ケルピーズダウン
「……ごめんな、ふたりとも。これホントに、死んじゃうかもしれない!」
あたしはアクセルとハンドルで騎兵の間を駆け抜けながら、大声でふたりに謝る。これならまだ、息を殺して龍の住処を突破した方が、ワンチャンあったかもしれない。
ふたりの提案を潰してまで、強行した結果がこれだ。死地への道連れにしてしまった。恨まれてもしょうがない。なんかあったら――この状況では、あるに決まってる――そしたら、あたしのせいだ。
「あははははッ!」
急に後ろで上がった笑い声に、あたしはビクッとバックミラーを覗き込む。ジュニパーが荷台で、笑っていた。彼女は踊るように回りながらリボルバーを連射し、無数の死を振り撒きつつ、嬉しそうに笑う。
なんだ、あいつ。追い込まれておかしくなったか⁉︎
シリンダーから空薬莢を弾き出して、彼女はこちらを振り返った。キラキラと輝く髪をなびかせて、恋人にでも見せるみたいな満面の笑みで。
「そんなの、最初から覚悟してたよ! 初めて、出会ったときから!」
あたしは言葉を失う。鏡に映った幸せそうな表情と、その無垢な美しさに困惑する。
「シェーナの綺麗な真紅の瞳を! そこに映った自分の姿を! 覗き込んだときから、ずっと!」
ジュニパーは、大声で叫んだ。あたしに聞かせるように。そして、自分の思いを噛み締めるように。
「魅入られたんだ! ゾクゾクした! 自分を縛る軛が! 当たり前だった世界が! みんな壊されて、変わってくことに!」
後方からリボルバーを連射する音が聞こえた。空の薬莢が撒き散らされ、荷台で跳ねて澄んだ音色を奏でる。装填は流れるように行われて、細い指は新たな死を求めて宙を泳ぐ。
「このときを、待ってた!」
咆哮とともに、ジュニパーの放った38スペシャル弾は的確に騎兵たちを薙ぎ倒す。あの弾丸に金属甲冑を貫通する威力は、ないはずなのに。彼女は銃に触ったのも、これが初めてのはずなのに。
目玉を、喉を、関節を、兵士の甲冑から露出した部分を、ジュニパーの射撃は過たず貫いてゆく。
「怖いのは、死ぬことじゃないんだ! 誰にも知られず、埋もれてゆくこと! 檻の中で! 枷に縛られて! どこにも行けずに朽ちてゆくことだよ! 世界中の知識をどれだけ詰め込んだって、ぼくが見ていたのは薄暗い灰色の壁だけだった!」
思いの丈を打ち明けながら、ジュニパーは荷台で舞い踊る。舞台の上でスポットライトを浴びて、愛を歌うバレリーナのように。細い指先が宙に伸ばされると、死を運ぶ弾丸が正確に兵士を穿つ。女優が観客の心を撃ち抜くように、ジュニパーは周囲に死と恐怖を送り込み続ける。
「ぼくは、もう怖くない! 怖れるものなんて、なにもない! だって……」
クルクルと回りながら、彼女は天を仰いで高らかに叫んだ。
「ぼくは、自由だからーッ‼︎」
「……バカだ、あいつ。なにいってんだか、わけわかんねえよ!」
アクセルを踏みつけ、ハンドルに縋りながら、涙と鼻水を垂らすあたしを、ミュニオがクスクスと笑いながら振り返る。
「わたしは、わかるの」
「うぇッ⁉︎」
「わたしも、同じだったの。ずっと、もう死ぬんだって、思ってたの。何度も、もうダメだって。でも、そのたびにシェーナが助けてくれたの。わたし……わたしね」
レバーを操作してマグナム弾を薬室に送り込む。彼女が発砲すると遥か彼方で騎兵の兜が弾け、血飛沫と肉片を後続にぶち撒ける。巻き込まれて転倒する騎馬の集団は、後続に押し潰され踏み殺されて新たな肉片に変わる。体勢を立て直して追い縋る騎兵たちが、怒りに満ちた表情でこちらへと反転してくる。
「前に、帝国の芝居小屋に、奴隷として買われたの。毎日毎日、辛い仕事しながら、同じ芝居を聞いてたの。歌も踊りも全部覚えちゃうくらい。それが、すごく嫌だったの」
キランチャリンと澄んだ音を立てて、車内を薬莢が跳ねる。ミュニオがカービン銃を操作するたびに、ひとつまたひとつと騎兵の頭が弾ける。倒れた兵士と巻き添えの馬が、後続を巻き込む絶妙なタイミングで。エルフは弓の名手というのは、きっと弓矢を扱う技術の問題ではないんだ。正確な狙いと、的確な判断。そして、戦いの流れを読む勘だ。
「それ、白馬に乗った王子様が、お姫様を助けてくれる話だったの。バカみたいだって、思ってた。そんなの、あるわけないって、ずっと思ってたの」
ミュニオは、あたしを振り返る。泣きそうな顔で、笑みを浮かべて。
「……コルタルの城壁で、シェーナたちに助けられるまで」
「「え」」
図らずも、あたしとジュニパーの声が重なる。
「あのとき、思ったの。王子様が、来たんだって。ホントに、来てくれたんだって、そう思ったの!」
バックミラーをチラッと見ると、白馬ならぬ青毛の水棲馬が苦笑しながら首を振るところだった。弾薬を装填中だった彼女は、シリンダーをセットしてふわりと優しく笑う。
「わかるよ」
「わかるのかよ! いや、そこは怒るとこじゃねえの? “ぼくは馬じゃないよ!”とかなんとかさ⁉︎」
瞬く間に六発の弾丸を敵兵に叩き込み、銃口にくちづけするような格好でヅカ水棲馬は運転席後ろの窓ガラスにもたれかかる。
「ぼくは、いつでも馬になるさ。美しい少女を、悪漢の手から救えるならね」
お前、スゲー男前だな⁉︎
あたしたち三人のなかでもブッチギリの爆乳だけどな⁉︎
「さあ、お嬢さんたち。ダンスの時間は終わりだよ。名残惜しいが、そろそろ幕にしよう」
「そうね」
なんのこっちゃ、とフロントガラス越しに先を見たあたしは、岩場に囲まれて隘路になった平地に重装歩兵の集団が待ち受けていることを知る。三十人ほどの隊列を組んだ彼らは大きな盾で密集隊形を組み、誰も通さないという意思を露わにしていた。
こちらが城塞脇を抜けるためには、通らなければいけない関門になるわけだ。
「ふたりとも、タマは」
「まだあるけど、38スペシャルは盾を抜くのは難しいかも」
「357マグナムは、隙間を狙えばなんとかなるの」
このまま車で突っ込んでしまえば、敵に壊滅的ダメージを与えることは、できる。その後の移動は不可能になるし、囲まれてジリ貧のまま殺されることになるだろうけど。
「大丈夫、馬がなければ、“らんくる”は追えないの」
「もう少し左、弓兵との間を抜ければ、ギリギリ行けると思う」
重装歩兵の一団を支援するため、十メートルほど奥に盾を構えた皮鎧の歩兵と、長弓装備の弓兵が二十人ほど布陣している。水平方向の射界を確保するためだろう、その前方には五メートルほどの幅が開けられていた。
真っ直ぐ突っ込めば通過できない幅じゃない。ただし、一度コースを定めたら逃げたり避けたりはできない。
あの巨大な弓から発射された矢が刺さると、ランドクルーザーも無傷じゃ済まない。ガラスに当たれば割れるし、エンジンに当たれば……わからんけど、動かなくなるかもしれない。ドアを射抜くほどの威力はないと思うが、装甲車じゃないので安全は保証できない。けど……
――やるしか、ないか。
「ふたりとも、しっかりつかまってろよ! 少し揺れるぞ!」
「「うん!」」
あたしはランクルのアクセルを、いっぱいに踏み込む。みるみる近付いてくる巨大な鉄の塊に、重装歩兵の前列が恐怖の表情を浮かべるのがわかった。クラクションを鳴らしてライトを点灯し、槍の間合い直前まできたところで左にハンドルを切る。悲鳴を上げて飛び退る兵士のひとりが逃げる方向を間違え、バンパーに引っ掛けられて宙を舞った。
「そのまま、真っ直ぐ!」
弓兵が一斉に弓を振り絞る。ミュニオの射撃が的確に胸板を打ち抜いてゆくが、二十人全員を無力化するには足りない。荷台で発砲するジュニパーの弾丸が前列の盾で跳ねて被害を広げた。目の前に飛んできた矢はフロントガラスをあっさりと突き破った。
「うおおぉッ⁉︎」
シートの枕状の部分に刺さったそれを、あたしは危ういところで頭を振って躱す。
「シェーナ⁉︎」
「大丈夫だ、もうチョイ!」
何を考えているのか両手を広げて制止しようとした指揮官らしき男を、躱し損ねてバンパーで撥ね飛ばす。蜘蛛の巣状にヒビの入ったフロントガラスを、拳で叩き割って視界を確保する。城塞の前にバリケードらしき物はあったが、構築途中だったのか進路を塞ぐほどではない。横を抜けて、そのまま北に向け速度を上げる。ときおりガンガンと車体に当たるのは鏃だと思うが被害を確認している余裕はない。運転していて異音や違和感はないが、このまま走り続けられるところまで逃げ切ると決めた。
荷台でジュニパーが何か甲高く声を上げた。振り返ったミュニオが息を呑むのを感じたが、状況はわからない。いま振り返ったら両脇の岩場に突っ込みかねない。
「ジュニパー!」
返答がない。嫌な予感がした。ミュニオが助手席のドアを開けて、走行中の車内から荷台に乗り移った。
「わたしが診るの。シェーナは、そのまま走って」
「おい! 返事しろよ、ジュニパー⁉︎」
何かあったんだ。あいつに、もしものことがあったら、あたしのせいだ。アクセルを踏みしめながら、自分のバカさ加減を呪う。
どうか無事でいてくれと、信じてもいない神に祈りながら。
読んでいただき、ありがとうございます。
続きは明日13時予定です。




