ファーソンの娘
「南側、通りから三人と西側の裏通りからふたり来るの」
割れた窓から外を窺っていたミュニオが、抑えた声で告げる。
「どんな奴かわかるか?」
「街の入り口で見た衛兵と同じ格好はしているけど、持ってる武器が片手剣なの」
「ぼくが見た限り、衛兵の装備はみんな両手剣だったね」
偽物かな。どこのどいつか知らないけれども、追っ手が掛かったとなれば撤収の準備だ。室内に転がっていた金目のものを根こそぎ奪って片っ端から懐収納に突っ込む。もう完全に盗賊団だ。
「“赤目の悪魔”はいるか!」
外で女の声が聞こえる。ミュニオと並んで覗いてみると、西から来たふたりのうちのひとりだ。年齢は二十代前半くらい。衛兵の格好をしているが、あまり似合ってない。サイズも合ってない。
ミュニオのいう通り、腰に下げたのは片手剣。いまのところ鞘に入ったままだ。連れの男性も、死体を調べてはいるだけで、こちらに攻撃を仕掛ける様子はない。
「頼みがある。話を聞いてくれないかな?」
声には敵意もないが、さほど緊張感もない。それだけに意図がわからない。
「……どうする?」
「わかんないけど、ぼくは少なくとも殺すのはちょっと待っても良いんじゃないのかなって思うよ?」
「わたしも、話を聞くくらいなら、しても良いと思うの」
そうな。いざとなれば、殺して逃げる。室内で、逃走時間を稼いで自分たちの身を守り切れる配置だ。
室内を見渡し、ハーマンの執務机らしい重厚そうなデスクをバリケードに決めた。背後はそこそこ厚みのある壁。入り口は一箇所だけで、回り込まれる心配はない。裏から逃げるという手も使えないんだけど、それはそれだ。
「いいぞ、入ってこい」
声を掛けると、女は連れの男性をその場に残して迷いなく入ってきた。ちょと意外。なんぼなんでももうチョイ警戒するんじゃないかと思ってたから。
「ども」
「軽ッ⁉︎」
片手を上げて笑みを浮かべた女の無防備さに呆れる。こっちの渾名を知っているなら、やってきたことも理解しているだろうに。
「あたしたちは、うるさい官憲やら何やらが来る前に撤収したいんだけどな」
「ああ、外の射殺死体なら、いまウチの連中が片付けるから大丈夫だよ。官憲はね、あんたらが思ってるようなのは来ないよ」
「なんでわかる」
「ここにいるから、かな」
転がっていた椅子を立てて、後ろ前に座った。背もたれに寄り掛かって、ちょっとダルそうな感じでニヘラッと笑う女は、高校の教室にいる運動部員みたいな雰囲気だった。
「まさか、あんたたちが衛兵なのか?」
「そ。わたしが衛兵隊長。代理だけど」
「……もしかして、入り口の衛兵から何か聞いた?」
「そうだね。入り口の子と、階段下の子と、大通り警邏の子と、ギルド監視の子と。みんなから聞いた。“赤目の悪魔とお仲間ふたりが来ました”ってね」
「それで」
「“思ったより小さかったっす”って」
「そういうことじゃねえよ。あたしたちをどうする気かって訊いてんの」
「どうって……いや、べつに何も?」
あたしたちは視線を見合わせ、リアクションに困ってまた“衛兵隊長”を見る。
武器を抜く気はなさそうだし、ニコニコしてはいるけれども、腕のほどは読めん。真意はもっと読めん。
「だったら、わざわざ何しに来たんだよ」
「挨拶にね。わたしは、アドネの衛兵隊長代理、エリ・マクファーソン」
うん? いや、こちらのリアクション待ちみたいな顔をされても困るんだけど。特にコメントのしようもないし。仲良くなる気もないし。それに、名前を聞いて思うところも……
「あ」
マクファーソン。
知り合いでも何でもないけど。でも、あれだ。なんとなくだけど、思い出した。苗字のアタマに付く“マク”とか“マック”とかは“息子”って意味の……アイルランドだかスコットランドの言葉だって話を、聞いた気がする。
「……あんた、転移者か」
エリはそばかすの浮いた顔でニーッと屈託のない笑みを浮かべる。
「ああ、楽しみにしてたんだ。新たなガンファイターが現れたって聞いてさ」




