ひとりきりの王国
「あーあ……結局、こうなるんだよな」
「シェーナン殿下、嬉しそうなの」
「殿下っていうな。別に、嬉しくはねえよ。吹っ切れただけだ」
まずは、状況確認と対策だな。逃げ場も隠れ場も遮蔽もない開けた目立つ場所に、女子供が十人ちょっと。すぐ横には四、五メートルはある岩の魔物が潜む水辺。籠城するにしても、このままじゃ瞬殺だ。
「なあ、爺さんたち。敵は、どのくらい来るかわかるか?」
「ウダルの爺様が聞いた話じゃ、二百ほどらしいのう。こんな僻地となれば、どこから回すにしろ長距離の行軍が必要じゃ。そのまま駐留させるんであれば、補給担当と築城担当で半分は要るじゃろ。いや、もっとか」
「いや、そこまで人員を割くほどの価値はないじゃろ。使い捨ての老兵や現地召集兵ではないかのう。護衛に弓騎兵が二、三十もおれば立派なもんじゃ」
「馬車に積まれて砂漠を延々と運ばれて、ここへは搾りカスみたいになって到着じゃな。哀れなことじゃ」
個々の単語はイマイチよくわかんないんだけど、爺さんたちからは“大したことない”、みたいなニュアンスは伝わってくる。一縷の望みをかけて、あたしは三人に尋ねてみる。
「ええと……それは、勝てそうなのか?」
「いや、無理じゃな」
「そうじゃ。話にならん。開戦早々、突っ込んできた弓騎兵の斉射で終いじゃな。みっつ数えるほども持たんわ」
「「「うははははは!」」」
うわ、ムッチャ笑ってるし。戦慣れした爺さんトリオの反応は、豪快すぎてあたしにゃわからん。でもまあ実際、勝ち目がないという判断は順当だ。
「大丈夫なの」
ミュニオが、柔らかく笑う。
「わたしたちが、三人いっしょなら。心配することなんて、なんにもないの」
なんか、雰囲気変わったな。肝が据わったというか、アタフタした感じがなくなった。穏やかな物腰なのに、どことなく泰然とした凄みがある。
「ぼくも行けるよ。いつでも、どこまででも♪」
そんな幸せそうな顔でいわれても困る。あたしたちが口を挟み手を出す問題じゃないんだけど。いまさらだな。だったら最初から無視したら良かったんだ。逃げてるドワーフの馬車隊をさ。まったく、とんだお人好しの阿呆だ。どこのどいつだよ……ってな。あたしだ。わかってる。
「爺さんたちは、どうする?」
「無論、乗らせてもらうのじゃ」
「死んじまうかもしれんけど? いや、このまま行くと、まず間違いなく死んじゃうけど」
三人はまた豪快に笑う。
「わしらは、もう死んどる。あの日あの砂漠で、嬢ちゃんらに出会えなければのう」
目の奥には静かな熱。迷いもなければ悔いも憂いもない。“良い奴”ってのはこんな顔すんだろなって笑顔だ。
「姐さん、爺さんたちも、聞いてくれ」
赤毛の男が、神妙な顔で立っていた。その後ろには、十数人の子供たち。いや、あたしと年齢はそんな大きく変わんないんだけどさ。
「俺たちが、頼んでみる」
「頼む? 誰にじゃ。帝国軍に話し合いは……ああ、なるほど」
「泉のヌシにだ」
「え」
ゴーレムにお願いするのか? ここにいさせてくれって? その発想はなかった。あたしも、発見者であるジュニパーも。たぶん、爺さんたちもだ。
「ほら、いまなら兵士たちの死体もあるし。もし、なんかあったときにも、俺が」
「黙れ」
なんだかな、もう。あたしは内心の憤怒を押し殺して、赤毛の男を睨みつける。なんで怒ってんだって顔するけど、そんなのこっちが知りてえよ。クソが。どいつもこいつもさ。死ねばいいのにって奴ばっかのうのうと生き延びて、ご立派な奴らは揃って死に急ぐんだ。
「いざとなりゃ自分だけ犠牲になって、それで済むと思ってんなら大間違いだ」
「だってさ、他に」
「考えろよ! 生き延びる方法を! 何かあんだろ!」
ねえな。いや、そうでもないか。
あたしは盗賊難民団を引き立て、こっちも手を貸して死体をオアシスの縁まで運ばせる。木箱と毛布で簡易の祭壇を組むと、死体を上手いこと積み上げて月見団子みたいな山を作る。ものは酷いが、見栄えはそれなりだ。
ジュニパーが“きゃーこわーい”みたいな顔で死体から目を逸らしてるのが微妙に納得いかないけど、それはそれとして。
「よし、お前ら全員、下がってろ」
「姐さん、そんなことは」
「下がってろ。何度もいわせんな。お前からお供え物にしちまうぞ」
「……ああ、うん。……なんか、できること、あれば」
「お仲間を守れ。最後まで、誰も死なないようにな」
不承不承、という感じで赤毛の男が下がっていくと、オアシスの縁にはあたしたちだけが残った。
“シェーナン王子と愉快な仲間たち”が。
「何やってんだ、あたしら」
自嘲気味の呆れ顔で首を振るあたしに、穏やかな表情でミュニオが笑う。
「ね?」
「なにが“ね”なんだよ。いや、わかるけど」
わかっちゃうけど。そうだよ。あたしは、感じてる。それがふたりにも伝わっていて、二人の気持ちも、あたしに伝わってる。あたしたちは、いま死の淵を覗き込みながら。“生きてるって感じ”を、たしかに共有してる。
「さーて、うるさくすりゃ出てくんだろ」
「“お願い”しないの?」
「するさ」
これが、あたしなりの“お願い”だ。
自動式散弾銃に装填した鳥用小粒散弾を、空に向かって連射する。轟音が響いた後、しばらく待つが水面に動きはない。その間に、あたしは静かに再装填。熊用一発弾を銃身下筒型弾倉に送り込むカシャコンカシャコンという音が、静寂のなかでやけに大きく聞こえる。
「……っさいわね」
「「「⁉︎」」」
すぐ横から不機嫌そうな声が聞こえて、あたしたちは銃を向けかけた姿勢で止まる。
そこには、やけに小柄な美少女が立っていた。サマードレスのような生成りのワンピースに、プラチナブロンドの長い巻き髪。いかにも意思が強そうな太めの眉毛にキッと結ばれた唇。天使と見紛う美貌ながらも、その眉間にはシワが寄っていた。
「なんなの。前いた奴らが大騒ぎしながら出てって、ようやく静かになったかと思ったらギャーギャードンドンやかましい阿呆が現れるし。バッチャンバッチャン泳ぐバカまでいるし。おまけに、何これ。くっさい屍骸をテンコ盛りにして。どんな嫌がらせ?」
“やかましい阿呆”と“泳ぐバカ”は顔を見合わせ、首を傾げて美少女に向き直る。
お供え物、大不評。
「……アンタは?」
「初対面の相手に尋ねるときは、自分から名乗るのが常識でしょう? ……まあ、泉の外に探知魔法掛けてきたエルフの子は、少しくらい状況がわかってるみたいだけど」
「もしかしたら、どこかで見てるかもって、思ったの。ゴーレムの、お友達が」
ミュニオは嫌味とかではなくサラリという。
そっか、使役者じゃないんだ。ゴーレムって、交友関係を結べるもんなのか。
「意外そうね? 太古の昔からゴーレムとの共生例くらい山ほどあるわ。アンタたちみたいに、水棲馬と一緒に暮らしてる方がよほど珍しいと思うけど」
「ああ、うん。そう……なのかな?」
ジュニパーがケルピーとして珍しいタイプだからだろうな。そういうことにしておこう。
「あたしはシェーナ。こっちが仲間のジュニパーとミュニオだ」
「ごめんね、うるさくして。水妖って聞いてたから、気になってて」
「かまわないわ。出て行ってくれたら、それでいいの」
「……うん、わかる。申し訳ないとは、思うんだけどさ」
「無理だっていうんでしょ。頭の上でキャンキャン騒ぐから聞こえてたわよ」
ああ、なるほど。ここの南側の地下にでも家があったのか。そら、うるさいわな。
「アンタは……ええと、ドワーフなのかな?」
「他の何に見えるっていうのよ」
いや、知らんがな。いままで出会ったドワーフなんて、爺さんたちと馬車隊の連中だけだ。接触したサンプルがあんまり多くないので判断に困る。女性なんて、幌馬車の荷台にいるのをチラッと見ただけだし。あんま覚えてないけど、みんな疲れ切って薄汚れて荷物と同化してたから。この子と比較の対象にはならんだろ。
「さあ。あたしは、転移者でさ。こっちの事情には詳しくない」
「そうみたいね。まあ私も、ただのドワーフじゃないから。それは……」
「おねがい」
ミュニオに何かいおうとした美少女は、彼女の囁きに小さく頷くとあたしとジュニパーに向き直った。
「まあ、いいわ。私は、クレオーラ。ドワーフの神使。……いいえ、元、神使ね」




