第157話 戦力
「しかも俺みたいな荷物を持ってか……、本当に苦労かけたな」
「兄さんが気に病む必要はありませんよ。兄さんを背負っていたのはずっと私ですし、私は兄さんと触れ合えているだけで元気になっていたので。綾女はただ歩いていただけなのに文句を言いすぎなんです」
「いやいや当主がお兄さんを背負って戦えない間、追手と戦ってたのは誰だと思ってんすか」
鬼川は両手を自分に向けて功績をアピールするが、純は呆れたようにため息をつくばかりだった。
「はぁ……、大した人数でもなかった上に全員三流だっただろう。あんなの戦ったと言えるのか?」
「言いますねぇ! 確かに強くはなかったですけど、命を狙ってくる敵を相手取るのはしんどいんすよ!?」
「ま、待て待て。主従喧嘩の最中に悪いが……弱い相手ばっかだったって? これでも三億の賞金首なのにそんなの……」
あり得るのかと言葉にする前に、大黒は一つの可能性に思い至った。
「もしかして、強い敵は全員ハク達の方に行ってるのか?」
「え? あー……、どうなんでしょうね? 向こうも当然襲われてはいるみたいっすけど、苦戦したって話も聞きませんし大丈夫なんじゃないっすか?」
「…………」
脳天気な顔で話す鬼川に対し、大黒の顔はまだ不安に包まれたままだった。
高額な懸賞金がかけられている『九尾の狐』という厄ネタ。
金に目が眩んだ傭兵だけではなく、協会から本格的な討伐隊が派遣されていてもおかしくない。
純は無事だと言っていたが、出来ることなら今すぐに合流した方がいいんじゃないかと大黒は焦り始めた。
「大丈夫です、兄さん」
そうして腰を浮かしかけた兄を純は再度落ち着かせる。
「兄さんの話にもあった竜胆朧とやらにはずっとストーキングされているみたいですが、それ以外の相手は残らず撃退しているようなので」
「だ、だけどこれからどんな奴が来るか分からないんだし急いだ方が……」
「素早く動くのは確かに大事ですが、それでも焦る必要まではありません。なにせ単純な強さだけで言うなら、あちらはこちらの五倍はあるのですから」
「……え?」
「お、疑ってるみたいっすね。でも当主の言うことはマジっすよ。咄嗟のことで仕方なかったとはいえ、あたしはこの組分けになったことに文句しかなかったっすもん」
純と同じように、鬼川も彼我の戦力差を語る。
純と鬼川の強さは大黒もよく知っている。二人とも、一般的な陰陽師より数段上の戦闘力を持っているのは間違いない。
向こう側に刀岐がいることを考慮しても、五倍は誇張しすぎではないかというのが大黒の正直な感想だった。
「刀岐さんについては言うに及ばずですが、怜は怜で私と綾女の二人がかりでも勝てない相手なんです。真正面からの戦闘に限りますが」
「……大黒家のジジイを斬ったのは見てたから、あの子がただ者じゃないのは分かってるけどさ。実際、そこまで強いのか? 純達が二人でも勝てないって相当だぞ」
「嘘偽りなく、怜はそこまで強いです。私が側近として怜を連れているのは、その凄まじい戦闘力を見込んでのことでしたから」
「そりゃ……味方としては頼もしい限りだけど、一応何者なのか聞いといてもいいか? 多分、普通の人間じゃ……ないんだよな?」
大黒は怜の容姿を思い出しながら尋ねる。
見た目だけで言うならまだまだ若く、純と同世代か少し下のようだった。
そんな少女が純にここまで言わせるほどの力を持っているなんて、普通の人間じゃないことは明らかであった。しかし大黒の見立てでは、怜は妖怪でも半妖でもない。
それならば果たして何なのか。その答えは純が教えてくれた。
「そういえばまだ言っていませんでしたね。……あの子は人間、ではあります。妖怪の特徴が発現してしまった人間。半妖よりも半端な存在」
「発現ってまさか……」
「ええ、太古の昔に混ざった血が、何世代も後に覚醒することで生まれる……所謂、先祖返りと呼ばれる生き物です。あの子はオサキ狐の先祖返りなんですよ」