◆【Shana's Side】(回想)Swarm of Scum
ようやく起き上がれるようになったおっちゃんとか、意識を取り戻したおばちゃんとか。まだヘロヘロの大人たちにペットボトルの水を渡し、木椀でスープを配る。みんな、あんまり食欲はなさそう。子供たちに食べさせた後でそれほど具が残っていないけど、かえって良かった気がする。
「なにか少しでもお腹に入れておいた方がいいの。身体を温めたら、少し眠って」
「ねえ、雨をしのげる場所で、濡れてないとこはないのかな」
世話好きのミュニオとジュニパーが、あれこれと気遣って大人たちに声を掛ける。コミュニケーションが下手くそなあたしは、大きめのテントやマット、毛布なんかを用意した後で、上階に登っての見張り番を買って出た。
二階を抜けて屋上に向かうと、物見塔が建っていた。城砦遺跡で最も高い位置にあり、地上からの高さは10メートルくらいか。見張りには最適なんだろうけど、ちょっと上がるのを躊躇するボロさだ。木製の梯子はともかく建物本体は石造りなので崩れはしないだろう。腹を括って登ると、思った以上に遠くまで見渡せた。
「なんだろ、この気配」
スコールは止んでいたが、大量の水を含んだ森がザワザワと蠢いているのが見える。木々が風に揺れているだけなのはわかるんだけど、それだけじゃない印象。この島の緑は、南大陸で見た“恵みの通貨”とは違う意味で、近づくと喰われそうな感じがスゴいのだ。
「シェーナ」
ジュニパーが木椀を持って上がってきた。そんなにお腹は減ってないけど、せっかくなのでもらっておく。
「この島も、いろいろと厄介事が多いみたいだね」
ジュニパーが、避難民の大人たちから聞いた話を伝えてくれた。
ミエニー族っていう島の支配層がいること。そいつらは島で最も数が多く、部族社会を形成していて、まとまった物資と武器と兵力を持っている。元々が貧しい島なのに、他の少数民族や混血はミエニー族から好き放題に虐げられ収奪を受けてさらに貧しく弱くなってゆく悪循環だ。
どっちに着くかなんて、言うまでもない。
「どうしたの、シェーナ? なんか、こう……もにょっとした顔してるけど」
なんだそれ。いや、わかるけど。自分でも、おかしな顔してる自覚はあった。その理由もだ。
「……ヘンな話さ。ホッとしてるんだと思う」
「え?」
「もし、ここが。みんなが手を取り合って幸せに暮らす、満ち足りた楽園だったら、あたしの居場所はないんじゃないかって思ってたから」
ジュニパーは、ひどく嬉しそうにうなずく。
「わかるよ、すごく。もちろん、ぼくも同じだもの。きっと、ミュニオもね」
空を覆っていた雨雲が流れて、雲間から陽が差す。まぶしく降り注ぐ光に手をかざして、ジュニパーは目を細めた。
「昔いた研究施設で、変人の研究者がいってた。“俺たちハグレ者は、どこかにある幸せな場所を探してる。そして、それを見つけることを怖れてる”って」
顔を見合わせて、あたしたちは笑った。
自分たちがそのハグレ者なのは思い知ってるし、これまでに仲良くなった大多数もそのタイプだった気もする。“幸せな場所”で満ち足りた暮らしを送ってたのなんて、エリの両親くらいじゃないのかな。
「来たよ」
ジュニパーが笑みを消して、北西方向を指す。数百メートル離れた森の切れ目から、五人の男たちが姿を現した。
「あれが、ミエニー族?」
「じゃないかな。ぼくは見るのは初めてだけど、この島で他に武装した集団はいないみたいだよ」
弓と手槍で武装して、こそこそ隠れながら城砦遺跡に近づいてくる。どう見ても狩りの途中って感じではない。目的は不明ながら害意は明白。あいつらは――少なくとも避難民にとっての、敵だ。
「警告は要るかな?」
「ああ、最初くらいはな。いきなり殺すのも……おッ⁉」
弓持ちのひとりがいきなり、なにかを狙って弓を引いた。反射的に自動式散弾銃を取り出したあたしは一発で男を射殺する。飛んで行った矢がどこかに当たったらしく階下から悲鳴が上がる。
「くそッ!」
怒りに任せて、残りの男たちに散弾を叩き込む。悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように森のなかに駆け込んでいった。装填していたのが鳥用小粒散弾だけに、当たったかどうかはわからない。残っているのは最初の男の死体だけだ。
「ミュニオ! 被害は!」
「大丈夫なの! びっくりしただけ!」
ホッとしたあたしとジュニパーは階下に降り、壁際に貼り付いている大人たちを見た。察知能力に優れたミュニオのことだ、接近する敵に気づいて対処してくれてたんだろう。
「ちょっと見てくる」
城砦の外に出ると、射殺した男の死体が消えていた。倒れていたはずの場所から引き摺っていった跡があるから、一緒にいた連中が回収していったんだろう。
ということは、あたしの追撃は当たってなかったのね。どうしても殺したかったわけじゃないにしても、散弾を九発撃って倒したのがひとりというのは少しだけ凹む。
「シェーナ、なんだろこれ」
ジュニパーが手招きして、地面を指す。そこには奇妙な筒が転がっていた。サイズはリレーのバトンくらい……というか、漫画とかに出てくるダイナマイトみたいに見える。
「気をつけろ、爆発するかも……って、オイ!」
「大丈夫、中身は空だよ」
そう言って筒を嗅ぐと、ジュニパーは顔を顰めて小さく首を傾げた。
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