第154話 副業
「……………………」
薄暗い和室。人が二人寝れるか寝れないか、といった広さしかないその部屋の真ん中で大黒は目を覚ました。
襖で仕切られている別の部屋からは誰かの話し声が聞こえてきていたが、わざわざ布団まで敷いて寝かせてくれていたということはそこにいるのは味方なのだろうと判断して、大黒は焦って起き上がることはしなかった。
(それにしても、昏睡状態になるのもこれで何回目だろうな。もはや既視感が半端ない。ここ数ヶ月でどれだけ倒れてるんだよ俺は。正直強さとかあんまり求めたくないけど、もっと強くならないと近い内に死にそうだ)
先行きを不安に思いながら大黒は体を起こそうとする。
しかし一ヶ月寝たきりだった体は思うように動かず、寝返りを打つことすらままならなかった。
(……体が石になったみたいだ。ここまで動かないのは一時的なものだろうけど、戦いのカンを取り戻すのはちょっとかかるかもな。不幸中の幸いは七福神の奴らにやられた傷がほぼ治ってるっぽいってことか。寝てる内に誰かが治してくれたのか、自然治癒か。俺も妖怪に片足突っ込んでるし、後者でもあんまり驚きはないな。……流石に腕までは生えてないけど)
天魔雄神の世界では左腕も使っていたが、夢から覚めた今、大黒は隻腕のままだった。そのことに改めて喪失感を感じ、大黒は苦笑する。
だが、現実ではこれでやっていくしかないのだと自分を奮起させ、うつ伏せになった大黒は右腕と膝を支えにして体を床から剥がす。
そして四つん這いになった大黒は体を反転させ、胡座をかいて座り込んだ。
「ふー……、座るだけでも一苦労だな……」
そうやって大黒が一息ついていると、閉ざされていた襖が開かれ隣室から光が差し込んできた。
誰が来たのだろうと思い、大黒がそちらに目を向けると襖の隙間からは見知った顔が覗いてきていた。
「なんかゴソゴソ音がすると思ったら、やーっと起きたんすね」
「鬼川……」
そこにいたのは大黒純の従者の一人、鬼川綾女だった。
鬼川は大黒の意識がはっきりしていることを確認すると、和室に入ってきて部屋の電気をつけた。
大黒が眩しさに目を細めている中、鬼川はそのままドカッと大黒の隣に腰を下ろし、喜びと不満が半々になった表情で大黒を睨め付けてきた。
「全く、一ヶ月も寝たきりとか何考えてんすか。こちとらあんたらのために命張ってんのに当の本人達は呑気に居眠りっすか。はー、良い御身分っすねぇ」
「いや、もちろん諸々申し訳ないとは思ってるけど、こっちも好きで寝てたんじゃないというか……」
「んなこたぁ分かってますよ。むしろ好きで寝てたんならあたしの怒りはこんなもんで済まないっす。それはそれとして怒りのぶつけ所が他にないからお兄さんを責め立ててるだけっすよ。本当に、この一ヶ月どれだけ大変だったか……」
「理不尽……とも言えないか」
そもそもの原因は自分にあると理解している大黒は、鬼川の恨み言を苦笑しながら受け止める。
その様に毒気を抜かれたのか、鬼川はため息を一つ吐いて悪態をつくことを止めた。
「はぁ……で、まあお互いに聞きたいことや言わなきゃならんことはあるでしょうがどっちから話しますか?」
「出来れば俺の方から聞かせてくれ。一ヶ月も空いてたんじゃ状況を理解するのにも時間がかかりそうで」
「良いっすよ、何でも気兼ねなく聞いてくださいっす」
「……というか、ここで時間使っていいのか? 追われてる身なのにこんなにゆっくり出来てるが不思議でしょうがないんだけど」
「大丈夫っすよ。入ってくるところは見られてないはずですし、霊力の残滓も当主がなんとかしてくれたっぽいっす。そこさえクリアしてればここは陰陽師とは全然関係ないあたしの隠れ家なんで、しばらくは安泰っす」
「ふーん……?」
大黒は微妙に納得していない顔で周りを見渡す。
従者といえど、純と一緒に大黒家に住んでいるとは限らない。
そのため別の場所に家を持っていることには疑問を持たないのだが、それにしては部屋に生活感がない。
隠れ家という名の通り、普段住んでいる家ではないのかもしれないが、そうだとしても何故こんなマンションの一室を別邸として持っているのだろうという疑問を大黒は感じていた。
その疑問は新たに部屋に入ってきた人物によって解消された。
「兄さんが不思議に感じるのも無理はありません。こんなに都合の良い部屋を持ってるなんて中々無いことですからね。でも綾女は私の従者の他にヤクザという副業もしていますから、不動産の十や二十は持っているんです」
大黒と鬼川が声のした方向を見ると、開け放たれた襖の先で大黒純が仁王立ちしていた。
軽い怒気を放ちながら大黒たちに歩み寄ってきた純は、鬼川を押しのけて大黒の首の後ろに手を回した。