エルフェンハーマン
建物から飛来する矢は途絶えた。後は、なかで待ち構えているのがどんな敵か、だけど。
「いる」
メルの声は硬い。確信を持って、室内を見据えているようだ。それは、たぶん向こうも、だな。
もしかしたら、メルオーリオも生前はエルフだったのかもな。そんな気がした。
「いるって、その……ハーマンが?」
「間違いない。それと、手下の獣人が八人」
チラッと視線を合わせて、ジュニパーとミュニオが頷くのを確認する。
「メルさ、その建物のなかに……殺されて困る相手、いる?」
「どういうこと?」
「わたしたちの使っている武器は、殺して良い相手とダメな相手を選びながら戦うのって、すごく大変だし、危ないの」
「そうなんだよ。ぼくら、狭い場所で戦うのに慣れてないし」
「間違えて殺しちゃうかもしれないから、なかに仲間がいるかもしれないなら訊いておこうと思ってさ」
ちょっとだけ迷うような間があって、メルは小さく笑った。
「ううん、いない。ハーマンと、手下だけだよ」
それを聞いてジュニパーが銀の大型リボルバーを持って右に、あたしが自動式散弾銃を持って左側に立つ。ミュニオはカービン銃装備で少し後方。
「それじゃ、あたしから入るよ」
「了解、ぼくがノックするね」
「わたしは、お外で待ってるの」
三人で入口前まで行くと、ジュニパーがドアを蹴る。外枠ごと吹き飛んで室内に叩き込まれ、何人か弾き倒されて転がる。
視線が奥に集まっている間に、入ってすぐのところで短剣を構えていた獣人の男たちを鳥用小粒散弾で薙ぎ払う。九発で穴だらけになった死体が六つ。奥で転がっていた男たちが起き上がったところをジュニパーの38スペシャルで射殺される。
外で357マグナムが発射された銃声がした。窓を破って飛び込んできた弾丸が物陰に撃ち込まれる。それがミュニオの支援なのはわかるけど、被弾した敵がどこなのか見えない。
室内の隅に、妙な暗がりがあるのに気付いた。
「なあメル、何あれ?」
「隠蔽魔法。視認阻害。あとは、たぶん幻惑と錯視」
メルの声は聞こえているけど、意味がよくわからない。たぶん、だけど。要するに、ハーマンとかいうのは騙くらかしが上手い奴ってことだな。アドネア王国の伝統か。
ゴトリと、重いものが床に当たる音がした。何も見えていなかった木の床に、血の染みが広がってゆく。そして次第に、血の海に横たわる女性の姿が見えるようになってきた。
年齢は三十そこそこ、顔立ちは整っていて可愛らしいはずなのに、目付きに険があって、どこか“嫌な感じ”がする。ヒステリックな表情と、自己中心的な空気。男受けは良いけど同性に忌み嫌われるタイプというか。
この状況で穏やかな顔も出来んだろうと思うので、全ては先入観によるものかもな。
「き……ッ、さま……ら」
「変わってないな、ハーマン。聞こえてないだろうけど」
うん、たしかに聞こえていない。憑依霊なメルオーリオの声は、あたしたちにしか届いていないみたいだ。
どういう条件なんだか……きっと心が綺麗な乙女だけだな。そういうことにしておこう。
「あたしが翻訳しようか」
再装填を済ませた散弾銃は背中に回し、取り出したのは22口径のルガー・ラングラーだ。すぐ殺したくないときには、とても使いやすい。
「お前、元傭兵ギルド長のハーマンだな?」
「こッ……こと、……ただで、済むとッ」
聞き分けがないとわかったので、四つん這いの右手を撃つ。
「ぎゃあぁッ!」
ロリババアなエルフは悲鳴を上げて倒れ込み、呪詛の言葉を漏らしながら転げ回る。まだまだ、元気だな。
「お前が、ハーマンだな?」
「だったら、どうした! わたしを、殺すか⁉︎」
「ひとを探してる。居場所を教えろ」
「……あ?」
メルからの伝言であたしが答えると、ハーマンは硬直したまま信じられないものを見るような目でこちらを睨み付けた。
「あああぁッ⁉︎ ふざ、けんな! 貴様、ひとの腕を穴だらけにして! 部下を皆殺しにして! それで、人探しだと⁉︎」
左手を撃つ。必死に起き上がろうとしていたハーマンは顔面から床に叩き付けられた。
「質問に、答えろ。マルクル、ボーマン、ケイヘム、ポーラ、イーマス、イベイル、トークル。お前が攫った亜人たちはどこにいる」
両手を潰され芋虫のように這うエルフの目がギラギラと光っていた。
「貴、様……ら」
「くだらん能書きを吐くなら、次は肘だ。その次は、膝。痛みでまともにしゃべれなくなるだろうから、早くした方がいいぞ」
「イルベイル……の、聖堂だ。丁重に、葬られた」
ほう、意外に素直に話したな。メルのリアクションがないのが気になるけど。
静まり返った室内には、しばらくハーマンの呻き声だけが響いた。
「四十年前のことなのによく覚えてるな。いや……覚えていないのか」
メルがボソッと呟く。何かを確信しているような声だけど、どういうことなのかはイマイチ伝わってこない。
「こいつ、いままで何十人も、あるいはもっと多くの犠牲者を、殺して同じように葬ってきたから迷いなく答えているんだ。イルベイルは、身寄りのない死者が弔われる公用墓地だから」
「……用はッ、もう済んだだろう⁉︎ さっさと、出て行け!」
「まだだ」
あたしは、ハーマンを見下ろす。ラングラーの撃鉄を起こしてその長い耳に向け、メルの伝言を伝える。
「彼らの魔珠はどこにある」
こちらに向けられた目が、怒りと痛みと憎しみに充血した瞳が、その質問にビクリと揺れた。