モーニングブラッドバス
ヤバい、なんも見えん。まだ暗過ぎて、攻めて来る敵どころか地形もろくに見えん。目の前の闇のなかで、侵入者を誘導する外壁の縁が漆黒のエッジとしてなんとなく視認できるくらいだ。
爺さんたち三人とジュニパーがバンバン撃ちまくる銃火で遠くに何かもにゃっとしたものが浮かび上がるけれども。それが何なのかサッパリわからん。
LEDランタンを翳してみようかと思ってはみたものの、相手がエルフとなれば射られて終わりだろう。
「シェーナ!」
「ミュニオ、ヘンケルとマナフルさんにいって誰も小屋から出るなと伝えろ! それが済んだら北側の防御を頼む!」
「わかったの!」
ああクソ、どうしようもねえな。見えないっつっても、何もしないよりマシか。自動式散弾銃に鳥用小粒散弾を装填し、大まかな記憶にある地平線チョイ下を狙って掃射する。
「あ、あああぁッ!」
いくつか悲鳴が聞こえて、着弾したのはわかった。が、誰のどこに当たってどうなったのかもわからんので、あんまり実感はない。小粒といっても鉛玉だ。人間が被弾したんなら無事じゃ済まんだろ。
「いいぞ、残り二十ってとこだ!」
爺さんらは撃ち尽くすと次々に銃を持ち替えノリノリで発砲し続ける。銃には初めて触ったってのに、しかも込めてたのは確か反動の激しい357マグナムだってのに、ずいぶん順調に仕留めているようだ。
数分で敵の排除に成功した。しばらくは呻き声が聞こえたものの、それもやがて静かになる。マグナム弾を喰らって生き延びられた奴はいなかったようだ。
「シェーナ嬢ちゃん、こいつはすげえ武器だな」
「それは良かった。いまのが357マグナムっていう威力の高い方の弾薬だ。ミュニオにも渡してあるけど、それも含めて全部で千二、三百発しかない。大事に使ってくれ」
「わかった。それで、こっちの箱のは使えんのか?」
「そっちは38スペシャルっていう、少し弱い弾薬だ。同じ銃で使えるし、数が多いのはこっちだ。ジュニパーが持ってるのも含めて、三千発近くはある。威力が357の半分以下らしいけど、どのくらい違うかは各自で試しておいてくれ」
「なるほど。そうしようかの」
爺さんたちはランタンの灯りで撃ち尽くした銃の再装填に入る。半分くらいに38スペシャルを込めている。
どうやら、わかりやすくメーカーで分けているようだ。
見た目がゴツいスミス&ウェッソンのM27と28、それとルゥガーのなんだかシックスに357マグナム弾、どことなく華奢というかヒョロッとした印象のコルトロゥマンとトルーパーには38スペシャル弾という判断になったようだ。どっちにどれを装填しようと問題はないので、その辺は任せよう。
用意を済ませたモグアズ爺さんが、あたしを振り返る。
「シェーナの持っとるオート5は、タマが違うんだったかのう?」
「ああ。ちっこい粒が散らばる。あたしは、射撃があんまり上手くないからな」
「一気に三人も吹き飛ばしておったから、良い腕かと思ったが」
「腕どころか見えてもいないよ。転移者なせいか、夜目が利かないんだ。早く夜が明けてくれないと、あたしは足手まといだ」
「なに、嬢ちゃんの出番はこれからいくらでもあるはずじゃ」
爺さんたちは嬉しそうに笑う。本当に敵の数が千を超えるなら、たしかにそうだ。
日の出までは時間があるようだ。東の空を見るが、まだ白んでもいない。こんなときに第二波が来ないと良いな。あたしが戦力にならないし、不意打ちも怖い。これでは死体の回収もできない。見えてもいないあたしには、どんな敵なのかもわからない。
「爺さん、攻めてきたのはエルフか?」
「わからんのう。わしが倒したのは、普通の耳だったが」
「わしもじゃ」
「わしも耳が長いのは見とらんな」
「ぼくも。いまのは人間か、ハーフエルフかだね」
「黒づくめで短弓を背負ったのが混じっとるな。おそらくイーケルヒの斥候じゃ」
ハーフエルフの息が掛かった勢力ではあるわけだ。人間だろうとエルフだろうと戦闘の形態が変わるわけじゃないと割り切って……
「いや、ちょっと待て。なあ爺さん、相手がハーフエルフだとしたら攻撃魔法って撃ってきたりする?」
「それはそうじゃな。心配は要らんぞ、あやつらの魔法なぞ射程はせいぜい四十五メートルじゃ。おそらく“りぼるばー”と大差ない」
「詠唱に入れば魔力光が出る。暗闇のなかなら良い的じゃ」
「エルフは弓の名手なんだろ? 弓を持ち込んできたら、勝てるか?」
「そればっかりは、やってみるしかないのう」
「弓の腕なら、わしらドワーフも負けんぞ。嬢ちゃんにもらった“こんぱうんどぼう”ならば、打ち負けはせん」
頼もしいな。明るい雰囲気に、少し気が楽になる。
「しぇなさん、だいじょぶ?」
後ろであたしを呼ぶ声がして、コボルトの五人がひょいひょいと近付いてきた。
「おう、平気だよ。お前らはミュニオと一緒に北側を頼めるかな」
「「「りょうかい!」」」
「武器は投石器で大丈夫か? 石は足りるか?」
「だいじょぶ。“すりんぐしょっと”も、つかえる。けんも、ヤリもあるよ」
「うん。でも、無理しないようにな。お前らが怪我したり死んだりするくらいなら、こんなとこ捨てて逃げるからな」
コボルトたちは顔を見合わせて、困ったように笑う。尻尾は揺れてるから、わかってくれてるんだろうとは思う。
「みんな、いっしょ」
「ん?」
「みゅにおさん、じゅにぱさん、いってた」
「みんなで、たたかう。いっしょに、かつんだって」
「みんなの、ためにでも、ひとりだけ、あぶないこと、しちゃダメって」
「そうだぞ。わかってるなら良いんだ」
「「「はーい!」」」
コボルトたちをひとまとめにしてワッシャワッシャと撫でくり回す。それだけで、何だか気が楽になる。
千でも万でも掛かってこいやクズども。あたしたちを殺しに来るなら。それが誰だろうと。
――皆殺しにしてやる。




