ブリングイット
“……シェーナ!”
ジュニパーの背が緊張したかと思うと、視線が振り返って右上後方に顎をしゃくる。
意思を汲んだあたしは自動装填散弾銃を屋根の上に向ける。少し角度がきついが、脚をずらしてなんとか射角を確保した。魔導短杖を向けた魔導師が発砲と同時に血飛沫と青白い光を振り撒いて倒れ、転げ落ちてくる。その隣で伏せるか攻撃継続か迷って固まったままの魔導師を撃つ。咄嗟に防ごうとしたのか盾のような平たい光が身体の前に現れるが、続く二連射で盾ごと貫かれて転げ落ちる。
「侵入者を排除しろ、弓隊構えッ!」
「おおぉッ!」
通りの奥から、盾やら弓を持った男たちが走ってくるのを見て、内心で頭を抱える。お仲間の犬死にを見て学ばんのか。
「……度し難い。見よ、奴らは愚かさの報いを受ける!」
あたしの声がした。馬から。
なにそれ。あたしに撃てと。そらそうだわな。このままだと射られちゃうし。ジュニパーいま拳銃持てないし。期待と不安と怯えと絶望を浮かべたままあたしたちの周りで立ち竦む男たちは、味方であるはずの男たちが弓を引き絞るのを見てなんともいえない無言の叫びを上げる。“がんばれ”か“やめろ”か“俺を巻き込むな”か知らんけど。
弓持ちの数は四、盾持ちが二。距離は二十メートルやそこらだ。
自動装填散弾銃を向け弾倉内の残弾五発を叩き込むと、矢は力なく飛んで周りで見ていた野次馬盗賊を傷付けただけに終わる。
「拘束しているエルフを解放しろ。すぐに連れてこなければ、こちらから出向く。城塞内にいるもの全てを、殺して回りながらな!」
何度もいわせんなよ。野次馬どもに銃口を向けると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
いまのはハッタリだけれども、こいつらに選択肢などない。なにせ逃げる先などないのだ。城塞の外には隠れる場所もない荒野が広がるだけだ。あたしたちが蹂躙し始めたら、言葉通りの結果になる。
「……カシラを、殺したのは、お前か」
空になったオート5に再装填していたあたしは、嗄た声に振り返る。通りの端で悪行を煮染めたような老人がこちらを見ていた。しわくちゃの顔にも背を丸めた身体からも、“嫌な感じ”がプンプンと臭う。念のため銃口を向けて警戒するものの、歯向かう気はないようだ。
「それがどんな奴かも知らねえよ」
「地下の尋問室で、胸倉を貫かれて死んでいた」
「ああ、そこでふたり殺した。どちらが“カシラ”かは知らねえ」
「双剣のハームルも」
「“はーむる”が誰かも知らンけど、双剣の男なら地下で殺した。長剣を持ったデカブツもだ」
「神剣モズレイまで……」
「貴様は、何者だ」
あたしの声が、馬から発せられる。時代掛かった“王子様”口調で。
水棲馬形態のまま少しだけ姿勢が伏せられ力が溜められる。いつでも対応できるように警戒しているのがわかった。彼女の本能は、こいつの危険性を察知しているんだ。
「エルフの能力を、大きく発展させる、研究を進めていた研究者だ」
「!」
あたしは散弾でジジイの腹を撃ち抜く。こいつか。こいつがマナフルさんを甚振ったクソどもの元凶か。
避けようとしたのか身体のシルエットにわずかなブレと青白い光が見えたが、銃弾から逃れる程ではなかったらしく動きが止まる。ガクリと膝をついたものの、致命傷は回避したらしく目の光は死んでない。
ジジイは顔を歪めて、あたしに黄ばんだ牙を剥いた。
「……あのとき、……わしが、居れば」
「結果は同じだ、クソが。これが、お前らの報いだ」
連射で蜂の巣にされながらジジイは笑っていた。自分の業を面白がるような表情で、血とともに憎しみと呪いを噴き上げるようにして。
ゆっくり仰向けに倒れて痙攣した身体から、青黒い煙のようなものがわずかに立ち昇って、消えた。
「化け物が」
こちらを遠巻きに見ていた野次馬の盗賊どもが目配せしあって、あたしたちに合図を送ってくる。撃つな、とでも伝えたいのだろう。散弾を装填しながら、構えていたオート5の銃口を下げてやる。
どこやらから、エルフを連れてきていた。四人みんな揃っている、ように見える。
「お前たちの仲間は、あれで全部か?」
馬上で前に座らせていたエルフに尋ねると、ビクリと震えて振り返る。
「あ、あとは……マナフルさん」
「彼女は、もう確保してある。拷問を受けてたみたいだけど、あたしたちの仲間が治癒魔法を掛けて、命に別状はない」
さて、問題はエルフの子を五人、ジュニパーの背に乗せて運べるかだな。子供とはいえ、なかなか難しいかも。あたしが乗ったら曲技団状態になる。
先に行ってもらうか。いや、周囲全部が敵の状況では、それも難しいかも。
「護衛として、あたしが併走する。悪いけど、少しペースを落としてくれるかな」
「了解」
救出した五人のエルフたちには、落ちないよう互いに支え合うように伝える。思い出して全員の胸から拘禁枷を剥いだ。
「え?」
「少し移動に時間が掛かる。可能なら魔法で身を守れ」
「シェーナ、城門に敵」
槍を手にした重武装の集団が十人ほど、こちらに向かって身構えている。残存兵力……というよりも、あたしたちの力を見てなお反抗の意思を残した者、か。
思ったより少ないと見るべきか、まだこれだけ残っていると考えるべきか。
「弓や攻撃魔法だけ注意して。近接戦闘を仕掛けてくる奴は無視していい」
「それなら、大丈夫。魔導師の反応はない。たぶん、もういないよ。弓は、避けられる」
「アンタはそうかもしれんけど、乗ってる子たちにも当たらないように頼む」
あたしはジュニパーを先導して、真っ直ぐ城門に向かう。間合を測っていた重装歩兵――兵ではないんだろうけど――の集団が、二十メートルを切ったところで陣形を保ったまま動き出す。盾を構えて身を守りながら前列は槍を水平に構え後列は高く振り上げる。騎馬の突進を防ぎ、歩兵を蹂躙するためのものなのだろう。中世だか近世だか詳しく知らないけど、銃のない時代の戦争では有効だった手段なんだと思う。
「シェーナ!」
「下がってろ!」
ああクソ。あたしは銃身下弾倉に装填してしまった銃弾を抜く方法を知らない。鹿用大粒散弾を八連射して素早く熊用一発玉に入れ替える。盾で弾かれたようだけれども、前列の数人は散弾の一部を開口部に喰らったらしく動きが鈍っている。特に中央のふたりは両目から血を流して虫の息だ。再装填が終わったところで崩れ落ちて陣形を乱し、こちらに脆い内壁を晒した。
「突撃!」
「「「おおおおおおぉッ」」」
ドゴン、と初弾が後列の盾ごと貫きひしゃげた甲冑が空き缶のように吹き飛ばされる。実際には弾丸の威力によるものではなく被弾した男が自重を支えきれなくなって転がったのだろうけれども。周囲から見た“事実”は同じことだ。奴らは思い知る。
あたしの攻撃は、盾も甲冑も貫き吹き飛ばすのだと。
ドゴンドゴンドゴンドゴンドゴンドゴンドゴン!
憤怒の表情で走ってくる男たちは、もうわかっている。蹂躙されるのが自分たちの方だと。それでも足を止めないのは、下がる場所などないと知っているからだ。逃げる場所も、悔い改めるチャンスもだ。陣形を組んで走り続ければ、起死回生の機会もゼロではない。残り十メートルを切って、男たちは盾も捨てて死に物狂いの攻撃を仕掛けてきた。
あたしは平静を装いながら必死に再装填を続ける。
「「おおおおぉッ!」」
ドゴンドゴンドゴンドゴンドゴン!
槍の穂先が、あたしの足元に届く。その頃には、自分の足で動ける者は誰ひとり残っていない。
ドゴンドゴン!
ろくに身動きできないまま剣を抜こうとする男たちに、あたしはとどめを刺して回る。ひとりだけ、剣を抜くことに成功した者がいた。腹には既に風穴が開き、熊用一発玉を喰らっていることがわかる。
どう考えても、もう死んでいるはずなのだけれども。
ドゴン!
頭を粉砕された男は、それでも剣を水平に振り抜き、そのまま転がって事切れた。
「……すげえよ、お前」
完全な間合いの外まで飛び退っていたはずのあたしに、最後の男は刀傷を付けた。頰から垂れ落ちる血に触れて、思わず感嘆の吐息を漏らす。魔物以上の生命力だ。
「さあ、行こうかジュニパー」
あたしは、振り返って笑う。正直、少し疲れた。
もう、こんな所にはいたくない。




