命懸けの無益
「くだらねえ」
男のひとりが、いくぶんアピール臭い笑い声を上げる。
「鹿のために殺し合いか?」
「勘違いすんじゃねえよ、クソが」
あたしは足を踏み替えた男の爪先ギリギリに一発、撃ち込む。踵を返して逃げる前のモーションだろう、そんなもん好きにさせると思うかよ。
「喰うために殺すんなら、文句なんかいわねえよ。こっちに飛ばした流れ矢も、わざとじゃなきゃ許してやるさ」
「だった、らッ⁉︎」
抗議のためだろうが、弓を振りかぶったもうひとりの男の爪先ギリギリにも一発。
「あたしたちに喧嘩、売ったんだろ? 最後まで意気がれよ」
「ぐッ……く」
「シェーナ、治癒は済んだの。どうする?」
どうするって、殺して喰うなら治さないでしょ。放してあげなさいよ。
チラッと向けた目線でミュニオは理解したらしく、笑って鹿の尻を叩く。抗議かお礼かキュンとひと声鳴いた鹿は、川沿いに東へと駆け去って行った。
「おい……あか、赤い、目」
「おかしな魔法を使う、エルフを連れた、化け物って……」
「あ?」
男たちが、振り返ったあたしを見て震え上がる。弓を放り出し平伏して泣き叫び始めた。
「頼む! 許してくれ! 知らなかったんだ、あんたが赤目の悪魔だなんて!」
「お、俺たちぁ、ただ、家族に鹿を食わしてやりたいと! 獲り逃したのが、悔しくて!」
「馬鹿な真似をして、すみませんでしたぁ!」
「「すみませんでしたぁ!」」
脚を撃たれて転がった男まで含めて三人全員が土下座で泣き声の大合唱を繰り広げる。いろんな意味で、非常に鬱陶しい。
殺すに殺せず、同情するには嘘臭い。家族がどうのとか、絶対それ口から出まかせだろ。
「シェーナ」
「わかってる。でも、なんか気が抜けちゃったよ」
銃身で向こうへ行けと促すと、男たちは気持ち悪い笑顔でペコペコしながら負傷した男を馬に乗せ、振り返り振り返りしながら走り去って行った。
「おぼえとけ、化け物ども!」
「帝国軍を愚弄した罪、決して生かしてはおかんからな!」
「絶対に、射殺してやる!」
彼らには射程外と思われる数十メートルほどのところまで走ったら壮絶な負け犬の遠吠えを繰り広げるところまで、想定内である。本当に鬱陶しい。
ミュニオが呆れ顔でカービン銃を示す。まだ、彼女の射程範囲ではあるんだけどな。
「撃つ?」
「いいよ。どうせ殺すことになりそうだ。あいつら帝国軍なんだろ?」
「そうみたいね。休みの日に遊びに出てたか、脱走しようとして河で止められたか」
「この先には、帝国軍のいる砦か街かがあるわけだ。だったら、そのうち会うことになるだろ」
「軍の弓兵だとしたら、腕は並みなの。もしかしたら、気付かないまま終わっちゃうかもしれないの」
そうね。射程外から射殺することになるから、弓兵の顔なんて見てないし。
「それじゃ、気分の悪い出来事はさっさと忘れて、ご飯を食べて早めに寝よう」
どうやら腹ペコらしいジュニパーの提案に、あたしたちふたりも従うことにする。
塩胡椒とガーリックパウダーでウサギ肉を焼いて、簡単に野菜スープを作る。大箱入りクラッカーを出して、夕食の完成。
たまには街で、ちゃんとした食事も食べたいところなんだけどな。無理かな。無理だろうな、このままじゃ。
「なあ、この先に砦があるとして、帝国軍って、こんなとこで何してんだ?」
あたしは尋ねると、ジュニパーはウサギの骨付き肉を両手に持ったまま、うーんと考え込む。直前までガジガジと嬉しそうに齧っていたのに、楽しみを邪魔して少し悪かったかも。
「何って……国を、外敵から守ってる、とか?」
「外敵って、いるのか?」
「さあ。ごめん、わかんない」
物知り博士のジュニパーさんも、あんまり詳しくないみたい。彼女の情報元は研究施設の噂話や世間話だから、北部の事情や軍の配備状況なんかはあまり含まれなかったのかもしれない。
代わりに、ミュニオ姉さんが話題を引き継いだ。
「たぶん辺境地だと、軍の役目は内乱を防ぐ方が大きいの。でも、帝国軍も兵隊はほとんど帝国に併呑された国の人間だから、あんまり真面目に取り締まってはいないみたいなの」
「そんなもんか」
「ねえねえ、帝国も北の方は、ソルベシアの脅威が迫ってるって聞いたけど」
「そうみたい、だけど詳しいことは伝わってこないの」
ジュニパーのコメントに対して、ミュニオは肯定しつつ苦笑している。
脅威って、“侵食する楽園”の話か。広がる森に呑まれるだか喰われるだか。よくわからん。
そういや、サイモン爺さんが、大陸の北端から五百キロメートルほどのところに魔王の物資集積所があるとかいってたな。
そこの物資がいまでも使えるのか知らないし、使わなきゃいけなくなる状況も勘弁して欲しいんだけど、どんなものがあって、どうなってるのかは気になる。
その魔王っていうのも、あたしの元いた世界から転移させられた日本人らしいし。どんな風に生きて、どんな風に死んだのか。いや、生死は不明だったか、あたしが聞いてないかだな。
ジャパニーズ、つうからには、あたしのいた世界の住人だよな。さすがにここまで来て、“実は違う日本がありますよ”とかの安いどんでん返しは勘弁してほしい。実際サイモン爺さんから買った商品は、日本人にはあんまり馴染みのないものばかりだけど、聞いたことくらいはあるものが含まれていたし、あたしのいたところと地続きな世界という感じはあった。
願望も込みで、だけどな。
「なあ、ミュニオ。ジュニパーでもいいけど、ここって大陸の北端から何哩くらいかわかるか?」
「北端? ソルベシアの?」
「うん」
あれこれ意見と知識と情報をすり合わせた結果、少なくとも千五百哩はあるとの結論に達した。
「最低でも二千と四百キロか。うへえ……遠いな」
魔王のデポまででも、概算で二千キロ近くあるわけだ。日本列島縦断くらいか。渋滞とかないから感覚的にはイコールでもないんだろうけど、そう考えると気が遠くなるな。
食料と燃料と、可能なら武器弾薬も少し調達しておいた方がいいのかも。
「シェーナ、困った顔してるの。悩みごとでもあるの?」
「いや。やることとやりたいことは、ちょっとだけ増えた気がするけどな。まあ、ふたりがいればどうにかなんだろ」
「そうだね。それに明日は、きっと良い日になるよ♪」
あんま何にも考えてないっぽくはあるんだけど、こういうときジュニパーの明るさは、けっこう助かる。
遠くで轟々と唸る水音を聞きながら、あたしたちは高台で静かな夜を過ごした。




