第131話 大金
「いや、一応交渉の手札はある。……ただ交渉は俺達にかかってる懸賞金をなしに出来る奴を相手にする必要があるから、まずはそこに辿り着かないといけない」
「なるほど、んじゃお兄さんの首狙ってくる連中をバッタバッタとなぎ倒して協会のお偉いさんに会うのが当面の目標ってことっすかね」
騒動の終着点が見えたことで鬼川も少し肩の力を抜く。
しかしそれを聞いて楽観的な顔になったのは鬼川だけで、他の人間はまだ一様に苦々しい顔をしていた。
「逃げるわけではなく攻めるわけですね。確かに逃げ続けるよりかは現実的ですが……、兄さん的に交渉の成功率は何割くらいだと考えてますか?」
「相手にもよるが高くて七割、低ければ二割って感じだな。排斥派相手だったら厳しいとは思う」
「なるほど、それでも二割はあるんですね……」
純は腕を組んでしばし考え込む姿勢を取る。
もしも大黒の言う交渉が成功するとして、まず交渉のテーブルに着くことが可能かどうか、それが純や刀岐達の中にある懸念点だった。
「…………どうあがいたとしても人手が足りませんね。私が使える兵はここにいる二人だけですし、この状況で呼びかけに応えてくれる傭兵との繋がりは刀岐さんしかいませんでした。そこの女狐だって今は回復要因にしか使えないでしょうし……」
「…………」
私の力が封じられているのは貴女の兄のせいなんですけど、という言葉をハクは既の所で飲み込んだ。
「んー……、ちょいと厳しい条件はありやすが、人手不足は何とかなるかもしれませんよ?」
刀岐は顎をさすりながらハクを見る。
その視線に対し引き気味になるハクに構わず、ハクを具に観察した刀岐は何かに納得したように頷き視線を大黒に移した。
「こうして見るとちょっと霊力の高い妖怪にしか見えやせんが、そこの幼子が九尾の狐ってことで間違いないんですよね?」
「ええ、そうですよ。諸事情でこんな姿になってはいますが、私が白面金毛九尾の狐、現代ではハクと名乗っています」
問いかけられた大黒が答える前に、ハクは自分の胸に手を当てて名乗りを上げた。
ハクの表情は険しく文句を言いたいのに我慢しているといった風だった。
刀岐もそんなハクの表情に気付き、先程の自分の行いを思い返して素直に頭を下げた。
「丁寧な挨拶ありがとうございます。あっしは陰陽師の刀岐貞親と申します。さっきは不躾な視線を送ってしまいすいやせん。小心者でしてね、九尾の狐なんて大妖怪を前にしてつい警戒しちまったんです」
「良いですよ。こちらこそ大人げがありませんでしたね。どうぞ、話の続きをして下さい」
続きを促された刀岐は、今度はハクの目を見て話を始めた。
「九尾の狐であるハクさんには馴染みがないことかもしれやせんが、陰陽師の中でも傭兵として生きているあっしらは誰よりも金にがめついんです」
「いいんじゃないですか? お金というのがどの時代においても大事だったことは私も身を持って知っていますし」
「ええ、ええ、理解が得られて何よりです。そしてね、さらにその中でも旦那を襲った……今、外にいる連中は金に目がないことで有名なんです。あっしもちょっとした顔見知りなんですが、連中のそれは想像の上を行っていましてね。金さえ積まれれば元々の依頼者だろうがなんだろうが簡単に裏切っちまうんですよ。傭兵としての信用よりも金をとる。人間らしいっちゃ人間らしい、そんな連中です」
「……相手のことは分かりましたが、つまり貴方は私に何をしてほしいんですか?」
率直に問われた刀岐は言いづらそうに苦笑いを浮かべるが、誤魔化さずにハクに求めているものを告げる。
「一言で言うなら、金、ですねぇ。かの有名な九尾の狐だ、どこぞに隠し財産くらい持ってるんじゃないかと思いやして」
「あっ……」
刀岐の言葉で大黒は思い出す。
ハクを家に監禁した当初、宮中からハクがお宝を持ち逃げしてきていた話があったことを。
時の権力者と共にいたこともあるハクをもってして、大金と呼べる金があったことを。
「旦那方にかけられてる金よりも高い額を提示出来るなら、連中は確実にこっちの仲間になりますよ」
まずはそれを目的としやしませんか、と言って刀岐は不敵に笑った。