさえ気付かない。そして気付いたところで……」
言葉の途中で二人から少し距離をとった刀岐は、腰に差していた刀を抜く。
そのまま結界に一太刀入れ、欠片の傷も付かなかった結界を見て静かに納刀した。
「この固さの結界に阻まれてるってわけですかい。分かっちゃいましたが、一筋縄ではいきませんねぇ」
「今のは本気じゃなかったでしょう? 全力で振れば千回目くらいで綻びが見えてくる可能性が無きにしも……」
「勘弁してくだせぇ。んなことしたら先に刀とあっしの体が壊れちまう」
ハクの軽口を流し、刀岐はスマホを取り出す。
「ここの位置情報だけ向こうの人たちに送っときますね。旦那の体調にもよりますが、早けりゃ二、三日で着くでしょう」
「……出来れば今日中に来てほしいところですが」
「旦那も一ヶ月寝たきりでしたからねぇ、怪我こそ治っているでしょうが動くのに時間がかかるでしょう。むしろすぐ動ける九尾の姐さんがさすがですよ」
「私は早急に確かめたいこともありましたから。今は一秒でも時間が惜しかったんです」
ろくに状況も確認せず急いだせいでこんな立ち往生をするはめになっちゃいましたけどね、とハクは自嘲する。
目覚めてからずっと、ハクの脳裏では天魔雄神に言われた言葉が巡り続けていた。
『俺様は貴様の娘と会ったことがある。ここ数年以内に』
あり得ない。あり得る。嬉しい。悲しい。会いたい。会いたくない。
相反する感情がグルグルと渦巻いている。本当ならすぐにでも日本中を周って娘を探しに行きたい。天魔雄神の言葉に嘘は感じなかったが、自分の目で確認するまでは信じきることは出来ない。
そうやって千々に乱れている心を抑え込みながら、ハクはここに立っている。
「なにやら深刻そうな顔ですねぇ。あっしに出来ることは限られていますが、依頼して下されば格安で承りますよ」
「ただじゃ、ないんだ」
「いやぁ、ただほど怖いもんはないでしょう。対価の大きさは信頼関係の大きさに繋がりますから。九尾の姐さんだって、あっしが無料で引き受けると言ったら警戒するでしょう?」
水を向けられたハクは、目を細めて刀岐を見返した。
「別に今も警戒はしていますが。あの人の妹に雇われたという話ですけど、いくらお金を積まれたところで私達のような寡勢につく理由にはならないでしょう? 誰が考えてもデメリットの方が大きいですから」
「思いの外、信用されてないみたいですねぇ。あっしがこうしてるのは旦那への恩を返すためってのが主な理由ですよ。依頼料は頂いてますが、旦那を助けるためなら無償だって良かったくらいでさぁ」
「……貴方がそう主張するのならそれでいいですよ。心強いのは確かですしね」
耳障りの良い言葉が並べられているせいで余計疑わしくなったが、ハクの感じる限り刀岐の言葉に嘘はない。だが同時に、言葉の端々から隠し事があるということも感じられた。
しかし、今ここでそれを追求しても刀岐が口を割ることはないだろうし、下手に突付いてこの場を去られる方が厄介だとハクは判断した。
(この人は私達の中でも頭三つは抜けた力を持ってますからね。どんな思惑があろうと、今はこちらに必要な戦力です)
ハクの中では、刀岐以外の味方が全員で襲いかかっても刀岐に勝てるかは怪しい、というのが正直な見立てだった。
才能や霊力だけなら純や妖怪化した大黒も引けを取らないが、『戦闘力』で言うなら刀岐が圧倒的、それこそ過去に相対した伝説的な陰陽師にも比肩するとハクは考えている。
(力を取り戻した私なら負けることはありえませんが、止めは刺しきれないかもしれませんね。どうにかして逃げられそうです。そしてこちらの子も中々……)
そこでハクは近くに岩に座って空を眺めている怜に目を移した。
白髪赤眼であることが少々人目を引くが、それを除けばどこにでもいる女の子にも見える。黙って座っているだけならば。
だが、歩き方や目線の配り方、そして常に武器の近くに手を置いている警戒心の高さ等から、戦い慣れしていることは一目瞭然であった。
戦闘力なら刀岐に次いで味方で二番目、現在のハクでは小細工を弄しても勝てない相手だと感じていた。
(この若さでこれだけの強さを持っているとは、並大抵の人生ではなかったんでしょうね。平安時代ならともかく、今は戦も減っているでしょうに。……ですが、なんでしょうかこの感覚。見た目に反した強さ以外にも、この子を見てるとどうにも違和感が……)
「……あ」
ハクが怜を観察しながら違和感の正体を探ろうといていると、突如怜が口を開けた。