第158話 他方
――――一方その頃、刀岐が率いる一行はハクの財産が埋まってる山の麓に到着していた。
「ここですかい?」
「ええ、少し登ったら結界も見えてきますよ」
「んー……? んー……」
怜はハクの言葉を聞き、背伸びをして山の奥を見つめる。
しかし怜たちがいる場所からは木々しか見えず、結界の存在を感じられることも無かった。
「少しと言ってもここから見える範囲ではないですからね。……それよりどうしましょうか、他の方々も近くまでは来ているんですよね?」
「栃木までは来ているそうですが、ここまではまだかかると思いやすよ。なんで合流を待たずとも先にあっしらで金品を確保しに行った方がいいんじゃないでしょうか」
「可能ならそうしたいのですけど、私が張った結界は大黒真じゃないと解けそうにないんです。だから私たちだけで行っても立ち往生するだけと言いますか……」
「……? ……ま、とりあえず進むだけ進みますか。ここじゃあまだ人目につくかもしれませんしねぇ」
刀岐は訝しみながらもその場では深く追求せず、山の中に足を踏み入れていく。
ハクと怜も後を追い山へ入っていったが、途中で結界へと先導するためハクが先を行く形となった。
一切の整備がされていない山だったが三人の足取りに動き辛さは感じられず、止まることなく進んでいく。
「で、どういうことですかい? ご自分で張った結界なんですし、九尾の姐さんなら結界を解けるのが道理では?」
スイスイと歩き続ける中、刀岐は後ろからハクに疑問に思ったことを問いかけた。
それに対しハクは、バツの悪そうな顔で答える。
「貴方の言っていることは正しいです。私だって取り出せない所に貯金を仕舞っておこうとは思いません。かといって簡単に出し入れ出来るようにしたら、防犯上よろしくありません。ですので、私は私がギリギリ解除できるくらいの複雑で強度の高い結界を張ったのです」
「かの九尾の狐が作った結界だ、さぞかし強力な結界なんでしょうねぇ」
「それはもう。私も本気を出さなければ解けないくらいには」
「あー…………、なるほど」
刀岐はハクが言いたいことを理解し、困ったように頭を掻く。
ハクの言う本気の自分とは『大妖怪・九尾の狐』としての力を持っていた時のものであり、大黒に力を奪われた現在のハクに同じことが出来るはずもない。
その上ハクが財産を守るために張った結界は、当時のハクでも正攻法で解けるものではなく、強大な力で無理やり破壊することでしか解除出来ない代物だった。
つまりはハク自身、結界の構造を深く理解は出来ていないのである。
誰にも壊されないため、複雑に、複雑に、と作っていたらそのようなブラックボックスが出来上がってしまった。
「正直、あの人でも完全な解除は厳しいかもしれませんが、ある程度は強度を落としてくれるでしょう。そうしたら私たち全員で結界を攻撃して破壊も出来るはずです」
「いまいち、不安が残る」
確証のないハクの予想に怜は心配そうな表情を浮かべる。
「まあ……実際にはやってみないと分かりませんからね。あの人の腕前が私の想像を下回っていたら、私たちの旅はここで終わりかもしれません」
「いえいえ、旦那なら何とかしてくださるでしょう。あっしもこの職業に就いてそこそこ経ちますが、あれほどの結界使いなんて他には一人くらいしか知りやせん」
「そう願います。最悪別の手段もありますが、そちらには危険が伴うので」
言いながら、ハクは内ポケットに入っている呪具に触れる。
今、ハクが持っている呪具は二つ。
一つはハクの力を封じている殺生石の箱。
そして、もう一つは使用者の存在を消す効力を持つ念珠、希薄魂であった。
希薄魂は大黒の結界から抜け出すためにと純から預けられていた呪具であったが、結局ハクは希薄魂を使う選択肢は取らなかった。
そのため、こうして家を出るまではハクの部屋のクローゼットの奥深くに隠されていたが、今回自身が張った結界に対して使う可能性を考えて密かに持ち出していた。
(私の結界はあの人のものとは違い、外からの侵入を拒む結界。内側からなら労せず破壊出来る。この呪具を使えば中に入ることも簡単でしょうし、いざとなればこれで……)
人知れず覚悟を決め、ハクの顔は険しくなる。
使用する際、霊力を込め過ぎればこの世から消えてしまうという危険な呪具。
しかしハクの結界を通り抜けるとなれば、そのギリギリのところまで霊力を込めて存在を薄める必要がある。
及び腰になれば結界を通り抜けられないし、果敢に攻めれば消滅の憂き目にあう。
自分が作った結界を破壊するためだけにそんなリスクを背負うのは避けたい、ともハクが考えている内に三人は目的地へと辿り着いた。