土漠の華
結局、昨夜は携行食とミネラルウォーターを配って、見張りの順番を決めたら早々に寝てしまった。
寝る場所は露天ではなく、防壁で組まれた砦の端に爺さんたちが建ててくれた小屋だ。ドワーフの集落にあった建物を分解して運んでくれたんだろう。男女で分かれた横長の造りで、サイズも形も、ちょっとコンテナっぽい。内装はただの木の箱なので、懐収納から出した毛布や布や衣類袋を全部出してシーツやクッションの代わりにした。
疲れているのもあったが、案外快適で朝まで熟睡してしまった。
翌朝、簡単なシチューとクラッカーで食事を済ませ、あたしたちは籠城のための最終準備を進める。
狂犬病ワクチンを投与したコボルトふたりは、体調不良を感じたらすぐ報告するように伝えて寝床に残す。いまのところアナフィラキシーも発熱もなく、痛みや吐き気を訴えることもなかった。これで第一関門は突破だ。
「この子たちのことは、診ていてあげるわ」
「ああ、うん。頼むよ」
コボルトを助けてから、なんでかクレオーラの機嫌が良くなったように見えるのが不思議だった。いま思えば、だけど遠吠えを聞いたときから助けて欲しそうな感じだったな。ドワーフの神使さんはワンコ好きか?
ちなみに彼らコボルト七人のいた群れは総勢二十ほどで、狂犬病により三人を失った後この地を捨てて遥か北方の楽園ソルベシアに旅立ったのだそうな。今回あたしたちに助けられた七人は、仲間に死を齎した元凶を止めるため、病魔に冒された土漠群狼を追って延々と復讐の旅を続けていたのだとか。
「それは立派なもんじゃ」
「おう、ようやった。実に見上げた心掛けじゃな」
木箱のベッドで休んでいた傷病者ふたりは、爺さんたちに手放しで褒められ照れたようなくすぐったい顔で小さく首を振った。
残る(比較的)元気なコボルトたち五人も、行き場がないことからオアシスに留まりたいという。実質、この砦にだ。彼らはこちらの作業を不思議そうに見ていたが、やがて手伝いを買って出てくれた。
「しぇなさん、なにか、せめて来る?」
「ああ。帝国軍が二百ほどな」
「「⁉︎」」
「心配すんな、策はある」
勝てるかどうかは時の運だけどな。まあ、どうにかするさ。
訊いてみると、コボルトの連中は投石器が得意らしい。余っていたものを再分配して、防壁を組んだときに出た大量の石を使ってもらう。エルフの巫女さんやドワーフがコンパウンドボウ、盗賊難民団はスリングショットが中心なので、武器の配分は上手くバラけた。
「思ったより早く築城できたんで、あたしが事前偵察に行ってこようと思うんだけど」
「ぼくらも、いきます。道あんない、できます」
「おお、それは助かるな」
都合の良いことに、コボルトたちからは帝国軍が拠点や中継地点にしている砦の情報が得られた。オアシス攻略に回される兵や物資は、この砦から抽出されるようだ。
反面、都合の悪いこともあった。というか、予想していなかったことが。
「拙いのう」
コボルトたちが土の上に木の枝で描いた地図を眺めながら、ドワーフの爺さんたちが眉間に皺を寄せる。
「すまん、嬢ちゃんたち。わしらが思っておったより、軍の配置が北に引き上げられとる。これは、かなり面倒な敵が来よるぞ」
「面倒って、どういうことだ? 二百より増えそうなのか?」
「おそらく数は変わらんが、質が変わるんじゃ。例えば、ここから最も近い東の前線砦ならば距離は三十哩、馬車での物資輸送が要らん。輜重がおらんのなら、移動速度も正面戦力も予想の数倍じゃ」
「ねえ、でも本当に東の砦に何十人も兵がいるの? その辺りは水が出ないよ? 井戸も枯れてるし、川も湧き水もない。南から運ぶのも大変なんじゃないかな?」
水の在り処がわかる水棲馬のジュニパーが、爺さんとコボルトに疑問を呈する。
「まどうし、つかってた」
「冗談じゃろ……まさか、砦の水を魔法で賄っておるのか?」
「そう」
水魔法が使える魔導師を、給水専用に置いてるってことか。爺さんたちのリアクションからして、ふつうの感覚でいうと現実的な方法ではないようだ。サイモン爺さんから水を供給してもらってるあたしとしては、よくわからん。
「魔法で水を作れるんなら、ここいらの荒れ地を緑にも出来るんじゃねえの?」
「出来たとしても、やるわけなかろうが。帝国の奴らは搾取しか考えん。それに水魔法は、水を生むんではなく集めてくるんじゃ。そうなれば周囲は、ますます乾く」
「水分まで搾取か。徹底してんな」
オアシスから最も近いのが、東に三十哩ほどのところにある名称不明の前線砦、兵を送り出す機能と規模が最も高いと思われるのが西南に六十哩ほどのメッケル城塞だ。
爺さんたちの想定では、兵の抽出はメッケル城塞から百五十、前線砦から五十。もっと南の兵力を動かすとしたら、時間と物資が見合わない。
「先に潰すなら、メッケル城塞か?」
「エラく簡単にいうてくれるな、シェーナ嬢ちゃん。そこは、わずかながら水が湧く。居るのは、こちらに向かってくる兵だけではないぞ? コボルトたちもいうとったじゃろ、送り出される百五十の他に常駐の兵が百以上は詰めとる」
「逆にさ、さっきの東の前線砦から兵が来たところで、せいぜい五十やそこらなんだろ? それくらいなら、もしあたしたちが留守のとき東から攻め込まれても、うちの万能砲台が確実に仕留めてくれる」
「うん、任せてもらって大丈夫なの♪」
「心配ない。あたしとジュニパーでガーッて行って、バーッて襲って、サーッて戻ってくるだけだから」
手振りでアホの子みたいに往復を表現したあたしを見て、ドワーフの爺さんたちは呆れ顔で首を振り、エルフの巫女さんたちは平然と頷く。新入りコボルトたちは、あたしたちを交互に見やってはリアクションに困っている。クレオーラは我関せずな感じで寝ているコボルトふたりに濡れタオルを当ててやってる。
「まあ、基本は偵察だ。敵の様子がわかれば、対処もしやすいだろ。もちろん、戦力を削れるようなら削るけどな」
目的地はメッケル城塞で、侵攻途中の部隊と行き合えば偵察か攻撃かを判断する。爺さんやコボルトの話によれば、視界の開けた平地な上に移動可能なルートは限られているため、移動中の大部隊を視認できないことはなかろうとのこと。最悪、擦れ違いになったとしても即座に引き返せば挟撃できる。だいぶグダグダな感じはするけど、二百からの兵士に囲まれるまで防壁内で待っているよりマシだ。
そう伝えると、比較的元気なコボルト三人が、あたしたちに手を挙げる。
「しぇなさん、ぼくら、ていさつ、できます」
「しぇなさん、まかせて」
「それじゃ頼もうかな。作戦は安全第一。危なくなったら、全部すぐ捨てて逃げるんだぞ?」
「「はい」」
移動は全員でランドクルーザーを使用する。あたしとコボルト偵察隊三人は荷台、運転はジュニパーだ。距離は西南に六十哩……百キロ弱か。南西方向の路面は起伏と岩が多いそうなので、所要時間は片道二時間前後。夕方には帰ってくるつもりで考える。
「ミュニオ、留守を頼むな」
「任せるの!」
チビエルフ改め、ちっこいお姉さんエルフは胸を張って笑顔を浮かべる。こうして頼られることで、ひとは成長してゆくのだろうな。