旅路と糧と
翌朝、運転をジュニパーに頼んであたしとミュニオは荷台に回る。代わりに、熱中症なのか少し疲れの見えるエルフの巫女さん三人を助手席に乗せた。狭いかもしれんけど、エアコン効いてるから体調回復には良いだろ。
「みんな水飲んでなー? 多めに飲まないと倒れるからなー?」
「シェーナ嬢ちゃんは気が利くのう。やっぱり天使様じゃ」
「爺さん、やめてそれ。ムズ痒くなる」
「うはははは!」
弱り気味のエルフたちと正反対に、爺さん三人はアホほど元気だ。乾いて萎んでた顔もムチムチのツヤツヤである。それを指摘すると、揃って大笑いが返ってきた。
「昨日は一生で一番美味い水を飲んで、一生で一番美味い飯を食ったからなあ」
「ありゃ素晴らしい味だったな。この世にこんな美味いもんがあるとは思わなかったわ」
「穴熊肉か?」
「おう。五臓六腑に染み渡るってのが、どんなか初めて思い知ったぞ。あれは相当に濃い魔力を溜め込んどる。いまなら土魔法で城壁くらい組めそうじゃ」
「へぇー」
肉に魔力か。あたしにはわからんけど、そういうもんなのかな。
「この水も、凄まじいばかりの美味さじゃの。光にかざせば曇りひとつないくらいに澄んでおるし。この不思議な容れ物も材質がわからんが、これは、どうやって手に入れたんじゃ?」
「……あー、えーと……魔法?」
「なんで疑問形ないい方なんじゃ。しかし、これはたしかに魔法じゃな。昨日もらって貪り飲んだときは天にも昇る心地であったわ」
まだ昇らんといてな、とあたしは心のなかでツッコミを入れる。実際それで亡くなったのを目の当たりにしたから、まだ冗談にはしたくない。
巫女さんたちに水分補給をさせ日除けの布を被らせていたマナフルさんが、ふと思い出したように振り返る。
「ところで、朝食にいただいたあれは、どうやって作られたものなんですか?」
「ああ、エナジーバーね。木の実と豆と穀物を……干すか炒るか炙るかして、糖蜜で固めてあるんだと思う。詳しくは知らないな」
「ものすごーく、おいしかった……」
「うん……ゆうべの、あまーいくだものも……」
エルフの巫女さんたちが目を潤ませて感動している。やっぱり帝国、というかこの世界では甘いもの食べる機会が少ないのね。
「シェーナ、あれ!」
運転席からの声でジュニパーの指す方を見ると、五、六頭の土漠群狼がこちらを観察しているのが見えた。距離は三十メートルほどあるので危険は感じない。襲ってくる様子もない。しばらくすると餌にならないと判断したのか、南に向けて移動して行った。
「奥の雌二頭は子持ちじゃな。盗賊たちの死体でも嗅ぎ付けたかのう」
「クズどもも初めて世の役に立つのう。あれだけあれば、狼もしばらく食い繋げるはずじゃ」
自然のなかで暮らしてきたひとたちは、狼を単純な害獣と見なさないようだ。恐れつつ敬い、少なくとも無差別に殺そうとはしない。
「そういやモグアズ爺さん、コエルに聞いた話より盗賊たちが多かったんだけど、あいつら何処から来たんだ?」
「わからん。わしらが叩き潰してやったら、東の方に伝令を走らせておったのう。どこぞに拠点でも構えとったんじゃろ」
「なんでまた、そんなに盗賊が集まったんだ?」
モグアズ爺さんは苦笑して、長髪長ヒゲのトール爺さんを指す。
「わしらを無視して馬車を追われては台無しじゃからの。こやつがひと芝居打ったら、やりすぎたんじゃ」
「“ドワーフに伝わる伝説の魔剣、盗賊なんぞに渡せるものか!”とな。そんなもん持っとったら馬車を先に行かせるわけがなかろうが、阿呆どもが」
「結果オーライってやつだな」
無意識に出たあたしの言葉は伝わりこそしなかったものの意味はわかったらしく、爺さんらは揃って笑う。
「年寄りになると、望むのは結果だけじゃ。それによってどうなろうと、結果が残れば良いんじゃ」




