第140話 葛藤
『あああ……、ああああああああああああああ!!』
『嫌だ! 痛いっ! 死にたくない!』
『……しぶといな』
『何で……! 何でこんな……!』
『お母さん……、助けて……』
阿鼻叫喚。
秋人の言葉に困惑して動けずにいた子供達も、一人、二人と近くの子供が殺されていく内にこれが現実なのだと思い知り恐慌状態に陥った。
逃げ惑う子供もいれば積極的に殺し回っている子供もいる。
後者の子供は陰陽師の家の出ばかりだったが、一般家庭の子供でも順応して武器を手に持つ者が増えていっていた。
舞い散る鮮血、積み上がる死体、正気を失っていく子供達。
昔の大黒は誰も壊せない箱の中からこの地獄を眺めていた。
膝を抱えてうずくまり、濁った双眸でただ見ていた。
微動だにせず、生き残るという目的を果たすために。
しかし今回はそういうわけにもいかず、自らも地獄に参加しなければならない。
そうしなければいつまでも地獄が終わらないことを大黒も重々承知していた。
(とはいっても……、子供を攻撃するのはどうにも気が乗らないな……)
この子供達は天魔雄神が霊力で作っただけの偽物だと分かっているが、それでも自分から殴りかかりにいくのは躊躇いがあった。
そんな大黒の気持ちを見透かしたかのようなタイミングで、一人の子供がナイフを構えながら大黒に襲いかかってきた。
「うああああああ!」
「………………」
大黒は子供のリーチ範囲外に出るように一歩引いて、相手の手首を両手で掴んだ。
そして手に力を込め、子供の手からナイフを落とさせた。
「くっ……あ、ああ! 痛ぃ……!」
「やりづらい……」
普段ならば無防備な腹を蹴り上げ、頬に肘打ちを食らわせているところだったが、苦悶に歪む子供の顔を見て大黒は攻撃の手を止めた。
その代わりに、子供の手を引きながら下に落とし、地面に押さえつけることで子供を無力化した。
「ちくしよう……ちくしよう……」
(どうしよう、この体勢のままだと他の子供から狙われるのも時間の問題だ。早く殺すか何かしないと……)
大黒は周囲に目を向けながら組伏せている子供を始末する算段をつけようといていたが、子供が呟いた言葉を聞いて思わず子供の顔を注視した。
「お父さん……なんで俺までこんな所に……!」
「お前もしかして……」
それは特別注目すべき言葉ではなかった。
この場には親が死んだ子供だけではなく、親に売られた子供もいる。
そういった子供なら死ぬ間際に親に恨み言を放つのもおかしいことではない。
しかしどうにも違和感を覚えた大黒は子供をジっと見て、あることに気がついた。
(多分、間違いない。こいつは大黒秋人の息子だ)
一瞬で分かるほどそっくりだったわけではない。だが、顔の造形や細々としたパーツを観察すると似ている部分がいくつかあった。
それで大黒は確信した。この子供が大黒秋人と大黒幽子の実子なのだと。
(本人がいる前で自分の子供が出来損ないだとかどうとか言ってたのか。あいつは本当腐った人間だな)
大黒は心中で秋人を扱き下ろすが、この子供がここにいるのは秋人にとっては慈悲以外の何物でも無かった。
人並みに満たないとは言え、秋人にも自分の子供に対する愛情はあった。
陰陽師として見限った子供に与えた秋人なりの最後のチャンスがこの蠱毒。
ただその思惑を子供自身には伝えていない上に、九割方死ぬと分かっていながら放り込んでいるので所詮はその程度の愛情ではあるのだが。
(けど、思ったよりも攻撃が来ないな。今は俺の霊力を削るのが目的のはずなのに、味方……同士でやり合わせてるのが謎だ。俺がなにかするまでもなくバタバタと子供が倒れてる)
大黒は押さえつけてる子供のことは一旦横に置き、周りの状況に目を配る。
そして自分が腰を落ち着けていることに疑問符を浮かべる。
大黒の記憶を完全再現しているのなら大黒が攻撃されないことに納得出来る。
その時の大黒はずっと結界に閉じこもっていて、一度も攻撃を食らわず蠱毒を終えた。
そのため秋人の子供が大黒に向かってきた時点で再現は百パーセントではなくなった。それなのに他の子供は攻撃を仕掛けてこず、大黒の記憶のまま自分達で殺し合っている。
(天魔雄神の意図が分からない……)
動かないでいい状況に気味の悪さを覚え始めたその時、何かが大黒の足を異様な力で掴んできた。
「!」
大黒は痛みに顔を歪めながらも、地面に手をついて体を回転させ、足に付いている何かを壁に叩きつけた。
「こっちに子供はいなかったはずなんだけどなっ」
立ち上がって正体不明のモノに向き直る大黒。
そこにいたのは、目にナイフが刺さり致死量を超える血を流している子供だった。
壁に叩きつけられた後頭部からも血が出ていたが、そちらは致命傷になるほどの傷でもなく、大黒に掴みかかる前から絶命していたことは明白だった。普通の人間ならば。
「ああ、そういうことか……! 天魔雄神ってのは心底性格が悪いらしい!」
これから自分が何と戦わないといけないか理解した大黒が叫ぶと、大黒の傍にあった死体が次々と起き上がり始めた。