◆【Shana's Side】Food Chain
暗闇に半ば沈む森のなか、木々の間をギリギリで避けながら高速移動している水棲馬ジュニパーの背で、あたしは置物のように身を強張らせていた。暗すぎて木々も敵も、あたしの視力ではうっすらとしか見えん。狙おうにも視認できんし、不用意に銃を向けたら掠めた枝に引っ掛けてしまいそうだ。
「ちょッ、馬鹿!」
「うわああ、ぁぐッ⁉」
突進する馬前にいきなり逃げ惑う人影が現れる。お互い武器を向ける間もなく、馬体に弾き飛ばされた身体が立ち木に叩きつけられ、あるいは仲間を巻き込んで悲鳴とともに闇の彼方へと消えていった。
「ひ、怯むなあァッ⁉」
どこかで指揮官らしい男が兵たちを鼓舞しているが、甲高く裏返った声で台無しだ。ジャングルの木々を縫って突進しながら大きくターンするジュニパー。その途中で、さらに何人もの敵が轢かれ、撥ねられ、跳ね上げられる。
ある者は逃げようと身を捩った姿勢で、ある者は振り返った顔に恐怖と驚愕の表情を浮かべたまま、一瞬ブレたかと思うと超高速で吹き飛ばされてゆく。
城砦側から陰になった位置に回り込んだところで、人型に変わったジュニパーに抱き留められて降ろされた。あたしはそこで、ようやくホッと息を吐く。ジュニパーの機動は、あまりに速すぎた。騎乗していただけのあたしも、自動式散弾銃も出番がないままだ。
「残りの敵は……」
「あれ」
と言ってジュニパーが指さした先でなにかが樹上から転げ落ち、遅れて遠くから銃声が響いた。
「ゴブリンじゃないよな?」
「人間だね。この島の戦闘じゃ、人も魔物も木登りするんじゃないのかな」
知らないけど、とか適当なことを言いながらジュニパーは物見塔のミュニオに手を振る。
あたしは周囲に敵がいないことを確認して、落ちてきたものをライトで照らす。地べたで呻いているのは中年の男。途中でぶっ飛ばしてきた兵隊っぽい連中より、ずいぶん年齢が高い。どうやら、さっき部下たちに怒鳴っていた指揮官のようだ。
「すごいね、さすがミュニオ」
「ん?」
ジュニパーに言われて見ると、男が被弾しているのは右肩だった。8百メートル近い距離とはいえ、超常的狙撃能力を持ったミュニオが外したとは考えにくい。尋問用に生かしておいてくれたんだろう。
さすが姐さん、こっちの意図をちゃんと汲んでくれてる。
「う、ぐうぅッ」
あたしたちに気づいた男は腰の短剣を抜こうと必死にもがくが、脚か腰かを痛めたらしく立ち上がることはできず、右腕が動かないのでまともに抵抗もできない。
左手で必死に引き抜いた短剣を、ジュニパーがあっさりと蹴り飛ばした。
「同じミエニー族でも、ずいぶん違うんだね」
男をライトで照らしたあたしも、ジュニパーの感想に同意する。良く見れば、ルエナさんを拉致した集団とは装備も服装も雰囲気もまるで違っていた。
ミニエーズ組の兵隊は揃いの制服と規格化された長弓や手槍や木盾を持ち、指揮官は青い服に羽根飾りのついた帽子みたいなのを身に着けていた。ある程度の資本と備蓄と社会体制が整ってるのが窺えたのに対して、こいつら北部の……野良のミエニー族は装備も服もバラバラだ。
途中でジュニパーが撥ねた連中も、思い出してみれば武器はほとんどが短弓に短剣程度、ろくに連携もなく逃げ惑うだけの烏合の衆だった。
共通しているのは、アジア人っぽい見た目だけ。こいつらの身なりは、むしろ城砦遺跡の避難民に近い。
とはいえ、あたしたちの知ったこっちゃない。こいつらはミエニー族のなかでは弱者かもしれんけど、自分たちより弱い者を狙って襲い掛かってきたわけだから手心を加えてやる義理もない。
「お前ら、なにが目的だ。イルミンシュルか? それとも、他になにかあるのか?」
部下を喪い武器を奪われ抵抗能力も失った男は、口を開こうとはしない。憎しみに満ちた目で睨みつけてくるだけだ。
「シェーナ」
ジュニパーが、男の傍らに転がっていた魔導短杖を指す。これが、こいつの持ち物なんだとしたら。
「そいつ、魔物使役者なんじゃないのかな」
「なるほど。ゴブリンを嗾けたのは、お前か」
あたしが低い声で言うと、男はビクリと身を震わせる。当たりだ。黒幕と呼ぶには、あまりにも惨めったらしい小者だけどな。
ルエナさんの予想は正しかった。“魔物使役者を遣ったか魔物誘引剤を撒いたか”って言ってたけど、それが両方ともだったわけだ。
「そいつがやったんだとしたら、ミニエーズに送り込んだのも含めて百を超えるゴブリンを集めたことになるね」
ジュニパーが半ば呆れたような、半ば感心したような声で言う。魔法に詳しくないので難易度は不明ながら、こいつのテイマーとしての能力はそれなりに高いのかもしれない。今回の襲撃が、時間もコストも手間暇もかけて準備した計画なんだってこともわかる。
「みんな無駄に終わったけどな」
思わずボソッと本音が漏れて、男の顔が怒りで歪んだ。
「黙れ! 恥知らずの卑しい雑種どもが! 南部の腑抜けと通じて、生き延びられるとでも思っているのか!」
なんの話だ? 怒りと憎しみと差別意識は伝わってくるものの、なにが言いたいのかはイマイチわからん。
もしかして、あたしたちがミニエーズの連中とグルだとでも言いたいのか?
んなわけねえだろ、とは思うけれども。こいつは、あたしらが何者かも知らんだろうし、自分らの企みを同時期に潰されたら邪推したくもなるか。
「貴様らが緑の手を……」
「ん?」
聞きなれない言葉に思わず視線を向けるが、男はその途端ピタリと口をつぐんだ。明らかに、口が滑ったのに気づいたような印象だった。
「“緑の手”って、なんだ?」
男は黙ったまま、口を固く結んで睨みつけてくる。二度と話さないと決意したのがわかった。あいにく、あたしは尋問の仕方なんか知らない。それほど情報収集に熱心でもない。
「お前ら、イルミンシュルを手に入れて、どうするつもりだ」
無言。
「ミキリアルって漁村を襲ったのも、お前らの仲間か?」
男は答えず、怒りに満ちた表情で睨みつけてくる。お前らの知ったことか、とでも言いたいんだろう。実際、あたしたちの知ったこっちゃない。
「まあ、いいや。話す気がないなら、ここで解散だ」
イラッとしたあたしは、さっきジュニパーが拾った魔物誘引剤と思われる筒を振って、残っていた粉末を男に振りかける。
「お前らのだろ、これ。返すぜ」
あたしとジュニパーが背を向けて歩き去ると、男が焦ってもがき出すのが聞こえてきた。
夜は、魔物と獣の時間だ。森のなかで動けないまま血の匂いを漂わせているだけでも危険だっていうのに。誘引剤のトッピングまでされたら、どんな結果を生むのかなんて考えるまでもない。
「ま、待て!」
いまさらながらに声を掛けてきた男を無視して、あたしとジュニパーはその場を離れる。しばらくすると、ガサガサとなにかが近づいてくる音がして甲高い悲鳴が上がった。
「……ぎゃああ、ぁッ!」
すぐに静かになり、どこかに引き摺られていく気配がした。持ってくのは構わんけれども。あの太めのオッサンを単体で引き摺ってく生き物って、なんだ。
「いまの、なに?」
「わかんない。この島の固有種なのかな。140センチ弱あるトカゲ」
「なにそれ、こわッ⁉」
その後は元来た道をたどって、ミエニー族とゴブリンの死骸を収納で拾って回る。死骸が腐敗して病原菌やら疫病やら死肉喰らいの生き物やらを呼ばないためなんだけれども、こちらも喰われたのか回収できたのは半分くらい。あとは血痕だけを残して、あるいは跡形もなく消えていた。
近くで暮らす城砦遺跡の避難民たちのことを考えれば、できるだけ回収しようとは思うんだけれどもさ。
「これって、そこいらの川にでも流す方が手っ取り早いし、そもそもハイアドラ本来の姿なんじゃないか?」
獣とか魚とか虫とかが死骸を喰って分解して、その養分で育って繁殖してゆく生き物が生態系を作っているんだろうしさ。
そんな話をすると、ジュニパーが笑った。
「そうかもね。大きな戦争があった後は魚が良く育つって、ルエナさんが言ってたし」
「魚を食いたくなくなる話だな」
あらかた回収を済ませると、あたしたちは城砦遺跡に戻った。
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