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【書籍化決定!&新章スタート!】マグナム・ブラッドバス ―― Girls & Revolvers ――  作者: 石和¥
Fountainhead

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砂嚢の楼閣

「ドワーフの神使様? そんなお方が()ったのか」

「ほおぉ……ありがたいありがたい」

「ちょっと、拝まないでよ! 私が神な訳じゃないんだから! ただの通詞(つうじ)(翻訳者)よ、通詞!」


 殊勝に拝み祀る爺さんたちだが、苦虫を編み潰したような顔で腕組みしたクレオーラは、ぷりぷり怒りながら顔を背ける。うるさくしたのは悪いと思うけど、そんな嫌わなくても良いだろうに。

 ちなみに、兵士たちの死体はあたしが懐収納に仕舞った。もちろん気は進まないけど、いま埋葬している時間はない。後で、どこか旅の途中にでも捨てよう。


「さて、というわけでゴーレムに襲われる心配はとりあえず(・・・・・)考えなくて良い」

「よかった……」


 ホッとする赤毛と盗賊難民団だが、安心するのはまだ早い。


「そこで気を抜くなよ。帝国軍の問題は、全ッ然、解決してないからな。それに、クレオーラを怒らせたらぶっ飛ばされんぞ」

「しないわよ、そんなこと!」


 聞こえてたか。爺さんたちに拝まれるの嫌ってジリジリ離れてったから大丈夫だと思ったのに。


「なあ爺さんたち、オアシスを守るとして、土魔法で防壁を作るのは無理か?」

「できるが、持って半日じゃな。魔力が万全な状態で、三人がかりでそれじゃ。魔導師が出てきたら、長くは持たん。オアシスを完全に囲うのも無理じゃ」

「それに、ゴーレムとの相性も悪いわ。同じ土属性だから、接触すると干渉し合って強度が落ちる」


 クレオーラが遠くから伝える。いや、そんな離れたとこからじゃなくて普通に会話に混じりなさいよ。

 一応、念のために訊いてはみたもののクレオーラ本人に戦う能力はほとんどないのだそうな。神使というのは神の依り代(よりしろ)であって、下界の事情に直接干渉するようでは末期的状況なのだ。

 

「それがつまり、いまの状況なんだけど」

「何か問題でもあるのか?」

「ないわよ、何にも。それが問題なの」


 クレオーラは、そういって自虐的に唇を歪めた。


「いまの私には信者もいない。依り代としての力も消えかけて、神の声も聞こえない。唯一の友達のゴーレムも、私が力を注げないから魔珠が休眠状態で動けない。行く先もないし、逃げる場所もない。何にもないのよ」

「そっか、ぼくらと同じもふぁッ⁉︎」


 空気を読めないヅカ水棲馬(ケルピー)がナチュラルに逆鱗をハードブラッシングしようとしやがったので慌てて口を塞ぐ。余計なことをいうなと目で訴えるが、無垢な瞳で怪訝そうに見られた。

 こいつ、気持ちは通じるのに心の機微はイマイチわかってねえ。


 詳しい事情は、訊ける状態じゃなさそうだ。干渉している暇も余裕もない。

 ただ、彼女のなかにある怒りや悔しさ、苛立ちが向いている方向は“下々の連中”ではなく自分自身であるように見える。個人的印象では、だけど。

 八方塞がりでどうにもならんので、あたしはあたしなりの神頼みをしてみることにした。


◇ ◇


市場(マーケット)


 相変わらずの表情に相変わらずの物腰で、演台前に立っていたサイモン爺さんはあたしを出迎える。とはいえ、なんか違う視点からアドバイスかサポートがもらえんかなと思っただけで、正直そんなに期待してはいない。

 堅気の店にある民生品だけで戦争を勝ち抜けって、どんな無理ゲーだよ。貨物用コンテナでも置いて、バリケードにするか。でもあれ値段知らんけど、どのくらいするんだろう……?


一貫輸送用(インターモーダル)コンテナ? もちろん調達できるよ。程度にもよるが、保冷機能のないドライコンテナで、四十フィートの中古が二千ドルから五千ドルくらいか」

「ええと……フィート?」

「三十センチメートル。四十フィートは、約十二メートルだ」


 あれ、三十センチ? 前に聞いた(フート)と、おんなじくらいだな。っていうか、おおう……待て待て待て、こっちの距離単位“(ミレ)”って、もしかして“マイル”じゃねえの⁉︎


「どうしたシェーナ、急に頭を抱えて」

「なあ爺さん、いちマイルって何フィート?」

「うん? 五千と……たしか二百八十かな。それが、どうかしたかね?」

「ごめん、それキロメートルでいうと?」

「約一・六キロメートルだね。そちらの世界では単位がヤードポンド法と聞いたことがあったけれども、日本人には馴染みが薄いのかな」


 ……聞いたことあんなら、先に教えてくれよ。いや、こっちが訊かなかっただけだけど。別にそんなに困ってもいなかったけどさ。


「まあ、いいや。話を戻すと、十二メートルのコンテナが二千ドルからあるわけだな?」

「そうだね。数がまとまるなら、千五百くらいまで落とせるよ」


 それでも、だいたい十五万円か。オアシスを囲うとしたら、最低でも二十以上は……いや無理。破産する。自分が定住するわけでもない場所の外壁構築だけで三百万円超えとか、その防衛計画は破綻してる。

 最低限、全員入れるくらいのサイズで四辺を囲って籠城するか。でもそれ、籠ってる間に肝心のオアシスを占拠されちゃわないかな。クレオーラのゴーレムも、いまは動けないみたいだし。攻め込まれる前から自分で自分を雪隠詰めってのも、なんか違う気がする。

 うん、わからん。ここは専門家(プロ)の意見を聞いてみよう。


「なんだ、輸送ではなく籠城戦か。それなら任せてくれ、すぐに最適な商品を用意しよう」

「へ?」


 あたしの直面した問題と条件を話すと、意外にも爺さんは即答して笑った。


「そんな簡単にいわれると、逆に不安になるんだけど」

「大丈夫だ。実際、簡単なことだよ。資材は総額で、コンテナ一基の価格(二千ドル)もあればお釣りが来る。すぐに揃えられるよ。サービスで、その避難民たちに配布可能な武器も付けよう。もちろん、民間用だがね」


 ああ、うん。ありがたいけど、アンタんとこの民生品って、日本人には半分兵器みたいなもんなんだよな。

 期待半分不安半分で待っていたあたしの前に、まずサイモン爺さんが出してきたのは布を張ったフェンスの束だった。サイズは大小いくつか、それが山のように積み上げられる。


「いや、だからさ。相手は数百人の兵士だって、いってんじゃん。こんなペナペナのフェンスなんて、蹴られただけで破られちゃうだろ⁉︎」

「心配は要らない。これは迫撃砲弾でも防げるほどの、強固な防壁になる」

なる(・・)?」


 論より証拠とばかりに、爺さんは束からひとつを取り出し、サッと箱型に展開させる。


「お? おお……うん。なにこれ?」

「この枠組みのなかに、砂や土を入れるんだ。アメリカ軍の野戦基地で砦の外壁にしているのを見たことはないかね?」

「……あるような、ないような。そういうニュースを、あんま注意して見たことないし」

「まあ、女性ならば、そういうものかもしれんな。これは“ヘスコ防壁(バリア)”という大ヒット商品で、開発したヘスコ・バスティオン社は世界的な大企業に育った」

「ほお」


 あたしにとっては相変わらずの意味不明な呪文(ジャーゴン)だけれども、自信のほどだけは伝わってくる。正直なところ、それだけ聞ければ十分(じゅうぶん)だ。


「問題があるとすれば、砂を入れるのに掛かる時間と労力だな。ホイールローダーなら、防壁と引っくるめて前に受け取った予算でもどうにかできそうだが」

「ああ、うん。それで、ホイールローダーって、なに?」

「工事用の重機だよ。シェーナが寝そべることができるくらいのサイズの土砂をすくう容器(バケット)が付いていて、それを油圧で上下させる。移動は、頑丈なオフロード用のブロックタイヤだ」


 それは、いわゆるショベルカーか。違うか。工事現場の車なんて、どれがどれかもわからん。でもそれ、他の用途にも使えそうだな。いや、使える。使う。

 なんだろう、このワクワク感。やったるわ。帝国軍を耕したる。


「それじゃ、お願いしようかな」

「バリアの構築に向いたサイズとなると、いまの在庫じゃその一台だけなんだが、大丈夫かね?」

「うん。土魔法を使えるドワーフがいるし、最悪ゴーレムもいるから。だいたい、何台もあったって敵を撃退した後に使い道ないし」


 前に渡した金貨銀貨で賄えるとは聞いたけど、なんとなくサイモン爺さんの持ち出しになっているような感じがした。業突く張りの守銭奴としか思えない最初の印象から、ギャップが激し過ぎて落ち着かない。

 なんか土産でも渡せれば良いんだけど、周りにあるのは死体と砂ばかりだ。集めてあった金貨を二十枚ほど、皮袋に入れて演台に置く。


「いまいる場所から、もっと北に行くと緑が増えて集落もあるんだってさ。そんときは、商売でもしようかな。こっちの人間に売れそうなもんがあれば、これで適当に見繕っといてよ」


「いい顔だな」

「え?」

「圧倒的に不利な状況にありながら、笑顔になれる強さも。既に戦後(・・)を考えている精神状態もだ」


 それはまあ、そうだな。どうにかなるし、どうにかするしかないと思ってる。

 最悪、こらアカンとなったら何もかも放り投げて逃げれば良いんだ。兵士を皆殺しにするのは、手段であって目的じゃない。オアシスだって、単なる旅の中継地点だ。そんなもののために命を賭けたりしない。

 ……と、思いたいんだけどね。


「人間が、化けるときというのは、素晴らしいものだな。前にも、そんな瞬間に立ち会ったことがある」

「化ける? あたしが?」

「ああ。いまのシェーナは、見違えるような変貌を遂げたよ。それは成長なんて生易しいもんじゃない」


 サイモン爺さんは、指で斜め四十五度に上昇する線を引く。その指は大きく階段状に跳ね上がって止まった。


「生きるか死ぬかの経験を経て、ひとは生まれ変わるんだ」


 ……いや、そこでドヤ顔されても。それはさすがに買い被りじゃないすかね。

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