第123話 焦土
「隠行もしてるのに一直線にこっち向かってくるな。やっぱ何かしらで位置は完全に把握されてそうだ」
愛瀬達は扇状に配置した式紙を先頭に真っ直ぐ大黒のいる所に向かってきている。
その様子を山中に放っている式紙を通して見ている大黒は、霊力を節約するため隠行を解いて地面に降りた。
「……そろそろ結界を踏みそうだけど、それでやられるほど簡単じゃないんだろうなぁ」
大黒はこれから始まるであろう激しい戦いを想像して、疲れた顔で項垂れる。
それとほぼ同時に一行の方でも変化があった。
大黒が無数に仕掛けた結界の一つ、踏むと自動で発動する感応結界が一体の式紙を囲んでいた。
それを興味深げに眺めながら一行は結界についての推論を話しあう。
「んー……、遠隔操作かな?」
「それなら式紙じゃなくて私達本体を捕らえてるでしょ。あっちだって式紙で私達のこと見てるんだから。だからこれはオートでの発動よ。地雷みたいな感じで埋まってある護符を踏んだら結界が飛び出てくるんだと思うわ」
「はぁん。じゃああいつんとこ着くまでにいちいち足止め食らうってことか。……めんどくせぇなぁ、ここら全部吹っ飛ばすか?」
「雑な案だけどいいかもね。淵瀬、あんたの全霊力出し尽くす気でやりなさい。こっちは五人いるわけだし一人くらい役立たずになっても構わないわ」
「言い方は気に食わねぇけどまあいいや。手っ取り早く焼き払うから全員離れてろ」
先程大黒に符術で攻撃を加えてきた男、淵瀬柊弥は式紙も含め自分以外を下がらせるとポケットから財布を取り出した。
財布から淵瀬が手に取ったのは五枚の一万円札。
淵瀬はその五万円を宙に投げ、それらに向けて木行符と火行符を飛ばした。
「木生火、零幸い」
ごぁっ!!!! と何もかもを焼き尽くす勢いで炎が爆ぜる。
燃やし、燃やし、燃やし、燃やす。
炎は大きな体で生物無生物関係なしに飲み込んでいく。
炎が迫っていると気付いた動物たちも、気付いた頃には既に遅く、逃げる間もなく身体が消滅する。
淵瀬が放った天災をも思わせる攻撃は一切の容赦なく、木も土も大黒が準備していた数々の札も全てを灰にし、山の半分は一瞬で焦土と化した。
「けほっ、けほっ……ちょっと、灰がこっちにまで舞ってきてるんだけど」
「知らねぇよ。灰が舞う方向にまで気を遣ってられるか」
「……足元崩れそうで不安」
「そんなに深くは攻撃いってねぇはずだから安心しろ。どうしても怖いなら式紙にでも抱えてもらえ」
術を放ったことによる影響に文句は言いながらも、威力自体には特に言及しない面々。
だがそれは淵瀬の術に慣れているからこその反応であり、淵瀬の術を見慣れていない大黒は眼下の光景に目を見開いて驚愕していた。
「嘘だろふざけんな……! 何年もかけて作った俺の結界達が……!」
大黒が京都に移り住んだ年からずっと、大黒はいざという時逃げ場にするためにこの山を創り変えてきた。
しかしほんの一つの術でそれらは半壊してしまった。
自分と敵の間を阻むものはもうほとんどない。冷静にならなければいけない状況だが、コツコツと積み上げてきたものを瞬く間に壊された精神的動揺はすぐに回復できるものではなかった。
(理屈は分かる……、対価を払うことで術をより強力なものにする。才能に乏しい陰陽師がよくやる手段の一つだ。あいつは金を代償にすることで術の威力を底上げしたんだろう。けど……それでも……! たった一回の相生でここまでになるか……!?)
距離はまだある。だが、障害のなくなった一行は着々と大黒との距離を詰めてきている。
相手の攻撃範囲外にいた式紙を飛ばして、一行の様子を確認した大黒は『冷静になれ』と自分に言い聞かせて次善の策に移ることにした。
(……用意してた結界も式紙もほとんど燃えた。でもこんだけ相手に有利な状況ならあいつらが俺を殺しにくる可能性はあんま無い。生け捕りにして賞金を稼ごうとするはず。ならまだどうとでもなる……!)
動揺から抜け出した大黒は、相手をある場所に誘き寄せるために移動を始めた。
逃走とも思われる大黒の移動を察知した愛瀬はそれを仲間に伝え、急ぎ足で大黒を追ってきた。
(迷いもなく追ってくる。俺の用意した術くらい力で潰せるって思われてるな。実際あの火力の前じゃ小細工は通用しそうもないし、しょうがないか。でも俺にとっては好都合だ。その油断ごと刈り取ってやる)
最短距離を走り抜け小さな洞窟にたどり着いた大黒は、洞窟の数メートル上に跳び自らを結界で囲んだ。
(果たして吉と出るか凶と出るか……。いや、意地でも吉にしないと先がない)
真下にある洞窟からは大きな異音が鳴り響いている。
異音に背中を震わせながら、大黒はジッと相手が来るのを待ち構えた。