戦場の精霊(自称)
「あなたたちに……特にシェーナにいっておくわ。わたしは、幽霊じゃない」
砂漠を徒歩で移動しているあたしたちの傍らで、声だけの存在であるメルオーリオは、幼い声で囁く。
声は可愛らしいし、話し方もふつうでオカルト要素はないんだけど、耳元から聞こえてくるのが怖いんだってば。
「そんなんいわれても、じゃあ……メルなんなん?」
お願いを聞く代わりに、呼びにくい名前を短縮させてもらった。本人は“なんか親友っぽくてスゴく良い”と御満悦である。
「ええと、砂漠の精霊?」
「いやいやいやいや。なんで疑問形なんだよ。設定いま考えながらしゃべってんじゃん」
「いったもん勝ち」
「そうだけど。たしかに、それはそうだけど。証明の方法なんてないし。幽霊と精霊の違いなんてあたしも知らんし」
メルオーリオのお願いは、アドネの街に囚われているはずの、仲間たちの救出。
う〜ん、やるのは良いけど、なんか前にも似たようなこと何回かやってる気がする。
「メルが幽霊じゃなくて精霊だとしたらさ、その……アドネ? その街にいる仲間たちって、精霊なの?」
「ううん、亜人だよ?」
「だから、そういうとこだよ。設定ガバガバじゃねえか」
横でメルが、ぷーって膨れたみたいな感じがした。見えないけど。
「だって、シェーナ怖いっていうんだもん。なんか精霊とかだったら、騙せるかなーって」
それを騙そうとする本人にいうなよ、とは思うけど。良くも悪くも裏表がないあたり、メルオーリオなりの誠意という感じがした。あたしも、怖いとはもう、あまり思っていない。
「メルちゃんなりの気遣い、だったんだよね?」
「そー。ジュニパーならわかってくれると思った」
「えへへへ……」
なんだこれ。魔物と幽霊の友情物語か。いや、いいんだけどさ。
メルは、声の感じからすると十歳前後の女の子、そしてたぶん生前は彼女も亜人だったと思われる。
獣人かエルフかドワーフか、人間じゃないけど何だったかは覚えていないそうな。彼女の記憶は、所々あったりなかったり虫喰い状態になっている。
彼女が亡くなったのは、ここらが“アドネア”と呼ばれる国だった時代で、隊商に運ばれる最中に盗賊団に襲われて命を落としたらしい。そのあたりも、うっすらと“そんな気がする”程度のものでしかない。
「アドネアってのも、帝国に滅ぼされた国のひとつ?」
「ええと……たしか併呑かな。アドネア王家は帝国に従属を誓って、この辺の地方領主になってる。だから、まだアドネの街は、あると思うよ」
物知りジュニパーが後半で言葉を濁しているのは、メルの願いである“仲間を助けて”を考えてのことだ。
その“仲間”というのがどんな種族であれ、いまも生きているとは思えない。
「ジュニパー、アドネアが帝国に呑まれたのは、何年前?」
「う〜ん……四半世紀くらい前かな。ほら、前に話した、“攻撃召喚”を最初に始めた国がアドネア」
“召喚者はロクなことしない”“だから敵対国に送り込もう”っていう、まさに誰も得しない嫌がらせのためだけのシステムを作ったのがその国のやつらか。
「どクズじゃん。なんで生き残ってんだよ」
「最初に降伏して、帝国に帰順を表明したのもアドネアだから」
最低だな。二重三重に最低だ。
「メルの仲間って、寿命どのくらい?」
「わからない」
「五十年とか六十年とか、生きられるなら、いまでも暮らしてるかもしれないけど」
「……それでも、助けて欲しいの」
メルの声は、ときどき歪んだ。それでも泣いたり怒ったりしないのはたぶん、あたしたちが怯えたり拒絶したりしないように、なんだろうな。実年齢は知らないけど、声の感じからすると子供だし。
「わかった。まずは、メルの本体からだな」
「シェーナ、そこに魔珠が固まってあるの」
ミュニオが、吹き溜まりになった砂丘の陰を指す。彼女はエルフの感覚器で、亜人の遺体が眠っている場所を探してくれてた。人間と、獣人やエルフやドワーフとの違いは体内に持つ魔珠の大きさなのだそうな。魔力を蓄え放出する電池みたいな部分なので、魔力が大きいと魔珠も大きい。たぶん、いまのあたしも大きいタマが育っているのだろう。それはそれで、ちょっと怖い。
「そんじゃ、掘ってみようか」
「はーい」
前にサイモン爺さんから“ヘスコ防壁”を買ったときに、資材のなかに入ってたスコップ。オアシスでは使う機会がなかったけど、いまになって役立つとは。
「その右側……そこなの」
「シェーナ、ちょっとスコップとめて、ここからは手でやった方がいいかも。壊れちゃうから」
三人で掘り返したところ、二十数個の魔珠が出てきた。色とりどりで綺麗だけど、どれがどういう種族のものなのかまでは、あたしにはわからない。
「メル、こんなかに、お前のものはあるか?」
「……う〜ん……たぶん、こういうのじゃなかった」
「これは火魔法属性の魔珠だから、ドワーフだと思うの。きっとメルは、ドワーフではないのね」
ミュニオの先導で、あたしたちはもうひとつの場所に向かう。そこにもかなり多くの魔珠が固まっているのだそうな。
「ここに埋まってるのは、風と水と土属性のものが多いの」
ミュニオの指示で位置を探りながら、あたしとジュニパーがスコップを振るう。ここは比較的浅い位置に多くて、ひとつの場所に固まっていた。
掘り易いのは、いいんだけど。
「なあ、ミュニオ、あのさ。こんなに魔珠がたくさん固まって埋まってるってことは、ここで……亜人ってうのか、獣人とかエルフとかドワーフとか、そういうひとたちが大量に殺されたってことだよな?」
「そうなの」
手で掘れるくらいの深さと範囲で、出てきた魔珠は大小五十近い。魔法属性の違いは、あたしには見ても触れてもわからない。
「亜人だけじゃなくて……魔力の高い“人間”も混じってると思うの」
ミュニオは明言しなかったけど、それは魔導師、もしくは召喚者だ。
なんで殺されることになったのかはわかんないけど。なんにしろムナクソ悪い話にしかならないんだろうな。
「それ」
メルの声が耳元で聞こえた。いちばん大きな魔珠。生前のメルオーリオは魔力が大きかったのか。
「間違いないか?」
「うん。……ほら」
彼女が魔力を注ぎ込んだのか呼び出したのか、あたしが持った魔珠が青白い光を放つ。これが、メルの魔珠。ここが、メルの眠っていた場所か。
簡単に手を合わせて、メルの魔珠を布切れに包む。これで、彼女はこの場から離れられるようになった、はずだ。
「そんじゃ、行こうかメル……」
「あり、がど!」
メルが、涙と鼻水を垂らしながらいった。見えないけど。
彼女の声は、絶対いろんな汁をダラダラ垂らしてる感じで聞こえてきた。
「じぇー、な、じゅにゔぁ、びゅじお、も……ほんどに、ありがどッ」