ケツを蹴り上げろ
間に合ったー
なんでか急に愛おしくなって、あたしはジュニパーを抱き締める。
「……ふわぁッ⁉︎」
「あたしもだよ。お前たちと一緒なら、負ける気がしない。怖いものなんて、何にもない」
柔らかくて温かい彼女の身体は、優しく抱擁を返してきた。
そうだ。やってやる。誰がなんていおうと、どう思われようと関係ない。あたしたちは、あたしたちの生きたいように生きるんだ。
「散弾銃で見えてる見張りを潰して突入、そのまま地下へ行く。降りたらジュニパーは入り口を守って増援を防いでくれ。あたしは地下の奴らを皆殺しにしてエルフを救出、そのあとは正面突破だ」
「了解」
裏通りから建物の前に出ると、ショットガンで入り口前の見張りを射殺した。銃声に気付いて、通りの角から別の見張りが向かってくる。相手は剣と手槍。確実な射程まで近付くのを待って胴体を撃ち抜く。閑散とした街の一角に、ちょっとした死体の山が出来上がる。
「行くよ」
「うん、ドアは任せて」
重厚そうなドアの前に見張りはひとり。あたしたちが来るのを見ると、ビビッて一目散に逃げ出した。
扉がロックしてあったかどうかは不明。同じことだ。ジュニパーのキックでへし折れて吹き飛んだ。人間形態のときは普通のお姉さん程度のパワー感だと思ってたけど、とんでもないな。
「右を」
「了解」
ジュニパーが射撃を開始する。銀の大型リボルバーから発射された38スペシャルの弾丸が、一瞬で六人を死体に変える。使った弾薬を装填し終えたあたしは、いきなりの修羅場に固まっていた残りの盗賊たちを次々に吹き飛ばして回る。本拠地のしかも室内、盗賊どもが持っている武器は近接戦闘用の短い剣がせいぜいだ。襲撃を受けたところで、長射程の武器に抵抗する手段はない。
「一階の敵は排除、地下への入り口は」
「シェーナ、こっち」
ジュニパーの声がした方へと広い廊下を進む。奥にこじんまりとした階段があった。その手前に立っていたジュニパーが、下から出てきたひとりを射殺する。
「手前側に五人くらい」
「あたしが先に行く。右側をお願い」
長くて重たい自動装填式散弾銃を抱えては取り回しで遅れる。死角になりがちな右側は、素早く振り回せる拳銃に担当してもらう。
「て、てめッぶ」
「なにも、ふぁッ」
銃声が響くたびに手足や頭や胴体に大粒散弾を喰らった男たちが血飛沫や肉片をブチ撒けて倒れ込む。地下にいるのは概算で十人と聞いたけど、いまのところ五人プラス上ってきたひとりだけ。奥にあと四人と、囚われのエルフがいるはず。
入り口に机と棚を倒して即席のバリケードを築き、ジュニパーに撤退支援を頼む。
「気を付けて」
「わかってる」
散弾を再装填。ようやくショットガンの扱いにも慣れてきた。思っていたのと違うところもわかった。まず散弾銃って、実は――あたしみたいな――素人がイメージするほどにはタマが散らない。少なくとも、鹿用大粒散弾は一発で複数の人間を倒すほどには拡散しない。とはいえ流れ弾やら跳弾で周囲の敵も負傷させてはいるみたいなので、射撃が下手なあたし向きの武器ではある。
「……ふッ、ぷぁッ!」
短剣を両手に隠し持って出てきた男を初見で吹き飛ばす。油断もしないし様子見もしない。ここにいるのは敵だけだ。躊躇いは自分と仲間を危険に晒す。
倒れた双剣男の陰から音もなく突っ込んできたのは、手練れらしき分厚い体躯の男。長剣を水平に構えて姿勢を低く伏せ、机や椅子の陰を縫って凄まじい速度で切り込んでくる。
狙っている余裕はない。連射で弾幕を張り、手当たり次第に散弾の雨を降らせる。直撃を避けた男の足を、跳ねた散弾が引き千切った。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。外れたタマが石造りの床で四方八方に飛び散ったか。結果的に、面で散らせる効果になったようだ。結果オーライ。
追加の散弾を装填して近付き、手練れの男の頭を吹き飛ばす。その瞬間、青白い光が瞬いて消えた。もしかしたら、魔法使いの素養でもあったのかもしれない。まともに対峙していたら、危ないところだったな。
「おとなしく降伏するなら、死なずに済むぞ!」
あたしは、奥に隠れている――たぶん、ふたりの――生き残りに警告を発する。
聞き入れられるとは思ってないが、躊躇させるだけでも効果はある、はず。奥の部屋に続く入り口の陰から、男がチラッと顔を見せたかと思うと、すぐに壁の向こうに隠れた。姿を隠したまま、怒鳴る声だけが聞こえてきた。
「貴様ら、どこの回し者だ⁉︎」
そういう発想になるよな。こちらが女ふたりとなれば、なおさらだ。軍の人間にも、対抗する盗賊団の構成員にも見えんだろうし。ここでさらなる動揺を誘うには、何て答えれば良いかな。
入り口を守ってくれてたジュニパーに、思わず目線を振ったのが間違いだった。
「こちらにおわすお方は、エルフの守護神、魔人の王子シェーナン・アカスキー様だ!」
「「「え」」」
あたしも盗賊の生き残りと、思わず声が重なる。なに、それ。ジュニパーさん、ネーミングセンスなさすぎ問題。“魔人”で“神”で“王子”って方向性ブレブレだし。
「て、てめえ! このクソ女、ふざけたこといってんじゃねえぞ⁉︎」
「女ではない! 我が名は、王子の愛馬の化身、ジュニパレオス!」
「もう良いから、アンタは黙ってろよ!」
「ジュニパレオス、だと⁉︎」
ああもう。なんだ自分だけ、その無駄にカッコイイっぽいネーミング。
それでも動揺で盗賊どもの注意は逸れた。壁際に張り付いて覗き込みざま、あたしは散弾の連射で薙ぎ払った。
即死はせず転がったまま呻いているが、失血は夥しく生き延びられそうな奴はいない。
「おい、どこだ! ええと……」
「マナフルさんだよ」
「そう、それ。マナフルさん、返事してくれ! ミフルからの救援要請で、アンタを助けに来た!」
奥の部屋の、さらに奥。ガタリと、何かが倒れる音がした。
「ジュニパー、ここ頼む」
「了解」
ショットガンを革帯で背負って紅の大型リボルバーに持ち替える。
「うっ」
一番奥の小部屋に足を踏み入れると、タンパク質が腐りかけたような臭気が漂う。そこにあったのは、薄汚れて血生臭い、拷問台みたいな器具だった。婦人科の診察台に似た器具に、半裸の女性が惨たらしい姿で固定されている。
見た目は……エルフなので実年齢は不明だけど、人間でいうと二十代半ばくらいか。長い髪はところどころ切られて焼け焦げ、肌は切り傷と打撲傷と火傷の跡で赤黒い斑になっている。
ああ、またこんなクソみたいなことになってるのか。帝国にいると、こんなものばっかり見せられるのか。ただ弱いだけで。立場や出自が違うだけで。ここじゃ、まともに生きる資格もないのかよ。
「……アンタが、マナフルさん?」
あたしの声に、エルフの女性は焦点の定まらない目を向けてきた。片目は、腫れ上がって塞がっている。
「あな、たは」
「ミフルを拾った旅の者、かな。そんなことより、脱出するよ。動ける?」
「……申し訳、ありません。……わたし、よりも……同胞の子たちを」
「死にかけてる順だ。優先順位はアンタが最初。アンタが動かないなら、他も見捨てる」
わざと冷たく突き放す。綺麗事は結構だけど、いまは聞いてる余裕がない。二者択一の決断を迫ると、マナフルさんは不承不承ながらも同行を受け入れてくれた。
「ジュニパー、ひとり目確保!」
「少し待って」
連続して銃声が轟き、脱出の合図が来る。その間に、マナフルさんの手足の拘束と、胸元の拘禁枷を収納で剥ぎ取る。いまはともかく体力が回復したら、エルフは治癒魔法も使えるっていうしな。
最初に入った部屋に転がっていた毛布みたいな布で包む。あまり柔らかくもないし清潔でもないが、いまは我慢してもらうしかない。テーブルの上に並んだ革袋を持ち上げると、エラく重い。ちょっと覗くと金貨と銀貨だ。エルフたちへの賠償金としてもらっておく。
抱えてジュニパーのところに運ぶと、ひと目見て彼女は首を振った。
「このひと、無理だね」
「えぇッ⁉︎」
「この怪我じゃ、ひとりで乗れない。ぼくが全力疾走したら落ちちゃう。今回だけ一緒に乗って、背中で押さえてるの、お願いできる?」
「なんだ、そういう意味か。わかった」
水棲馬の姿に変化すると、驚きはしないながらもマナフルさんは眉を寄せ、わずかに表情を曇らせた。それを見たとき、予想はしていたはずなのに、胸の奥が、おかしな軋みを立てるのがわかった。
「あなたは、魔獣使いですか」
「あ、あのね、ぼくは……」
「違う。彼女は、ジュニパーは、あたしの仲間で親友だ。使役してるんじゃない。お互いに、助け合って生きてる。もし彼女を馬鹿にするなら、アンタもアンタのお仲間も、誰も助けない」
一気にまくし立てると、マナフルさんとジュニパーが目を丸くしてあたしを見た。
いや、なんでジュニパーまで驚く。
「……いいえ、そういう意図は、ありません。……ただ、わたしたちエルフを、帝国軍に売るのが目的の方かと、誤解したまでです。……失礼なことを、申しました」
「売らないよ。カネなら、さっき奪ったし。あたしたちも、帝国軍に追われる身だし」
「え?」
「その話は後、いまは脱出するのが先だ。アンタのお仲間も、助けなくちゃいけないしな」
細い身体をヅカ水棲馬の背に乗せて、伏せた姿勢で後ろから支える。振り返ったジュニパーに頷くと、彼女は姿勢を低くして部屋から飛び出した。阻止しようとする盗賊どもを前足のひと振りで弾き飛ばし、扉のない入り口を抜けたところでふわりとした浮遊感がある。気付くと、あたしたちは小さな軒が並ぶ住宅地の、屋根の上に立っていた。ジャンプしたという感覚はなかった。伏せさせていたマナフルさんの身を起こすが、落ち着いてるのか意識が飛んでいるのか、彼女はあたしの胸に寄り掛かったまま微動だにしない。
大丈夫か、これ。
「つかまってて、すぐ着くから」
「ちょ、待……っぎゃあぁああああッ⁉︎」
そうな。これは落ちるわ。天空高く跳ね上げられながら、あたしは軽く死を覚悟した。




