払暁
「なんでサッサといってくんなかったんだよクレオーラ⁉︎」
西から百五十東から五十の計二百、誤差はあるにしても概ねその程度の想定で動いていたのだ。いきなり千近い敵が来るといわれても対処する能力がない。矢とかパチンコ用鉛玉は二、三百がせいぜいだし、357マグナムと38スペシャルの弾薬だって全部合わせて千あるかどうかだ。
「ジュニパー、爺さんたちを起こしてくれ」
「ミュニオは?」
「まだいい。まずは爺さんたちだけだ」
死体から剥ぎ取った金貨銀貨を放出して追加の銃と弾薬を持ち帰ったはいいが、これから暗闇のなかでレクチャーして習熟訓練をしなきゃいけない。事故が怖いので、やはり追加で銃を渡すのはドワーフの爺ちゃんたちだけにしたい。せいぜい撃ち尽くした銃への装弾だけをエルフたちに頼むとかだ。
「早く聞いてたら、何か結果が変わった?」
「変わったよ! みんなに武器を与えて射撃練習して万全の備えができたんだ、こんな敵が目前まで来てる真っ暗闇のなかじゃなくてさ!」
「同じことよ。如何に足掻こうと死ぬべき者は死ぬわ」
「あ?」
暗闇のなかで防壁上を振り返ったあたしは、そこに座ったままのクレオーラ に妙な気配を感じていた。諦観というのとはちょっと違う、突き放したような無関心。
「アンタこいつらが死んでもなんとも思わないのか? あたしたちはともかくドワーフとか、コボルトには思い入れがあるように見えたけど」
「勘違いしないで。自分の聖域に入った者は、可能な限り守るわ。そこに思い入れなんて関係ない」
まあ、そうか。“いざとなったらゴーレムを出す”とか、いってくれてたもんな。
あたしの武器調達能力を知らない彼女からしたら、こちらが敵の数をいつ知ろうと同じことなのかもしれない。いまさら逃げられないのだから。敵前でジタバタしたところで事態は変わらない。だったらむしろ、直前までリラックスさせてやった方が優しい気遣いなのかもな。
それはわかるけど。クソ、このツンデレ神使様ともっとコミュニケーションを取っていればどうにかなったかもしれないのに。
「ねえ、逆に訊きたいんだけど。転移者って、みんなそんなにおめでたいの?」
「どこを指摘されてるのかわからんけど……おめでたいんだろうな、たぶん」
あたしは素直に認める。助ける義理も必要もない相手を助けて拾って、それがどんどん増えてる。それはクレオーラにもその一端があるだろうに。コボルトとか。
「エルフやコボルトや避難者の子供たちを救ったことじゃないわ」
「ああ……さいですか」
「向かってくるのが百だろうと千だろうと、帝国軍と戦うのに、誰も死なないとでも思ってる? もしかして、ここにいる何十人がみんな最後まで無傷で済むとか考えてる? だとしたら、頭がおかしいとしか思えないんだけど」
たしかに、考えてたな。いままで上手くいったから、これからも上手くいくんじゃないかって、漠然と考えてた。いや、違うな。そうしなきゃいけないって、思ってた。
「……出来るだけのことは、やる」
「答えになってないわ」
「知ってる。けど、始める前から被害を想定するのも、諦めて切り捨てるのもナシだ。出来るだけのことはやる。ダメだったら、そのときはそのときだ」
あたしも最初は、こんなんじゃなかったんだよ。“朱に交われば赤くなる”ってな。ジュニパーやミュニオに影響されただけだ。それを後悔してはいないけど。
だからクレオーラ、しゃべる昆虫でも見るような目はやめろ。
「あたしにも、優先順位はある」
「最後までそれを、守れると良いわね?」
「嬢ちゃん、どうした」
爺さんたちが起きてきて、あたしの方に集まってくる。振り返ると、クレオーラは椅子ごと姿を消していた。
◇ ◇
「なるほど。敵の数がちいとばかり増えるわけじゃな」
さほど驚いた様子もなく、爺さんたち三人はあたしの説明を受け入れた。五十の想定が最大千二百になったんだけどな。それを“ちいとばかり”といってのけるのは、さすがに達観が過ぎるというもんだろ。
内壁の足場に木箱を置いてLEDランタンを灯し、箱から取り出したリボルバーを並べてある。
見張りはジュニパーに頼んであるが、いまのところ接近する敵の気配はないようだ。
「それで、わしらに、この“りぼるばー”を使えと?」
「弓は弓で使ってもらいたいけど、たぶん矢が足りなくなる。なあ、弓の狙える距離は?」
「嬢ちゃんにもらった“こんぱうんどぼう”があれば、四半哩ってところじゃな」
すげえな、四百メートルか。遠距離になると、リボルバーより遥かに優れてる。ミュニオのカービン銃ほどじゃないけど、あれは特殊な例だ。
「リボルバーは、ふつうに狙って当たるのは百尺(三十メートル)ってところだ。ただし連射できる。威力も甲冑をなんとか撃ち抜けるくらいはある。装填と操作を覚えてくれ。戦闘になったら、弾薬の入れ替えだけはエルフの子たちに頼んでもいい」
「“たま”というのは、これかの」
箱に入った357マグナムと38スペシャルの弾薬は、木箱の横に積んである。両者は混ぜないように離してあるが、用意されたメーカー違いのリボルバー各種はサイモン爺さんの気遣いですべてマグナム弾も装填可能なものらしい。木箱のなかに揃えて収められた銃は、数えてないが全部で四十丁くらいだろうか。コルト、スミス&ウェッソン、あたしたちにはお馴染みのスタームルガー。それぞれシリンダーを振り出すスイッチの形と操作が違うくらいで、性能と撃ち方にさほど大きな差はない。
銃の概要と狙い方と撃ち方など基本操作を教えただけで、それぞれの銃のシリンダーを振り出して弾薬を込めてゆく爺さんたち。えらく慣れた手つきで手際よく、用意したなかから二十丁ほどのリボルバーを装填状態にして木箱の上に並べ直す。ドワーフの種族特性なのか性別的な問題なのか、危機的状況なのに三人ともひどく嬉しそうなのがわかる。オモチャを手に入れた男の子みたいだ。
「敵の先陣が来るとしたら、夜明け前だと思う。もう時間がないんで、明るくなってきたら試射を……」
「いや」
モグアズ爺さんが答えるのと同時に、南西側の壁にいたジュニパーが小さく声を上げるのが聞こえた。
「シェーナ、爺ちゃんたち!」
モグアズ爺さんが南東方向に狙いを定めてマグナム弾を一発、次いでヒゲなしターイン爺さんと長髪長ヒゲのトール爺さんが六発ずつ発射する。
ほんの一秒ほど間を置いて、闇の奥が怒号を上げて蠢き始めた。
「もう、そこまで迫ってきとる。試射の手間は省けそうじゃ」




