第111話 報酬
「と、いうのが今回の事の顛末なんだけど。何か感想とかある?」
「いえ、特に何も。強いて言うなら順当に終わって良かったというくらいですかね」
大学から帰ってきた大黒は相生家での戦いから大学で噂され始めた相生との関係性についてなど、一から十まで、余す所なくハクに伝えた。
純粋に事の始まりがハクにあったので話さなければならないというのもあった。しかしそれ以上に大黒はあることを期待して事細かに説明したのだが、大黒の期待とは違いハクの反応はとても淡白なものだった。
「………………」
「それにしても資産家の家というのは大変ですね。程度を超えたお金は人の命よりも価値が見いだされると分かっていますが、それで実の兄弟を殺しにかかるなんて……」
「………………」
「貴方の友人にはこのまま血生臭い世界から逃げ切ってもらいたいものですが、そのような兄がいるのなら難しいかもしれませんね。貴方の働きで大学卒業までは大丈夫だとしても、その先は運に大きく左右される人生になりそうです」
「………………」
「貴方もお世話になっているんですから、多少距離があろうと定期的に様子を見に行くくらいはしても罰は当たりませんよ? 私が言うまでもなく貴方ならそうするでしょうけど」
「………………」
「……あの、言いたいことがあるならハッキリと言ってくれませんか。そんな目でずっと見つめられていたら不快なことこの上ないのですが」
相生のこれからについて所見を述べていたハクは、大黒のジットリとした目に耐えかねてその心中を尋ねる。
そして尋ねられた大黒は我が意を得たりとばかりに、意気揚々と話し始めた。
「いやさ、俺は今回頑張ったんだ。ちょっとしたイレギュラーがありながらも、ちゃんと対応して完璧とも言える結果を出した」
「はぁ、それで?」
「詳しいことは話してないのに委員長からお礼の言葉も貰えたし、普通なら満足するべきなんだろうけど、俺は頑張った自分へのご褒美としてハクからも褒め言葉や甘やかしが欲しいんだ。出来ればこう……肉体的な意味で」
「はぁ……」
「見たことない顔してるっ!」
素直な欲求を大黒にぶつけられたハクは、眉間に指を当てて大きくため息をつく。
眉間に寄せられた皺は言葉などなくても、心の底から嫌気が差しているのを雄弁に語っていた。
「お、俺も分かってる。今回のことは委員長への恩返しっていう側面が強いし、見返りを求めることじゃないっていうのは。それでも俺は何かしらの報酬が欲しいんだっ! ていうかぶっちゃけ最近ハクとの触れ合いが少ないから久々にイチャイチャしたいっ!」
「とうとう本音が出ましたね」
眉間の皺はそのままで、ハクは机に用意してあったお茶を啜る。
「ふぅ……、久々とは言いますが別に今までもそんな触れ合いは無かったでしょう。そんなことよりも他に話すべきことはあるでしょうに」
「触れ合いが無かったは流石に嘘だ! 確かに多いとは言わないが全く無かったなんてことは無い! そして他に話すべきこともない! これよりも重要な案件なんてあるものか!」
「うるさいです。静かにして下さい。発情期の猫だってもう少し大人しいですよ。……それに話すべきことはあります。貴方の話だと貴方はまた妖怪化したんですよね? それ以降体に異変はありませんでしたか?」
「ええ……、最近疲れてるから真面目な話とかしたくないんだけど……」
ハクの真剣な様子に大黒の勢いも削がれ、大黒は肩を落とす。
実際大黒が言うように、ここ数日の大黒の動きは普段と比べてハードなものだった。
相生の家で問題を解決した後は、妖怪化した時の霊力を使い果たすために徹夜をし、そのまま学校、バイト、と続き、その日は帰ったら夕食も食べずに眠りについた。
そして今日は慣れない種類の好奇の視線にさらされ、精神的な疲労もかなり溜まっていた。
そういった事は大黒から話を聞いたハクも重々承知の上だったが、それでもなお大黒の冗談に付き合えないくらい妖怪化の話は深刻であるとハクは考えていた。
「貴方が疲れているのは分かっています。きっとさっきの妄言だって疲れていたからこそ出た言葉でしょう」
「いや、あれは本気で……」
「ですが、妖怪化をしていたのならその話は早めにしておくべきです。どうせ今回も妹には伝える気はないんでしょう?」
「……まあ特段言うべきこともないし」
大黒は叱られている子供のように、ふいっとハクから視線をそらす。
大黒は藤と戦った時に妖怪化したことも、今回上原と戦った時に妖怪化したことも純には伝えていない。
それというのも、以前までは定期的に大黒の体を診に来ていた純が、ここ一ヶ月は大黒の家に来れていないことが原因だった。
来れていないとは言っても音信不通というわけではなく、本来検診に来るはずだった日に『申し訳ありません。しばらくは兄さんの家に行けなくなりそうです。でも、もし体に変化があったり妖怪化したりすることがあればすぐに連絡を下さい。何があっても駆けつけます。絶対に、連絡を下さいね?』というメッセージは送ってきていた。