第129話 味方
「兄さんっ!」
騒々しい声と共に部屋の扉が勢いよく開かれる。
そのまま部屋に入ってきたのは大黒純。今回大黒を助け出した功労者の一人であり、大黒真の義理の妹。
純は扉を開けた勢いのままベッドまで早足で近付いてきて、大黒にくっついているハクを引き剥がした。
「兄さん! 起きたなら起きたと言って下さい! 目覚めて最初の挨拶は私がしたかったのに! ほんのちょっとトイレに行ってる間にそれを女狐に取られるなんて……! ほんと油断ならない生き物です!」
「あー、純? わりと傷に響いてるからもう少し声量を抑えてくれないか?」
「ああっ! すいません! どこかの傷が開いたりはしてませんか? 確認したいので服を脱いで下さい! さぁっ、今すぐに……!」
「開いてない! 開いてないからズボンを脱がそうとするのをやめてくれ! ていうか診るにしてもまず上半身からだろっ……!」
大黒はズボンを握りしめ、一心不乱に脱がそうとしてくる純に抵抗する。
床に放り出されたハクは大黒を助けてくれた純に負い目があるため止めることも出来ず、アワアワと手を宙に彷徨わせていた。
そして大黒の下半身が露わになりかけていたところで、一人の人物が部屋に入ってきて大黒から純を離れさせた。
「何やってんすか当主はもー……。お兄さんが無事でテンションが上がるのは分かりますが程々にしとかないと引かれますよ?」
「惹かれるならやらなければならないだろ。その手を離せ、綾女」
「絶対違う漢字思い浮かべてるっすね。無理やりズボン脱がせてくる女に惹かれるってお兄さんはドMかなんかっすか」
「そんなわけないだろう。兄さんを侮辱するな、殺すぞ」
「理不尽っす!」
純の従者の一人、鬼川綾女は脅されながらも言うことを聞く気は無く、純の脇を抱えて椅子に座らせた。
「とにかく、もうそんな事やってる余裕は無いっすよ。あたしらにはもう時間が無いんすから」
「……そう言えばあれからどうなったんだ? あの時戦ってた敵は倒したからここにいるんだろうけど、俺とハクを狙ってる奴らは他にもいる感じだったのに普通に家に帰ってきてるし……。この家は協会に割れてなかったりするのか?」
鬼川の言葉で自分たちがのっぴきならない状況にいることを改めて思い出した大黒は、矢継ぎ早に疑問を投げかける。
それに対し、鬼川は目配せして純に説明を一任した。
「話さなくちゃいけないことは色々あります。ですがその前に人を集めましょう。私と鬼川は許可を貰ってるので入れましたが、後の二人が玄関の前で兄さんの許可を待っているんです」
「ああ、結界か。分かった、玄関まで行くから肩を貸してくれないか? 一人じゃ起き上がれそうもなくて……」
「それはもう喜んで」
純は晴れやかな笑顔で大黒に肩を貸す……かと思えば手を大黒の首を膝裏に入れそのまま持ち上げた。
「純……、これは肩を貸すって言うんじゃない。お姫様抱っこって言うんだ」
「そうですね。何か問題がありましたか?」
「あるな。妹にお姫様抱っこをされる様をハクと鬼川に見られて凄く恥ずかしいって問題が」
大黒はすぐに下ろすように抗議をするが、純は聞く耳を持たなかった。
「仕方ないじゃないですか。肩を貸そうにも兄さんの腕に負荷がかかりますし、こうした方が兄さんも楽でしょう?」
「体だけはなっ! 心はむしろしんどいよ! 鬼川は笑いをこらえてるし、ハクは気を遣ってか目を逸らしてるし!」
「はいはい。これ以上外の二人を待たせるのもあれですし、そろそろ行きますよー」
悲痛な叫びを上げる大黒とは対称的に、純は鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りで部屋から出ていく。
もう何を言っても無駄だと悟った大黒は観念して溜息を一つつき、体勢に文句をつけることを諦めた。
「はぁ……、ところで後の二人って誰が来てるんだ? 一人はあのー……尾崎、だろうけど」
「まだ名前はうろ覚えなんですね……、合ってはいますけど」
「名前が? 待ってる人が?」
「どちらの意味でもです」
話している間にも純はどんどん進み、二人は玄関の目の前に辿り着いた。
「じゃあもう一人は……」
「ここまで来たら会ってからのお楽しみにしときましょう。大丈夫です、信頼出来る相手であることは私が保証しますので」
「純がそう言うなら信じるけどさ」
お尋ね者である大黒とハクがいる家に知らない相手を入れることは抵抗があった大黒だが、何よりも大黒の身を案じてくれる純が太鼓判を押すのであれば心配はいらないか、と思い来訪者に入室の許可を出す準備をする。
「いいですか? 兄さん」
「ああ」
純は大黒を抱えたまま扉を開ける。
そして扉を開いた先にいた相手はどちらも大黒が知っている顔だった。
「やっと開けてくれた」
一人は先程会話に出た純のもう一人の従者、尾崎怜。
「お久しぶりですねぇ、旦那。また一緒に戦わせてもらうことになりやした、しばしの間よろしくお願いします」
もう一人は今まで何度も助けてもらってきた傭兵、刀岐貞親。
きっとハクと純以外誰も味方をしてくれないだろうと思っていた状況で、誰よりも心強い助っ人を前にした大黒が取った反応は、
「ひ、久しぶり。で、あの、来てもらっておいて申し訳ないんだけど……、あんまり今の俺を見ないでいてくれると助かる……」