夜明けの攻防
ジリジリした時間が過ぎて、ようやく東の空が明るくなり始めると、あたしは自動式散弾銃を抱えたままホッと息を吐く。
第二波の襲来前に、なんとか間に合った。日が昇り始めると南東側一帯に布陣する敵の大軍が目に入るようになったけれども、見えないままよりずっといい。明るくなって準備が整い次第、あの軍勢が攻め込んでくるんだろう。太陽が昇り切らないうちに、こちらも飯を食って戦支度を済ませるか。
ドワーフの爺ちゃんたちは各々で気に入ったリボルバーを三、四丁ずつと弾薬を持って、自分の持ち場に向かった。ミュニオやコボルトや赤毛のヘンケルがいる北側防壁に元長老のモグアズ爺さん、あたしと同じ南東側には元護衛のヒゲなしターイン爺さん、ジュニパーが守る南西側防壁に長髪長ヒゲのトール爺さんだ。
個人的興味から訊いたところモグアズ爺さんはスミス&ウェッソン派、ターイン爺さんはコルト派で、トール爺さんはスタームルガーのサービスシックスっていう、レッドホークの親戚みたいな銃を気に入ったらしい。
三人とも弾薬は38スペシャルをメインに使うが、いざというときのために一丁は357マグナムを装填しておくそうな。
「そんな無理しなくても良いよ? ある分だけは357マグナムを使ってもさ」
「なに、大丈夫じゃ。甲冑でも着込んどらん限り38スペシャルでも仕留められるわい」
「少し仰角を入れれば百七十尺やそこらは楽にイケそうじゃ」
「そうそう。いざとなれば嬢ちゃんにもらった弓もあるしのう」
スゲエなドワーフ、リボルバーで五十メートルを狙うか。たしかに遠距離攻撃用にコンパウンドボウも持ってはいるけど、爺ちゃんたちは新しいオモチャである銃にドハマリしているため、弓は横に置きっ放しの様子だ。
まあ、いいや。こっちはこっちで出来ることをしよう。
「なあ、ジュニパー?」
「もむ?」
南西側防壁に陣取ったヅカ美女な水棲馬は、胸の谷間にリボルバーを差し込んだまま両手にエナジーバーを持ってモッキュモッキュと幸せそうに噛り付いていた。
戦力差が百倍を超える戦闘が開幕直前だっていうのに、平常運転ですな。逆にホッとするわ。
「ミュニオに、どうするか訊くべきだったかな」
「ええと……さっきシェーナがいってた、あれね。うん」
「忘れてただろ」
「忘れてないよ? 大丈夫、あれだもん。イーケルヒがハーフエルフの国で、ミュニオが、そこのお姫様かもって話でしょ?」
そんなに間違っては、いないけど。正確には、亡国の際でソルベシアに逃れた――そしてなぜか攻撃召喚によって帝国領に放り出された――王子様の、娘なんじゃないかってこと。攻撃召喚の第一世代だとしたら二十五年前とか、だから三十二歳だというミュニオは微妙に計算が合わない気がするけど。
そもそも、本人が黙ってる問題をわざわざ訊いてどうする、とは思わんでもない。
実際、もう終わった話なのだ。どこの阿呆が笛吹いて踊ろうとも、イーケルヒという国は存在しないし、再興することもないだろう。そこから逃れた王子も、たぶん他界してる。ミュニオがその娘という証拠もない。
疲れてるせいか、何かモヤモヤする。どこか引っ掛かってるんだけど、何が問題なのかわからなくなってるのだ。
「何が気になるの?」
「う〜ん……自分でもハッキリしないんだけど、ミュニオに“同胞殺し”をさせちゃうことかな」
「その気持ちは、なんとなくわかるよ。でもシェーナにしたら、いままでの戦闘、だいたい“同胞殺し”なんじゃない?」
「……まあ、そうかな」
そういう風に考えたことはなかった。幸か不幸か、この世界の人間は自分にとって“同胞”ではなかったからかな。
そう答えると、ジュニパーは少し困った顔であたしを見た。おそらく、彼女自身に置き換えてみても、魔物を同胞と思えるような生き方ではなかったのではないかと思う。
「たぶん、ミュニオも同じじゃないかな。助けたいと思った相手も、思わなかった相手も、“エルフかどうか”は問題じゃなかったもの」
そういうもんか。だいたい、仮にミュニオが“同族を殺したくない”って思ってたとしても、殺し合いの号砲待ちとい状況ではどうにもならない。考えるだけ無駄なのだ。
「ありがと。気が楽になった。やっぱり、あたしたちにはジュニパーが必要なんだと思うよ」
「ぷひゅん」
あたしが心の内を伝えると、ジュニパーは照れたような怒ったような困ったような真っ赤な顔で、吹き出した鼻水を拭った。
「嬢ちゃんたち、敵が動き出しよったぞ!」
「了解! 頼むぞ、爺ちゃんたち!」
「「おう!」」
「ミュニオ! ヘンケル!」
「こっちも、用意できてるの!」
「大丈夫だ姐さん、北側に回った敵は任せてくれ!」
「ジュニパー!」
「南西側、準備できてるよ!」
さあ、戦闘開始だ。