愚直なる老害
――すげえ。なんだこれ。
西日が影を伸ばし薄闇が迫るなか、ランドクルーザーのライトを点灯して、あたしは一直線に戦場を目指す。遥か彼方に見える砂丘の中腹で、馬車の残骸を背に戦っている男たちのシルエット――らしきもの――がうっすらと動いていた。距離は、まだ一キロ近くあるというのに、進路上には転々と、事切れた盗賊らしき死体と装備と、奪って持ち帰れなかったんだろう荷物が散乱している。いくつかドワーフらしい小柄な死体も混じってはいるが、どれもハリネズミのように矢を受け、肉塊と呼んだ方が良いほどの血まみれ傷まみれだ。
こいつら、そうなるまで戦い続けたんだ。
「ミュニオ、撃てる距離になりしだい撃ってくれ!」
「了解なの」
いうと同時に、彼女は撃ち始めた。あの距離、さすがに届かないだろ? たしかサイモン爺さんがカービン銃の射程は二百メートルくらいとかいってたし、“暁の群狼”の砦前で半哩……七、八百メートルの射撃を当ててるのは見たけど、いまは走ってる車の窓からだし。そもそも的は豆粒どころか米粒だし。
「……当たったね」
「うそん⁉︎」
「動くから、全部は無理なの」
いや、そりゃそうだろうね⁉︎ 構えてるカービン銃、すごい仰角だしね⁉︎ 当たるまでの時間差も二秒近くあったしね⁉︎ すんごい山なり軌道で飛んで行ったであろうことは理解できる、けど……
「なにそれ、魔法?」
「うん。前に何度か試して、風魔法で“たま”の通り道を作る感じにしてみたの。届かせたい位置までそれを伸ばせば、一哩くらいは飛んでくれるの♪」
「……お、おう……すげえなエルフ」
「エルフはみんな弓の名手だっていうけど、ホントだね?」
とかなんとかいうてる間に、狙撃手ミュニオさんはマーリンを次々と発射し、あたしの視力では見えないところでパタパタと敵が倒されてゆく……ようだ。
「もう少しで、ぼくも撃てるかも。荷台に上がるね。ちょっとの間、速度と方向そのままでお願い」
「わかった」
ひょいと乗り移ったジュニパーからOKの合図で速度を上げる。まだ騎馬の盗賊が二十ほど、馬車の残骸に集っている。転がっている死体を合わせると優に七、八十にはなりそうなんだけど。族長コエルに聞いた話とは、倍くらい違うような。
銀の大型リボルバーで狙いをつけたていたジュニパーが、こちらに気付いて向かってきた盗賊たちを次々に撃ち倒す。距離は二十メートルほどか。ミュニオほどの“超常現象感”はないけれども、こっちも動く的と考えればすごい腕だ。
「盗賊が増援を呼んだのかな」
「そんなにしてまで潰したくなるような相手だってこと? 爺さんのドワーフなんだよな? なんかメリットある?」
「わかんない。訊いてみたらいいんじゃないかな」
馬車の残骸まで二百メートルほどのところで、ミュニオの射撃が止む。最後の盗賊を射殺したようだ。
念のため十メートルほど距離を開けて、あたしはランドクルーザーを停車させた。こちらを敵と誤認するかと思ったら、そんな余裕もないようだ。爺さんたちは戦闘終了と同時に膝をつき、あるいは転がって荒い息を吐いている。水もなしに四十時間近くも生き延びられた方が奇跡なのだ。その上に騎馬との戦闘なんて、自殺行為でしかない。
残っているドワーフは、もう十人にも満たない。
「待たせたな、爺さんたち!」
「待って……はおらんが、助かった。お前さんたちは……?」
そうな。何ていえば良いかな。こちらの状況を話して良いものか。警戒されないような表現……いや、迷ってる場合じゃない。早く水を配らないと……
「義により参上した。こちらにおわすお方は、迷える魂の守護神、魔人の王子シェーナン・アカスキー様!」
「いや、いいよジュニパー」
ワケありなあたしたちの素性を誤魔化そうとしてくれた彼女の気遣いを止める。いろんな意味で、いまさらだ。本音をいえば、恥ずかしいからやめてほしいという私情もある。
「えー、愛馬ジュニパレオスまでいわせて?」
……こっちはこっちで私情でした。
「自己紹介は後だ。早くみんなに水を配って」
「「了解」」
あたしたちは、ミネラルウォーターのペットボトルを持って、カサカサの肌で息を荒げる爺さんたちに配って回った。ずっと武器を握っていたせいだろう、指が固まって持てない中年男を抱え起こし、蓋を開けて口に持って行ってやる。
彼は美味そうに飲み干して、ほうっと満足げな息を吐いた。
「ああぁ……美味いな。これは極上の酒よりも、もっとずっと、美味い」
「そっか。ちょっと待ってろ、傷の手当てを」
「ありがとな。お前さんは……天使、だ」
「あ、おい!」
中年のドワーフは、そのまま倒れて動かなくなった。
「ミュニオ! 治癒魔法、早く!」
「無駄じゃ」
最も年嵩の爺さんドワーフが、不思議なくらい穏やかな笑顔でいった。
「そいつは、とっくに死んどった。最期に笑顔で逝けたのは、お前さんのおかげじゃ。礼をいう」
「だって! いま」
「死人を癒せるのは天使だけじゃ。魔法であろうと魔法薬であろうと、ひとの手には余る。そういう意味では、そいつのいうた通りお前さんは、天使じゃな」
「……ッ!」
思わず号泣しそうになって、あたしは必死に踏み留まる。命懸けで戦った爺さんらが仲間の死を受け入れているのに、ちょっと手を貸しただけのあたしたちが泣くわけにはいかん。おかしな話だけど、なんとなくそう思って堪えた。
「改めて礼をいわせてくれ、シェーナン・アカスキー殿下」
「あ、ごめん爺さん、それジュニパーの冗談」
「ほうほう」
そんなことは当然わかってたんだろう。名前だけ自己紹介するあたしたちを見る爺さんたちは、孫でも見るような優しい笑顔だ。ほんの数十分前まで死線を潜っていた男たちとは思えん。当然ながら、戦闘中には悪鬼のような形相だったのかもしれんけどな。
「しかし、変わった取り合わせじゃの。人化水棲馬に、毛色の変わったエルフの嬢ちゃん、それに転移者とは」
「あっさりバレちゃったよシェーナ」
「わしらドワーフは職人じゃからのう。そのくらいの目利きも出来んようでは族長は務まらん」
「族長? 生きてたんだ。代変わりしたっていうから、てっきり」
となると、この最年長ぽい爺さんがコエルの父ちゃんか。年齢が釣り合わん気もするけど、歳食ってからの子か?
「死に損ねただけじゃ。なんじゃ、お前さんたち、もしかしてコエルの奴に会ったか」
「ああ、でも擦れ違っただけだよ。爺さんたちについて、あいつから何か頼まれたわけじゃない。むしろ、クソみたいな護衛のせいで派手に喧嘩別れしちまったくらいでさ」
「ああ、あの口先だけの若造か。そりゃ、あいつが悪いわな」
結局、その後も治癒魔法の甲斐なくふたりが死亡、生存者は三人だけになった。
先代族長の長老爺さん、モグアズ。殿軍に残った護衛のなかでは最年少(とはいえ七十歳)のヒゲなし爺さん、ターイン。双剣使いの長髪長ヒゲ爺さん、トール。
爺さんたちにそれぞれが最期を遂げた場所を聞き、あたしたち三人と巫女エルフの皆で手分けして亡くなったドワーフたちを見付けて遺体を集め、布で包んだ。
「わし、らも」
「いいよ、爺さんたちは休んでろって。ちゃんと探すからさ」
生きているのが不思議なくらいの状況だが、爺さんたちは盗賊を殺しては武器や食料や水袋を奪って凌いだのだとか。その辺りは、戦慣れと年の功か。
「悪いのう。夜になると土漠群狼が出よるんじゃ。ふたり分の死体は喰われてしもうた」
埋葬は、可能ならばオアシスの近くが良いというので、あたしが懐収納で預かる。遺体を懐に入れるのは、なんだか変な感じだ。もともとの容量がすごいのか旅の間に増えているのか、十四名の遺体(と、ふたり分の遺品)はすんなりと収まった。本当は焼いて骨にして持ち帰るといってたけど、腐敗するし荷物になるしと考えてのことだ。そのまま運べるならそれに越したことはない。
「モグアズ爺さん、オアシスまで、どのくらいかな」
「北北東に、三百哩ほどかの。馬車で十日ってところじゃ」
「あたしたちもオアシスに行こうと思ってたから、帰るなら乗せてくよ」
「それは、助かるが……」
「わたしたちなら、大丈夫ですよ? 荷台には空きがありますし」
マナフルさんが、気を使っていってくれた。実際、乗り心地はともかくスペースはある。ちょいと不便だけど、それもせいぜい二日ってところだ。
「これは、魔道具かのう?」
「ランドクルーザーっていう、異界の乗り物だ。油脂を焚いて走る」
「かなり前じゃが、ソルベシアで似たようなものを見たわ。もっと小さくて、こう……跨って乗るんじゃ。あれも異界から持ち込まれたのかのう?」
バイク? やっぱり転移者がいたんだ。それが魔王と呼ばれた人物かね。
「いまのうちに、少し離れようか。ここじゃ飯を喰う気にはならんだろ」
広範囲に転がる盗賊どもの死体を処分する気はないし、たぶん爺さんたちのいってた通り、夜になれば土漠群狼が漁りにくる。ランドクルーザーの荷台に乗ってもらい、薄明かりが残るうちに数キロ先の岩場まで移動した。
「天幕を張るんで、マナフルさんたちはそっちで寝てください」
「わしらは、焚き火の横が落ち着くんじゃがの」
「できれば不寝番も、わしらにやらせてくれんか。何も返せんが、せめてもの礼じゃ」
「良いよ。それじゃお願い」
火を熾して、焚き火で穴熊の肋肉を焼く。味付けは塩胡椒とガーリックパウダー。サイドメニューはクラッカーとベジタブルスープ。
昼に容器を見ていて気付いたんだけど、プラスティックボトルに入った乾燥ベジタブルミックスがラベルに“ベジタブルスープ”と書いてあったのだ。その程度の英語は読めよといわれればその通りなんだけど、実は味付きでお湯を注ぐだけでスープになるものだったらしい。穴熊シチューのとき投入した乾燥野菜も味付きだったのかも。確認してなかったけど結果として美味かったからノープロブレムだ。
「あと、食後に缶詰も開けよう」
「“かんづめ”、って“ちりびーん”?」
「いや、砂糖の汁に浸かった果物。気持ちが疲れているときは、糖分が欲しい」
「わぁーい♪」
尻尾でも振りそうな顔で大喜びするジュニパー。お前は子供か。いや、年齢的には七歳なんだけれども。




