第106話 依頼
「そりゃ俺としちゃ好都合だなっ。殺すのに躊躇がいらなくなったよ。それで、陰陽師でもないお前は俺の仕事の邪魔をしてくれちゃってるんだけどさ、俺になんの恨みがあってそんなことするわけ? 霊道も潰されるわ、馬面も消されるわ……異変を感じて相生家の近くに戻ってみれば深夜にまさかの呼び出しだ。ちゃんと納得のいく説明はしてくれるんだよな?」
「納得のいく説明って言われてもな……。言ったように俺は相生姫愛の友達だから、友達が殺されないように動くのは当然だ。もう陰陽師じゃないとはいえ、陰陽師や妖怪に対抗する手段は持ってるし、助けられるなら助けるだろ」
「…………はっ! はははっ! 友達だから助ける!? そんな台詞ひっさびさに聞いたなぁ! そんな考えがあるなら確かにお前は陰陽師じゃない……ははっ」
大黒の理由を聞いた上原は、その陰陽師らしからぬ行動原理にひとしきり笑いをこぼした後、左手で表情を隠して俯いた。
「はー……、なんか想像してたよりも相当しょーもない理由すぎて余計に腹たってきたな。それならまだ姫愛ちゃんに金で護衛を依頼されたとかの方がよっぽど納得できたよ」
そして再び顔を上げた上原は、完全に笑みを消して憎悪の籠もった目で大黒を睨みつけてきた。
「子供には分かんないかもしれないけどさぁ、大人が生きていくにはそれなり以上の金が必要なんだよ。その上今回の仕事は俺にとって一生を左右するくらいの大きな仕事だったわけ。妖怪の見えない女の子一人殺すだけで一生安泰とか、やっと俺にもツキが回ってきたって思ってたのに……」
「あんたの事情なんか知らない。それよりもこっちには他に聞きたいことがある」
上原はぶつぶつと恨み言を吐いてきたが、大黒はそれをバッサリと切り捨てて自分にとっての本題に入ることにした。
「聞きたいこと? まあそりゃあるだろうさ。いいよ、聞いてみな。どーせお前はこの後すぐに殺すし、死人に話せる範囲なら答えてやるよ」
「じゃあお言葉に甘えて。……まずはあんた殺しの依頼をした奴が誰か、かな。それによって俺の今後の対応が変わってくる」
「……ふーん?」
大黒が自然と話す自らの今後の話。それは上原に殺されることはないという大黒の挑発が含まれており、その意図を汲み取った上原は口元を引きつかせて不穏な空気を漂わせた。
「いいよいいよ、教えてやる。ただ簡単に教えても面白くないし、まずはヒントをやろう。夜もまだ長いしな、それくらいの時間はあるだろ?」
「最終的に教えてくれるなら何でもいいさ。俺は今日中に片付けられさえすればいいし」
「よし、それじゃあ一つ目だ。まずお前が殺してくれちゃった俺の可愛い式神、あれが何の妖怪かは分かるか?」
「……見た目の特徴から考えられるのは馬頭とか馬面の半人半馬の妖怪。で、俺が聞いてた症状と、殺す直前の振る舞いからしたら十中八九馬面だと思う」
「正解」
上原は手の中でくるくると回していたナイフの刃先を大黒に向ける。
「さて、そこまで分かるのなら馬面の特徴も分かるよな? 馬面という妖怪はどうやって民家に入り込むものとされている?」
「……夏場に開け放たれた窓や戸から」
「それも正解。家の中を徘徊しやすいように霊道は空けてたけど、外から中に入るのと中で移動するのとでは話が違う。馬面みたいに窓から入るって伝承が残ってる妖怪ならなおさらだ」
妖怪の伝承とはもはや生態や本能と言い換えてもいいくらいに、妖怪にとって抗えないものである。
人の襲い方が伝えられている妖怪はその通りにしか人を襲えないし、弱点が伝えられている妖怪は弱点に打ち勝つことが出来ない。
伝承がなければ妖怪は生まれる事が出来ない。それ故に生まれながらにして決められている絶対の規則。力になることもあれば弱みになることもある、妖怪にとっての伝承とはそういうものである。
「ああ、そうだな。確かに不思議だったよ。空調設備が完璧らしいこの家は夏だろうと窓を開けてる部屋は無かった。それに防犯のためと言って、寝る前に施錠の確認もしっかりしてた」
「そう! 俺が出入りしてるのは日中だけだし、お前みたいに泊まりでもしないと夜中に窓を開けておくなんて無理な話だ。忍び込むのもこの庭が限界さ。だから俺には馬面の侵入経路の確保は不可能」
「…………」
「そうなったら答えは一つ。……お前ももう、理解してるんだろ?」
「……予想してた中で一番可能性が高くて、一番胸くそ悪い答えだったよ」
大黒は苛ついた様子で吐き捨てる。
相生は就寝前、大黒に伝えたように家中の窓や扉に鍵が掛かっているかを確認してから床に就いた。現在は父母がいないため、普段は確認しない父母の部屋まできちんと見回った。
だが、一箇所だけ相生が確認しなかった部屋がある。
「兄が妹を殺そうとするなんて、本当吐き気がしてくる」
唯一、相生姫愛以外に人がいた部屋。
相生家長男、相生一の自室である。