第156話 経緯
「まず兄さんが何よりも聞きたいであろうことを教えておきますと、私達以外の三人は無事です。そこは安心して下さい」
「良かった……」
ハクに関しては天魔雄神の世界で話していたこともあり生きていると確信していたが、他の二人の安否は不明だった。そのことが大黒にとって一番の懸念点だったのだが、純の口ぶりからしてそこまでの緊急事態には陥っていないことが分かり、ほっと胸を撫で下ろした。
「ちなみに兄さんは今の状況をどこまで把握しておられますか? 私達からしたら刀岐さんが敵の解説をしてくれている中、急に兄さんと女狐の意識が失ったように見えましたが……」
「その認識で合ってるよ。正確には意識を持っていかれたって感じだったんだろうけど」
そこで大黒はハクと二人で天魔雄神から精神攻撃を受けていたことを伝えた。
そしてその中で七福神が自分達の情報を売っていたこと、竜胆朧という異常者がハクを狙っていること、外の世界では一ヶ月経っていることを聞いたところで現実に戻ってきた、と現在自分が知っていることを詳らかにした。
「で、目を覚ましたらここにいた。起きた瞬間戦場の真ん中にいることも覚悟してたけど、まさか布団に身を包まれてるとは思ってなかったよ。ありがたい限りだ」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。お二人はもっとあたしに感謝して下さいっす」
鬼川は腕を組んで鷹揚と頷く。隣にいる雇い主の冷たい視線にはあえて気づかない振りをしながら。
「兄さんへの口の聞き方を知らない部下への教育は後でするとして……兄さんに何があったかは分かりました。気を失っていたのにそこまで現状を理解しているなんて、明察秋毫とはまさにこのことですね」
「いや……全部他人から教えてもらったことばっかなんだけど……」
「こちらから兄さんに伝えるべきことはもはやないかもしれませんね。それでは兄さんの体調が整い次第、ここを出発することにしましょうか」
「待ってくれ! 俺はさっき話したこと以外何も分かってないんだ! ここはどこ!? ハク達もどこ!? あれから何がどうなった!?」
どこまでも過大評価してくる妹に対して、大黒は取り乱しながら質問をぶつける。
純は大黒のことを一を聞いたら百を知る賢人だと思っている節があるが、大黒は自分を一を聞いても精々二までしか分からない凡人だと評価している。
そんな認識の違いを見て、鬼川は冷遇されるのもしんどいけど好かれすぎるのも考えものだなーと呑気に考えていた。
「兄さんには必要のない説明だと思いますが……、それでは一応かいつまんでお話します」
そこからは先程と逆に、純が自分達に起こったことを話し始めた。
「兄さんと女狐が気絶してすぐ、謎の男が車の上に飛び乗ってきて車体を真っ二つにしたんです。兄さんから聞いた特徴と一致しますし、恐らくあの男が竜胆朧なんでしょう。そして私が兄さんを、刀岐さんが女狐を抱えて車から脱出しました」
純はいっそのこと女狐は置いてくれば良かったのに、と言いかけたが兄の手前、自制する。
大黒はそういった妹の内心にまるで気づかず、そのまま先を促した。
「誰から提案するでもなく、私達は全員が逃げることを選択しました。周りには一般人も多かったので。二手に分かれたのはその時ですね、逃げるだけなら少人数で行動する方がやりやすいですし」
「なるほど……、その後一度も合流はしなかったのか?」
「結局徒歩で移動することになりましたからね、六人だと動きづらかったんです。だからもうそれぞれのルートで目的地を目指そうって話になりました」
「いや、マジしんどかったっすよ。この時代に徒歩で京都から栃木に移動とか正気の沙汰とは思えなかったっす。あたしは二度とゴメンですね」
鬼川は苦い顔をして肩を竦める。