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遥かなアドネア

 とりあえず泣きべそ幽霊のメルオーリオは、あたしたちと行動を共することになった。まあ、こっちも似たような泣きべそ三人組だ。

 自称・妖精のメルは彼女の魔珠を回収したので、めでたく地縛霊から憑依霊にジョブチェンジである。

 あたしが懐収納に仕舞ってみたら、消えてしまった。もういっぺん出したら、いきなり真っ暗になったと怒られた。オープンエアじゃなきゃダメなのね。


「そんじゃ、ミュニオが持ってくれる?」

「わかったの」


 あたしやジュニパーが駆け回ってどこかに落としてきたら困るので、いちばん落ち着きのあるミュニオに持っててもらうことにした。魔珠を布に包んで、背負っていた携行袋に入れる。今度は問題ないようだ。


「これは……なに?」


 メルの声が聞こえて、ランドクルーザーについて訊いてるのがわかった。


「異界の乗り物だよ」

「シェーナが魔法で出したの」

「しぇーな、魔王か何か?」

「こんなションボリした魔王がいるかよ。あたしは、異界からの転移者でさ。向こうのものを手に入れられる能力というか、向こうの商人と交渉する伝手があるんだ」

「……よくわかんない」

「まあ、金貨銀貨と引き換えに、こういう乗り物や武器を買えるんだよ。難しいことはわからんし、あたしも理屈はよく知らん」


 ジュニパーの運転で、あたしたちは再び北を目指す。風で出来たような砂丘とも呼べない起伏はあるものの、目につくのは砂ばかりで遮蔽も植生もほとんどない退屈な風景が続く。

 あたしなら運転してて眠くなりそうなのに、ジュニパーは“良い天気だね〜”なんつってご機嫌でドライブしている。雨降らないのが良い天気だとしたら、帝国中部はずーっと良い天気だ。


「なあ、ジュニパーって水棲馬(ケルピー)なのに水辺が恋しくならないの?」

「シェーナのくれる美味しい水があれば、浸かるのはなくても良いかな〜」

「そんなもんか」


 ジュニパーは迷いなくハンドルを切って、速度を上げる。あたしにはわからないけれども、野生の勘か天体観測かで進む方向を調整しているようだ。

 メルの記憶によれば、アドネア王国の首都アドネは現在地から北西方向に馬で一日半ほど。

 あたしには、わかるようでわからん単位だ。


「馬で一日半って、距離はどのくらい?」

「急がない馬車だとしたら、二十から三十(ミレ)くらいじゃないかな」

「わたしも、遠くて四十は行かないと思うの」


 ふたりの推測によれば、ええと……ざっくり三、四十、最大でも六十五キロくらいか? なんか最近はマイルの計算に慣れてきたけど使い道がない。効率が悪いので、そろそろ(ミレ)感覚を身に付けたい。


「あれ、襲われた隊商かな」

「ん?」


 朽ちた骨やら木片やらが散乱する横を通過する。目ぼしいものは奪われたのか風に飛ばされたか砂に埋まっているのか、馬のものらしい大きな頭骨と馬車の残骸の木片以外に目に付くものはない。


「避難民の馬車」


 メルがボソッと告げる。


「帝国に攻め込まれて、みんなアドネアから落ち延びようとして、ここで果てたの」

「なんで南に? そっちに向かっても帝国領だったろうに」


 あたしの質問にメルは困惑した声を出す。


「帝国領? いいえ、わたしたちは、イーケルヒに向かってたの」

「その辺りの記録はハッキリしないんだけど……四十年前だとしたら、もう併呑されてたんじゃないかな」

「うそ」


 姿こそ見えないが、メルからは急にどんよりした感じが伝わってくる。こちらの世界では、庶民に国外の情報は伝わらないものなのかな。


「アドネアの王族や貴族が伏せたんじゃないかと思うの」

「なんで、そんな」

「当時のアドネアでどれほど農民が必要とされてたかわかんないけど、帝国の属領になるなら平民は邪魔になる、とか?」

「……必要と、されてたのは……魔力持ちだけ、だった」


 メルの声がさらに沈む。だったら、不要な庶民は切り捨てられたのだ。

 自分たちが命懸けで向かった先にも希望が待っていなかったと知るのは――たとえそれで結果が変わらなかったとしても――夢が破れるようなものなのだろう。自分たちの決死の努力が無駄な足掻きだったなんて、あたしも知りたくはない。


「いまは、どうなってんのかな。半世紀近く経ったんなら、見違えるようになってるかもね」


 冷え切った場の空気を温めようとしたのだろう。無理に明るい声で、ジュニパーがいった。

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