紅く塗り潰せ
あたし専用の、新しい銃が欲しい。できれば弾薬は現在のまま、22口径と38口径、バックアップに357マグナムという二本立てというか二・五本立てというか、そこから増やしたくない。弾薬というのは数が集まると案外かさばる上に、懐から出すとき軽く選別するような間が必要になる。あえていえば、ポケットに入った小銭のなかから目当てのものだけを手探りで取り出すみたいな感じか。いま三種類でもそれなんだから、もっと増えたらタイムラグが伸びる。無駄な荷物も増える。
ミュニオとジュニパーに休憩するよう伝えてミネラルウォーターとエナジーバーを渡し、ランドクルーザーの陰で爺さんを呼び出す。
「市場」
見慣れた縁台に肘をついて、サイモン爺さんはこちらに笑顔を向けてきた。
「ああ、ちょうど良いところに。待っていたよシェーナ」
「悪いけど、急ぎなんだ。追加の拳銃を……」
「だろうと思ってね。もう用意してある」
エラい喰い気味にきやがったな爺さん。正直、嫌な予感がするんだけど。
「用意って、まだ頼んでもないぞ」
「間違いないチョイスだよ。とっておきの逸品だ。支払いは、以前に受け取った金貨で問題ない」
「そりゃ結構……だけど、また持つとこ紅いとかじゃないだろうな?」
「いいや、銃把は定評あるホーグ社のラバー製、色はブラックだ」
「ああ、良かった。それじゃ、そいつはあたしが使う……って、おぉい!」
あたしは乗りツッコミ状態で、爺さんの差し出した銃を指差す。なんじゃ、これ⁉︎
「紅いな⁉︎ スゲー紅いな⁉︎ つうか、銃本体を紅くしてくるとは思わなかったよ!」
「気に入ってくれたかね? セラコートの真紅色をベースに、特注でシェーナの瞳の色に合わせたグラデーションを掛けてある」
う〜ん……そんなん、いわれてもわからん。自分の目の色なんて、こっち来てからは鏡のない暮らしで自覚がないし。鏡……車のミラーくらいか。でも感情が高ぶったときに覗いたことないから、やっぱわからんな。
「色は、もういいや。それで、この銃は……これもレッドホーク、だよな?」
「ああ。最初に渡したのと同じレッドホークではあるが、こちらは最新モデルで、サイモンのいる国でもようやく出回るようになった8ショットという装弾数拡大版だ。銃身は7・5インチに交換してある」
「う、うん」
ところどころ初耳の単語があったが、“セラコート”は、この紅い塗料だろ、きっと。んで、銃身が前より2インチ長い7・5インチと。違いは見た感じでしかわからんけど、全体に前のレッドホークより長くて強そうになってる。銃把がゴム製なのは衝撃吸収のためだろうな。
シリンダーを横に振り出して、容量拡大を確認する。あんま射撃が上手くないから、二発分増えたのは正直ありがたい。
「シリンダー自体の外寸は、あんま変わってないみたいだけど、強度は大丈夫なのか、これ?」
「問題ないよ。元々スタームルガーは、設計強度を高めに取るメーカーだ。二発増えた分シリンダーの内壁は薄くなったが、初期よりも冶金技術も上がっているし、外側が“肉抜きミゾのない”仕様になっているしね」
“のんふるーと”というのが、これまた雰囲気でしかわからんけど、シリンダーの外側にくぼみがなくツルッとしてるのがそれか。強度については、本職の武器商人が問題ないというなら、大丈夫だろう。どのみち強力なマグナム弾はカービン銃を中心に使うし、まあいっか。
割れてしまったランクルのフロントグラスを確認したら、在庫はなかったけど現役使用中の車両から窓枠ごと外して持ってきてくれた。ついでにスペアタイヤも。機関銃架の前にあったので、槍が刺さってパンクしてたのだ。
つうか、古い車だと思ってたけど爺さんの国では他にも現役稼働中なのね。
フロントグラスは窓枠のボルトを外して、自分で付け替えることになる。爺さんの手書きメモ付きで、作業手順を聞いた。何度か聞き流して苦労したから、今度は真面目に聞く。
車に搭載された簡易工具より使いやすいはずだと、最低限必要な物が揃った工具箱を手渡してくれた。銃器の整備に必要なクリーニングキットも。う〜ん、銃って清掃と注油も必要なのね。
機械とかあんま得意じゃないけど、三人いるし。知恵と力を合わせりゃ、どうにかなんだろ。
「色々ありがとな、爺さん。……そうだ、これ服を選んでくれた姐さんたちに渡してくれないかな」
「……これは?」
「冥府穴熊っていう魔物の魔珠……魔力が篭った石みたいなもんだ。追われる身で人里に近付けないから、悪いんだけど、このくらいしかお礼に渡せるもんなくてさ」
爺さんは黙って、手の上に乗せた魔珠に触れる。
この魔珠、魔物が体内の魔力を蓄積・放出する器官らしいんだけど、触れる者が発する感情の波に従ってキラキラと虹のような輝きを放つのだ。当然ながら元いた世界には存在しないので、よくわからん代物だけど、とりあえず綺麗ではある。
解体したときに汚れは落として水で洗って、可能な限り布で磨いてはおいたけど、ひとによっては気持ち悪いと思われるかもしれない。そのときは、そのときだ。砂漠を抜けたら花でも摘むさ。
「こっちの世界の言い伝えじゃ、良い夢が見られるらしいよ。縁起物程度の話だけど」
爺さんは、淡い光を放つ魔珠を両手で大事そうに包み込むと、あたしを見て微笑んだ。
「……シェーナ、ありがとう。必ず渡しておくよ」
接続が切れて、時間が動き出す。ランドクルーザーの運転席側に歩いてゆくと、ミュニオとジュニパーが幸せそうにエナジーバーを齧っていた。どうやら帝国では、甘い物を食べる機会がほとんどないらしいのだ。それも干した果物程度。スウィーツどころか糖分そのものに飢えていて、ミュニオもジュニパーも甘味を渡すたびに蕩けるような顔をする。口にチョコ付いてるし。
「お帰りシェーナ、それどうしたの?」
あたしの持った新しいレッドホークを見て、ふたりは目を輝かせた。
「ぼくに渡してくれたのと、同じ感じの武器だね」
「ああ、ええと……魔法で手に入れたんだ。基本的には、同じ銃らしいよ」
「すごい格好良いの! シェーナに、よく似合ってるの!」
好評のようで何よりだ。そこでふたりは、揃ってコテンと首を傾げる。
「「……でも、なんで紅いの?」」
それは、あたしが訊きてえよ。