自由への疾走
「なんだよスゲーな異世界、ウマもしゃべんのか」
愛想良く笑う馬にいくぶん胡散臭いものを感じて、あたしはあっさりと横を通り過ぎる。
「ちょ、お嬢さん?」
「邪魔」
こっちは取り込み中だ。転がっていた武器や装備や死体から奪った皮袋を懐の謎空間にポイポイと放り込む。これ以上の戦闘はしたくない。兵士の姿がない今のうちに、さっさと逃げると決めた。
「待って、お願い。ホント、何でもするから」
「うるさいな。馬なんて乗ったことないし乗る気もないんだって、あたしはこれからお尋ね者の逃避行なんだよ。アンタ図体デカいから目立つし、悠長に生き物の世話してる余裕なんてないから」
「大丈夫、自分の世話は自分でするよ。ただ、これだけ……」
「これ?」
肩を竦めるようなポーズでいわれて馬の顔を見ると、そこに掛けられた妙な轡が目に入った。引き千切ったのかロープの端切れが繋がったそれは見るからに怪しげな赤黒い色の鎖で出来ていれて、おかしな模様の入った南京錠みたいなもので厳重にロックされてる。
「なにこれ。呪具かなんか?」
「そ、そんなとこかな。これさえ外してくれたら、なんでもする」
「して欲しいことなんかない。あえていえば、放っといて欲しい」
「そんなこといわないで、お願い。ね?」
ね? じゃねえっつうの。何なんだ、こいつ。
「うわ、ヤッバ……」
砦の入り口に目をやると、馬車の陰に並んだ弓兵が、こちらに向けて矢を番えているのが見えた。距離は二十メートル近くあって、さすがに拳銃では当てられる気がしない。前列には弓兵を守るように盾持ちが並んでいるし、あたしの腕と武器じゃ射掛けられるのを止められない。
「お嬢、さ……」
「ああバカ、なにやってんだ!」
弓兵との間に割り込むように、こっちに駆けてくるチビの姿が目に入る。何を考えているのか知らないけど、必死で手を振り何かを訴えているようだ。そこはどう考えても双方の射線上で、矢でもタマでも飛んできたら巻き添えを喰らう。
「そこをどけよチビ! 死にたいのか⁉︎」
死にたいなら、どこか遠くで勝手にやって欲しい。目の前で死なれるのは精神衛生上よろしくない。どうしたものかと思っているうちに、チビはすっ転んでボロ雑巾みたいな布が飛んで行った。身を隠していた布がなくなったことで動揺したチビは棒立ちで自分の頭や耳をペタペタと確認して……耳?
「……なんだ、あいつ」
「エルフだね。この国じゃ、“魔物もどき”どころか魔物そのものみたいな扱いを……」
「射て!」
馬からの解説が終わる前に、十数本の矢が弧を描いて飛んでくる。あたしは避けられるけど、チビは気付いてもいない。ダメだ、あのバカ。
「任せて」
「ひゃッ⁉︎」
馬はあたしの服を咥えて自分の背中に放り投げ、危ういバランスで乗せたままチビに向かって突進する。
「つかまって!」
馬は首を下げてチビの横を通り過ぎながらボロ切れみたいな貫頭衣の端を齧ってペイッとあたしに放り投げた。状況を把握しきれず硬直したままキャッチされたチビエルフは震えながら何かを伝えようと身悶える。
「動くなよチビ! このまま逃げるぞ!」
「お嬢、さん……その前に首輪、お願い」
馬の首では赤黒い鎖がバチバチと火花を上げていた。明らかにアカン感じの反応で、周囲の鬣が煙を上げ焼け焦げた臭いを漂わせている。こいつが逃げないように、拘束の呪いでも掛けてあったのか、あたしたちのために無理をさせてしまったようだ。できるかどうかわかんないけど、懐に突っ込むつもりで鎖に手を伸ばす。弾くような引っ掛かるような、嫌な感じの抵抗感があったものの、無理やり引き剥がすようにして仕舞うことができた。
「ほら、これでいいか⁉︎」
「ありがと! ふたりとも、しっかりつかまっててよ!」
いきなり凄まじい疾走が始まった。いままでの走りは縛めによって抑えられていたのか。ちょっとしたスポーツカーくらいの加速に思える。馬って、そんなに速くないはずだけど。
「前衛、盾構え!」
「笑わせ、るぅ!」
全力疾走の勢いを殺さずグンと踏み込んだ馬は勝ち誇ったように叫ぶと、あたしたちを乗せたまま宙に身を躍らせる。布陣した兵士たちどころか幌付きの馬車さえもあっさりと飛び越えて、馬は砦の入り口を抜けて一目散に遁走を開始した。
「自由だ!」
馬は歌うようにいった。
「ぼくは、もう自由なんだーッ!」
いや、知らんし。