アドネ侵入
メルオーリオの案内でアドネの街を前にしたあたしたちは、揃って困惑していた。
城壁がない。それどころか、キワキワまで近付かないと集落があることすらわからない。メルにいわれなかったらランドクルーザーで飛び込んでたわ。
地面に掘られたのか元々の地形なのか、深さ二十メートル直径七、八百メートルほどの窪みがアドネの市街地なのだそうな。
地下の広大な水平面には大小のテントや建物が立ち並び、タープやロープが縦横無尽に張り巡らされている。
「何……だ、これ」
昔の有名なSF映画で、こんなのあったな。主人公が暮らす辺境惑星かなんかの舞台で。
王城は北側の垂直面に横穴として築かれ、趣きはあるものの建物というよりも浮き彫りのように見える。
「ええと……これ、ぼくたちが近付いても良いのかな?」
「良いんじゃないか? 遠慮する義理もないだろ」
平然さを装いつつ、あたしは自分たちの場違いさにちょっとだけ気後れしていた。
なんでかズボンもシャツも靴も、上から下まで赤い格好したあたしと、この世界では標準的な生成り木綿の上下なのにフリンジ付きの赤い上着を着たミュニオ、そして執事みたいな服なのに赤いウェスタンハットのジュニパーという珍妙な三人組だ。怪しまれるに決まってる。
着替えようかと思ったものの、どうせサイモン爺さんに頼んだら赤い服しか出てこないだろうと考えたところで面倒臭くなったのだ。
どこで手に入れたかも覚えてない地味な帆布で簡素なローブのようなものを作って被るだけにした。いざとなったら、そのときだ。
「何かあったら逃げよう」
「そうだね」
「大丈夫なの。わたしたちを害するほどの存在は感じられないの」
ミュニオのカービン銃は布切れで巻いて“変わった杖”みたいな感じにしてあるが、ちらちら露出している木部が真紅なのもあって怪しいことこの上ない。いまも地上で出入りする人間を調べている衛兵がこちらを怪訝そうな顔で見ている。
「お前たち……は……あれか、商人か」
なんだその間は。なんか色々と消去法でそうなったっぽいのが気になる。他にもあんだろ。旅人とか冒険者とか、踊り子とか。こっちの世界であんのか知らんけど。
「そうです。雇った御者に馬車を奪われちゃいまして、アドネで乗り物を買えないかなーって、思ってます。はい」
自分が乗り物にして御者という二重矛盾なジュニパーさんは明るく少しアホっぽく衛兵に話し掛ける。見た目はかなりの美女だし、交渉役には最適かも。
「そんな間抜けな商人は身包み剥がれて終わりだと思うがな。アドネはカネで何でも買えるが、安全だけは自分持ちだ。まあ、せいぜい気を付けると良い」
「ありがとうございます」
案外あっさり通された。むしろ初めての敵対しない戦闘職だった。
入城税に、ひとり銀貨二枚。高価だが、荒野のただなかにある交易市となれば無茶というほどでもない。素直に払って、関所のゲートを潜る。
窪地に降りるのは、水平面に刻まれた急勾配の階段。幅は一メートルちょっとしかなく、手摺りもないのでムチャクチャ怖い。よろけたら二十メートル下の地面まで真っ逆さまだ。
「どしたのシェーナ、腰が引けてるけど」
「ちょい! ジュニパー、つつかないで!」
「シェーナが怖がるなんて珍しいね。高いとこダメなんだっけ?」
「ダメになったの!」
“暁の群狼”の砦でジュニパージャンプしたとき気付いた。高いの怖い。前いた世界じゃ――少なくとも日本じゃ――手摺りなしの断崖に階段とか紐なしバンジーとか直面する機会がなかったんで気付いてなかったけど。高いとこというより、途上国っぽい感じの“フェイルセーフなし”が怖いのかも。
「シェーナ、あしプルプルしてる」
「するわ!」
なんとか地下まで降りた時には腰が抜けそうになってた。なんとこのアドネ地下市街、地表を吹く風がどこをどう抜けるのか、階段を下りる人間を巻き上げようとするのだ。まだ地面まで十数メートルあるところで一瞬身体が浮いてチビりそうになった。
「よーし、着いたよメル? メルがいた頃と比べて、どう?」
「……変わってない」
「そうか。良かったな。お仲間を探すのには、どこに行けばいいと思う?」
ジュニパーとあたしの質問に、憑依霊な彼女は少しだけ悩んだ後、ボソッと答えた。
「傭兵ギルド。そこに、わたしたちを殺した奴がいるはず」




