第102話 説得
「やっぱり事情があるならその事情を話して許可を貰うのが一番だと思うけどー……、それは出来ないんだよね?」
「ですね……、本人には知られちゃったら今後に色々な問題が生じそうで」
「んー……、だったらもうそこも含めて言っちゃうしかないんじゃない?」
「と、いうと?」
大黒は首を傾げて万里の言葉の真意を問う。
「『詳しいことは話せないけど、君を守るためには君の家に泊まる必要があるんだ。だからどうか、一晩君の側にいさせて欲しい』、みたいなかんじでねー。包み隠さず伝えればいいんだよー」
「そんな言い方する同級生キモくありません?」
「うん、気持ち悪いしすっごく警戒すると思うけど」
「………………」
「まあまあそんな顔しないでー」
大黒は紅茶を飲みながら半目で万里を見る。
万里はそんな大黒の視線を笑いながら受け流す。
「言い方の良し悪しはあれ、正直に伝えた方が良いっていうのは本心だよー。言えないことがあるなら言えない事以外は全部言うの。その上で最後は相手に選んでもらう。それが誠意っていうものだと私は思うし、誠実な男の子が嫌いな女の子も少ないから一番うまくいく可能性が高いと思うなー」
「誠意……、色々借りがある相手なんであんまり嘘をついて振り回したくない気持ちはありますが、そんな上手く行くもんですかねぇ……」
「私はその子のことを知らないから断言はしてあげられないけどねー。結局頼み事って相手と自分との関係や、相手の性格によって立ち回りが大きく変わるものだしー」
「そりゃあそうですよね」
「でも、どんな相手であれ頼み事には誠意が必要なのは間違いないよー? 相手との関係を良好に保ちたいならなおさらね。お金とか、言葉とか、態度とか、何かしらで誠意を見せないと相手は聞いてくれない。これだけは断言できるかなー……」
万里は半分に割れたクッキーを見つめて薄く笑う。
それは普段万里があまり見せない大人の顔であり、万里の人生経験から出たであろう言葉であることが察せられた。
大黒自身順風満帆な人生を送ってきたとは言い辛いが、万里も万里で相当厳しい人生を送ってきたことはこれまでの付き合いで大黒も十分に理解している。
だからこそ大黒は、そこから出た万里の言葉を真摯に受け止めることにした。
「……誠意の例の最初にお金が出るなんて、店長も本当に苦労してきたんですね。分かりました。店長のアドバイス通り、まずは俺なりの誠意を相手に見せることから始めてみます。…………貯金いくらあったけなぁ」
「待って待って、その部分を一番に抜き出してくるのはやめて。本気でその方法を視野に入れてそうだから余計に怖くなってくるのー」
「何を言っるんですか。もちろん俺は本気ですよ。なにせ店長は俺の一番身近な大人ですからね。そんな人の人生を通じての金言です、全力で参考にさせてもらいますよ」
「うーん、どう説明したものかなー……。確かにさっきのは私の経験上の話だったけど、お金はあくまで一例として出しただけだしー。そもそも学生の内からお金で解決することを覚えちゃったら、今後の大黒くんの人生が歪んでいきそうっていうかー……」
「そうは言いますがお金以外で俺に出せる誠意なんてありませんよ?」
「いや、だから今回の場合は言葉と態度で多分なんとかなる問題だと思うんだよー。まあ、大黒くんがその子に信用してもらってると仮定してだけどねー」
「信用か……」
再度『信用……』と呟きながら、大黒は今回頼み事をする相手、つまりは相生に対する自らの行動を振り返る。
寝坊をした日、代わりに出席をとってもらっていたこと。
九尾を探すため講義を抜け出した日、大黒の分のプリントも保管してもらっていたこと。
レポートの提出期限を勘違いしていた時、間に合うように手伝ってもらったこと……等々。
そしてそれら全てを一度や二度ではなく、いつものこと、と認識される程度には繰り返している。
そんな自分の行動を思い返した大黒は、
「よし! ありがとうございます店長! 今日バイト終わりにATM行くことを決心しました! これできっと上手くいくはずです!」
「逆効果だったかー……」
元気よくお金を使うことを宣言した大黒を見て、万里は金銭関係に触れたことを後悔する。
実家に泊まりに行こうとするくらいなのだからある程度以上の信頼関係は結んでいるだろうと高をくくっていたのだが、大黒から斜め下の解答が出てきたことで万里は頭を抱えてしまう。
「というかよく考えたら今回のことを抜きにしても、俺はあいつに金を払うべきな気がしてきました」
「大黒くんはその子に何をしてきたのー……?」
完全に相生にお金を渡す気でいる大黒を万里は訝しげな目で見つめる。
「端的に言うと迷惑、ですかね」
「すごい大雑把だねー。まあ、とりあえずそこら辺は置いとこー? それで考えてみてー? 大黒くんはその子にお金を払いたくなってるかもしれないけど、その子は素直にお金を受け取ってくれるタイプかどうかー」
「………………考えにくいですね。面倒見が良いことで有名なくらい普段から無償で人助けをしてる人間ですし」
「じゃあじゃあやっぱりお金を渡すのは良くないよー、そういう子なら真っ直ぐにお願いするのが一番だしー。むしろお金のことを持ち出したら話を聞いてくれなくなるかもしれないよー」
どうにか軌道修正しようと万里はここぞとばかりに捲し立てる。
そして大黒も自分の気持ちはどうあれ、相生の性格を考えるとお金を渡すのは悪手なのでは、と考えを改め始めていた。
「そう、かもしれませんね。言い方に気を使う必要はあるでしょうけど、よっぽど変な言い方をしなければ快諾してくれる気もします。……いや、でもやっぱり俺も男だしなぁ」
「大丈夫大丈夫ー、男女でも友情は成立することをその子と大黒くんで証明してみよー! 友達同士なら家に泊まるのも全然不思議なことじゃないしー」
「確かに」
性別の問題に戻ってきた大黒を万里は全力で説得する。
さらには小鉢もその方向で頑張ってという風に、胸の前で両手をグッと握る。
そんなどうにか大黒をお金を使うという手段から遠ざけようとする二人の熱意が通じたのか、大黒は素直に納得した。
「ありがとうございます、まずは普通にお願いすることにします。駄目だったら駄目だったで、また店長に相談するかもしれませんけど」
「いつでも言ってきてー。大黒くんがバイトの日じゃなくても連絡をくれれば、お店を閉めて聞きに行くからー」
「そこまではしてもらわくても大丈夫です」
話がまとまったことで万里は胸をなでおろして軽口を叩く。
そこから数分が経ち、休憩時間もお菓子も残りはだいぶ少なくなってきてそろそろ仕事に戻ろうかという雰囲気になってきたところで、大黒はポツリと小さな声を発した。
「…………一応十万くらいは用意しとこうかな」
「大黒くん、もう一度お話しよっかー」