成るべくして成る
「ジュニパー、あの変な魔道具って、奴隷とか繋がれてないか?」
「魔道具が稼働中だから、魔力の反応はよくわからないけど……少なくとも板の上には見当たらないね。魔力供給、どうしてるんだろ」
「向こうの都合を詮索するのは後だ。罪もないひとたちに被害が及ばないんなら、どうでもいい」
「了解」
ランドクルーザーを岩陰に隠し、あたしは水棲馬形態のジュニパーに乗って稜線を越える。
その途端、こちらを視認して弓兵が矢を番え始めた。指揮官を守る役割も持っているのだろう、弓兵部隊の反応は早く、揃った動きを見る限り練度も高い。
「シェーナ?」
「うん、見えてる。回避は任せた」
距離は五百メートルあるかないか。長弓の射程には入っているのだろうけど、山なり軌道でジュニパーに当たるはずがない。
「ふふッ♪」
ジュニパーは優雅に傾斜を駆け下りながら、サラサラの鬣をなびかせ嬉しそうに笑う。
「我が名は、ジュニパレオス! 閃光のごとく戦場を駆け抜ける、シェーナン・アカスキー王子の、愛みゃッ⁉︎」
「危なッ⁉︎」
ガチの弓兵に射られると、けっこう直線軌道に近い角度で届くのね。しかも十数人の集団が連射で面攻撃してくるから、ジュニパーのダッシュでも尻を掠めたわ。危ない。油断、ダメ絶対。
すぐに加速して回避行動も加わり、飛んでくる矢は後方へと置き去られる。敵を大きく旋回しつつも左回りを選んでくれるあたり、ジュニパーも右利きで長銃を持つ人間の射角を理解してる。
「連射、行くよ」
「大丈夫だよー!」
どうしても耳に近い位置での発射になるので、あたしは発砲前に首筋を叩いて合図を送る。
連続で轟音が響いて、流し撃ちした九発の鳥用小粒散弾が散り気味に着弾する。弓兵の武器は脅威だけれども、甲冑も部分的・限定的なもので散弾を止める能力はない。盾を重ねて指揮官を守っている者がいるけれども、そちらも跳ね回った散弾で負傷したらしく転げ回って悲鳴を上げている。動いている敵もいるが、無視して次の集団へ向かう。
「再装填する、五秒くらい回避お願い」
「了解」
今度は鹿用大粒散弾を装填、後方からの攻撃に謎の乗り物を転回し切れずにいる重装歩兵の集団を襲う。長距離攻撃を行うには車両で突っ込んで槍を叩き込む想定なのだろうか。何にどう対する戦法なのかよくわからない。
薬室装填後のプラス一発を加えている余裕はない。そのまま八発を叩き込んで距離を取る。
「どんだけ倒れた?」
「いまの車両で半分くらい。前の三両が向かってくるよ」
槍や剣の間合いに入ることはなかろうと大回りの高速機動で突き離しに掛かる。こちらを向いて何か指示しているのが見えて嫌な予感が頭を掠める。
「ジュニパー!」
「コボルトたちのいた部隊だね。たぶん……」
ドバーンと凄まじい音が響き、地面が揺れて目の前が白く飛ぶ。遠雷砲の攻撃を喰らったのだと気付いた。
「ジュニパー⁉︎」
「平気、当たってない。影響もない、けど……ビックリした」
動く的に命中させる精度も機動性もないはずだけど。こちらの動きを先読みして置きにきたのだとしたら大した技術だ。
「たしかに、あれ当たったら死ぬな」
「当たらなきゃ、関係ないよ!」
どこぞの秀才パイロットみたいなこといって、ジュニパーはジグザグ機動で真っ直ぐ先遣部隊を目指す。
「シェーナ、先遣部隊を先に止めてもらえるかな。遠雷砲だけでいいから」
「わかった。当たらないように頼む」
元は枯れ河なのか、前方に大きく窪んだ地割れのようなものが走っている。おそらく人力で地面の高さまで持ち上げたのだろう、遠雷砲と思われる機材が顔を出していた。大きな犬小屋に棒を刺したという体の砲座には周囲に十五人ほどの兵士。何やら叫びながら次弾の発射をしようと奮闘している。
「ジュニパー、あのなかに囚われているひとは」
「右端、倒れてるエルフがひとり」
視認した。使用後に打ち捨てられたらしく距離は開いていて流れ弾が当たることはないと思われるが、念のためショットガンの射界からエルフが切れるようにジュニパーは大きく右から回り込んでくれた。
「撃つぞ!」
「了解」
鹿用大粒散弾の八連射で立っている兵士を薙ぎ払う。支えていた者たちが崩れたことで、遠雷砲はズルズルと後退を始め、やがて台座ごと谷間に転げ落ちていった。もう少しで運び上げが成功するところだった隣の砲座も、後ろで支えていた兵士を射殺して潰す。ゆっくりと傾き始めた砲を必死に押さえようとした兵士の何人かが倒れてきた棒突き犬小屋に巻き込まれて押し潰されながら谷間に転げ落ちてゆく。
「あの遠雷砲、あと何基あったか、わかるか?」
「さっきの大きさなら、馬車ひとつに一基だね。三基だから、残り一基」
「これ以上、運び上げてこなければ対処は後でいい。先に後続部隊を潰そう」
「了解」
慌ただしいな。こんなはずじゃなかったんだけどな。いつものことかな。あたしの心を読み取って、ジュニパーがクスリと笑う。
「結果が上手くいけば、途中は関係ないよね?」
「そうだな。あたしのいたところで、それを“結果オーライ”っていうんだ」
加速に緩急をつけてコースを不規則に変え、あたしの愛水棲馬は残った弓兵からの一斉射を踊るように躱す。そのまま真っ直ぐ弓兵部隊の只中に突っ込んで弾き飛ばし、彼女は後方へと一目散に距離を取る。
「お、おう……えげつな……」
トラックにでも撥ねられたみたいにクルクルと宙を舞った弓兵たちは、壊れた人形のように遥か彼方へと転がったままピクリとも動かない。
「あとは輜重と歩兵だけだね……あ、忘れてた指揮官」
「あそこにいるのがそうか?」
最初に故障して停まった乗り物の陰に、白い上着に白いズボンという場違いな格好の男が蹲って震えていた。
「ジュニパー、ちょっと降りていいか?」
「もちろん」
一瞬で駆け戻って、水棲馬からヅカ執事な美女に変わる。あたしはなんでか降りる間もなくお姫樣抱っこである。
降ろせ恥ずかしい。
「さあ我が君シェーナン・アカスキー殿下。愚劣なる者どもに正義の鉄槌を」
「いや、そういうのいいから。周囲の警戒を頼む」
「御意」
彼女はふわりと飛び上がって乗り物の板に立つと、胸の谷間から銀の大型リボルバーを出す。キャタピラ付きの乗り物でノロノロ向かってこようとする歩兵たちを見据えて、笑った。
「さあ、いまこそ」
不思議なことに、穏やかな声で話す彼女の言葉は、澄んだ音色となって戦場を彼方まで通ってゆく。向かってこようとしていた兵士たちが、ピタリと動きを止めた。指揮官の尋問をしようとしていたあたしまで、思わず見惚れてしまう。まさに“もうお前だけでいいんじゃないかな”状態。
「我が主人、魔人の王子シェーナン・アカスキー殿下の名の下に、望み通りのものを与えよう」
毒気を抜かれたような男たちに美貌を向けて、ジュニパーは胸の内を明かすかのように大きく両手を広げる。
「永遠なる、魂の平穏を」




