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九尾の狐、 監禁しました  作者: 八神響
第4章 九尾の埋蔵金編
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第153話 再現

「密談は終わったか? これは老婆心からの忠告だが、貴様たちにいつまでもグダグダしている余裕はないと思うぞ? もちろん、ずっと話していて俺様が退屈してきたというのもあるがな。いい加減苦悶の顔が見たくなってきた」

「余裕がないって言われてもな……もしかしてここに長くいると体に戻れなくなるとか?」

 

 天魔雄神の言葉に現実味を持てず、大黒は咄嗟に思い浮かんだ危険について確認する。

 しかし天魔雄神は肩を竦めて首を振り、大黒の予想を否定する。

 では何だろう、と呑気に考える大黒と違い、ハクは天魔雄神の言葉の意味に気が付き慌てて大黒とは別のことを天魔雄神に尋ねた。


「そういえばそうでした……! 天魔雄神! 私達がここに来てから何日が経過していますか!?」

「何、日って……」


 ハクの質問に大黒も自分たちが天魔雄神に連れ去られてからの経過時間を計算し始める。

 天魔雄神の精神世界と現実での時間経過が同じだと仮定するならば、一週間弱は経っている。だが、大黒の経験上こういった空間での時間は現実よりも過ぎ去るのが早い。

 ここでの一時間は現実での三十分、ここでの二日は現実での一日。


 時間の差異は凡そそれくらいであろうと大黒は目星をつけていた。

 そう考えると現実では長くてもまだ二、三日しか経っていない。

 異常者が狙ってきており、大黒とハクの意識がなくなっている状況だとしてもその程度の時間で純や刀岐が危機に陥っているとは考えにくい。


 そういった信頼もあり、大黒はあまり危機感を持っていなかった。天魔雄神の答えを聞くまでは。


「三十日と八時間。ひっ、貴様たちが全滅するには十分じゅうぶんな時間だな」

「……………………は?」

「……っ!」


 天魔雄神は笑い、大黒は呆け、ハクは歯噛みする。


 経過時間を聞いてすぐは頭が理解を拒み固まったままだったが、言葉の重みを理解した途端、大黒の脳には押しつぶされそうなくらいの疑問と不安が溢れ出してきた。


(一ヶ月……! 一ヶ月……!? くそっ! 本当か!? 五倍の時間差があること自体にはそこまで不思議もないけど、現実の方が早く時間が過ぎてるなんて! 嘘って可能性もハクを見てたらなさそうだし……。……あっちはどうなってる? 天魔雄神は言うように全滅してるとは思わないが、荷物二人抱えて一ヶ月平穏無事に過ごせてるとも到底思えない。そもそも俺とハクはまだ生きてるのか? ここには魂だけ抜き取られてきたようなもんだ。こっちが無事だからといって肉体の方まで無事かは分からない。もしかして俺たちはもう……)


 最悪の想像に行き着いた所で、パンッと頬を両手で挟まれ大黒は強制的に意識を戻された。

 いつの間にか大黒の正面に回っていたハクは、そのままパンパンと手を動かし大黒の頬を痛めつける。


「い、痛い痛い! ストップ! オッケー! 俺が考えすぎてたのは分かったから!」

「この空間では自分が死んだと思ったら死ぬと言いませんでしたか? 逆に言えばここで意識がある内は現実でもきちんと生きています。そして動けない私達が生きているということは貴方の妹達が守ってくれているのでしょう。悲観的になるのは仕方ありませんが、ちゃんと現実をみることの方が大事ですよ」

「はい……」

「時間について失念していた私も悪いですが……まあ焦らなければいけないことには変わりありません。天魔雄神、今すぐに私達を現実に帰してください」


 ハクは大黒の頬から手を放して天魔雄神に向き直る。


 帰してくれとは言ったものの、天魔雄神の性格を考えると嫌がらせのために話を引き伸ばされるのではないかと危惧したハクだったが、意外にも天魔雄神は素直に首を縦に振った。


「ああ、俺様も親切に飽きてきたしな。とっとと帰してやろう。……まずは男の方からだな」


 そう言って天魔雄神がパチン、と指を鳴らすと大黒は一瞬でその場から消えてしまった。

 大黒に話しかけることもなく、ただ自分が飽きたから手早く処理した様子に天魔雄神らしさを感じ、ハクは逆に安心する。

 そして今度は自分の番かと少し身構えていたが、指を鳴らす前に天魔雄神が話しかけてきた。


「最後に、貴様が知りたくないことを一つ教えてやろう」

「……何ですか、私も早く戻してほしいのですが」

「ひゅひっ、有益な情報でもあるから聞いておいたほうがいいぞ? ……俺様は相手の記憶を読みその通りに再現することにおいては完璧だが、相手の行動を予想し模倣するのはその限りではない。俺様が見せた幻覚に貴様が違和感を抱いたように、真に通じ合っている相手なら偽物だとすぐに見破られる」

「ええまあ、通じ合っているというのには異を唱えたいですがそれが何か?」


 ハクはうんざりとした顔で相槌を打つ。


「だがどうだ、貴様は自分の娘に対しては何の違和感も持たなかった。娘よりも男を愛しているからか? いや、違う。娘と会うのが久方振りだったからか? それも違う。貴様も心のどこかでは分かっていたはずだ。貴様が聞いたことのない台詞を話していたが、あれは間違いなく自分の娘だと。ああ、そうだ。俺様が貴様に見せたあれは模倣などではなく、再現だった」

「そ、れは……」

「理解が追いついてきたか? 俺様は貴様の娘と会ったことがあると言っているんだ。それも大昔ではなく、ごく最近。ここ数年以内の話だ」

「………………」


 ハクは唖然として二の句を告げなくなっていた。

 

 今の天魔雄神の言葉に嘘は見当たらない。紛れもなく真実のみを語っている。

 生きていて欲しいと願っていた娘が現代まで生きていた。

 喜ばしい話のはずだった。奇跡的な話のはずだった。

 しかしハクの心に去来したのは、底知れない悲嘆の感情だけだった。


「……ああ、いいな。いい顔をしている。それでこそ教えてやった甲斐があったというものだ。ちゃんと身につませておけよ? 貴様への激情も、世の中への絶望も全て俺様が直に聞いた言の葉だ。俺様は今から貴様を現代へ戻す。だが、それが貴様にとって幸せとは限らない。戻った貴様にいずれ待っているのはあの娘との再会だ。それでは目を覚ませ、楽しい楽しい現実じごくの始まりだ」


 パチン、と音が鳴りハクの意識は闇へと消えていく。


 天魔雄神の言葉に心を蝕まれながら落ちていく。


 目を覚ましたくない、なんて呟きが言葉になる前にハクは天魔雄神の世界から完全に姿を消した。

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