◆【Shana's Side】(回想)Rain & Encounters
あたしたちが避難民と出会ったのは、ほんの少しの偶然だった。
東群島で最初の島、ハイアドラ島に上陸してひと月ほど。はじめのうちは新しい環境と動植物と自然の恵みに一喜一憂していたあたしたちは、頼みの綱のランドクルーザーでさえも動けないほどのジャングルに辟易し始めていた。
「……おい、またかよ……⁉」
なにより難儀していたのは、頻繁に訪れる凄まじいばかりのスコールだ。南大陸でも豪雨は体験したが一回だけだし、ゲリラ豪雨みたいなもんで雨雲の範囲からは小一時間ほどで抜けた。それが東群島では日に数回、下手すると一日中降り続くこともある。上陸して数日は水に困らない暮らしを喜んでいたものの、すぐに認識を改めるようになる。この島で水は恵みではなく、天から降り注ぐ悪意だ。
「どっかで、雨宿り……」
「シェーナ、ミュニオ! あれ!」
ジュニパーが指した先で、豪雨のなかに城みたいなシルエットが浮かび上がっていた。久しぶりに見た人工物だ。
その間にも雨は道を川へと変え、濁流が倒木や小動物が押し流してゆく。平地は水没して傾斜地は崩落を始め、立っていられる場所がどんどん無くなってく。
「ちょ、ヤバ……」
「ふたりとも、乗って!」
水棲馬姿に変わったジュニパーが、あたしとミュニオを乗せて走り出す。木やら草やらツタ植物やらが密生したジャングルは水棲馬が駆け抜けるには狭すぎるんだけれども、ちょっとした川になっている獣道がちょうど良い通路になってくれていた。
「ジュニパー、大丈夫?」
「この程度の水なら、走りやすいくらいだね」
ジュニパーの俊足で、遠くに見えていた建物がぐんぐん近づいてくる。ずいぶんと古い代物だというのがわかるようになってきた。苔むしてツタに覆われ、崩れかけた感じは遺跡のようだ。なんであれ雨を避けられるだけでも助かる。
「待って」
そのまま内部に踏み込もうとしたジュニパーを、ミュニオが制止する。
いったん足を止めたジュニパーが人型に変わり、あたしとミュニオをお姫様抱っこで降ろした。
「誰かいるの」
防水布で巻いたカービン銃は背負ったままなので、身の危険を感じているのではなさそう……だけど表情は真剣だった。なにかを頼みたいときの顔だ。
ザバザバと落ちる雨で音も気配も搔き消されて、あたしにはなんにも感じられん。ジュニパーはといえば、少し首を傾げるみたいにして奥の様子を窺った。
「……ホントだ。けど気配は弱いね。あれって獣かな? 魔物? 獣人? それとも……」
「たぶん、人間。敵意は感じられないけど、ひどく怯えているの」
攻撃の意思がないなら、対話を試みるのもアリかな。と思って視線を向けただけで、ふたりからうなずきが返ってきた。
「声を掛けてみようと思うの」
「そうだね。東群島で最初の出会いだし」
「ただし、自分たちの身を守るのが最優先な?」
うなずいて、あたしとジュニパーが前に出た。ふたりともすぐに銃は出せるし、なにかあれば後衛のミュニオが援護してくれる。
城砦の入り口は跳ね上げ式の橋になっていたが、木の板は朽ちて橋桁のとこしか残ってない。渡った先には、崩れた残骸なのかバリケードなのか判断しにくい石材と木材の山がある。わずかに気配がしているのは、その山の向こうらしい。
「おーい! 悪いんだけど、雨宿りをさせてもらえないかー?」
「おねがーい! 雨が上がったら、すぐに出てくからー!」
あたしとジュニパーのアピールにも、リアクションはなし。ミュニオと三人で顔を見合わせ、もういっぺんアピールしてみる。
「食べるもの、分けてあげられるよー!」
「あと、治癒魔法もできるのー!」
「ええと……女の三人組だから、危なくないぞー!」
あたしだけ、なんかアピール下手。まあ、いいや。
ミュニオによれば怯えた気配が少し弱まったようなので、跳ね橋を渡って城砦内に入る。石材と木材の山は、バリケードみたいだった。壊れた弓と折れた槍が転がっていて、いくつか矢が刺さっていた。戦闘があった、ってことは敵対勢力がいるってことだ。あたしたちにとって、どちらが敵でどちらが味方なのかはわからない。当然、どちらも敵ってこともあり得る。
「おじゃましまーす」
「いま武器は、持ってないからなー? 攻撃してこないでくれよー?」
後ろから守っていたミュニオが、あたしたちの横にまで出た。一瞬だけ身構えて、奥へと駆け出す。
「ミュニオ、どうした?」
「ひとり病気で、ふたりケガしてる。ひとりは危ないの」
やっぱり、誰かと戦っているのか。敵は誰だ? 獣か魔物か人間か亜人か。そして、なんで彼らは遺跡に立てこもってるんだ? この島の住人じゃないのか?
いろいろ疑問はあるけど、いま考えてもしょうがない。あたしとジュニパーが周囲を警戒しながら先行しているミュニオの援護に回る。この辺りは、修羅場に慣れてしまったせいで抜けきらないクセだ。
初めて訪れた東群島に、どんな住人がどういう暮らしをしているのか、あたしたちは三人とも何の知識もない。
「あれ獣人、かな」
ジュニパーに言われて見ると、開いたままの扉から屋内の暗がりに何人か蹲っているのが見えた。あたしの視力じゃ、少しモジャモジャした感じの人影と光る眼が並んでるくらいだけどな。
「シェーナ、お願い」
ミュニオに呼ばれて、あたしも屋内に入った。彼女は血まみれの中年男性に治癒魔法を掛けながら、部屋の隅で震えている小さな女の子を指す。
「あの子たちを拭いて、乾いたものを着せてほしいの」
子供は、全部で十二人。ひとりは風邪を引いているのか、熱が高い。意識が朦朧としているようで、抱え上げても反応がない。おまけに、その身体は驚くほど軽かった。
見渡してみても、同じように瘦せ細って濡れネズミの子供たちばかり。水の染みた石造りの床で暮らしていたみたいだ。そりゃ風邪も引くわ。
「ちょっと待ってろ」
収納から空の木箱を出して、床の上に並べると上に毛布を敷く。簡易的だが、キングサイズのベッドくらいにはなった。熱のある子から身体をタオルで拭いて、どこで手に入れたのかも覚えていない適当な服に着替えさせて毛布でくるむ。残りの子もひとりずつ身体を拭き、服を着替えさせた。
脱がしてみてわかったけど、みんな伸びっぱなしの髪がモジャモジャしてるだけで獣人とかではなさそう。エルフやらドワーフやらという風でもなく、たぶん人間だ。
「お前たち、いつから喰ってないんだ?」
子供らに、言葉は通じてる。でも返答はない。たぶん、怯えている。救いを求めるように大人たちを見るけれども。彼らは床にグッタリと倒れたまま動かない。というか、動けない。
ミュニオは“ふたりケガしていて、ひとりは危ない”と言っていたけど、ケガしてない大人も全員が気力体力を使い果たしているのがわかった。
頼みの綱の大人たちがダウンしてるのを見て、子供らはこの世の終わりみたいな顔してる。蒼褪めて、痩せ細って、目ばかりギラギラした顔で。
もう見てられん。
「とりあえず、飯食おう。な?」
答えを待たずに用意を始めた。使い慣れた寸胴を出してミネラルウォーターを注ぎ、ガソリンストーブで加熱する。島に上陸してから狩った鳥の肉と根菜類を細かく刻んで煮込みながら、フリーズドライのスープストック味付きミックスベジタブルをガサッと投入。
湯気とともに香りが立ち上ると、黙ったままの子供たちがソワソワし始めた。
「すぐできるから、ちょっとだけ待ってろ」
木椀と木匙を配って、大箱入りのビスケットを二、三枚ずつのっけてやる。
「先に、それかじってな」
食べていいのかとキョロキョロしているので、食料はみんなで分け合う習慣があるのかもしれない。大人たちはまだ動けそうにないから、食料を分けるとしても後回しだな。
「食べていいぞ。大丈夫だって。大人たちにも、後でちゃんと食べさせるから」
最初はチビチビとかじり始め、やがて涙目で頬張りだす。残りのビスケットも配って、火加減を調整。なんとかスープができたので、順によそってやる。
「あ、ちょっと待った」
これ、小さい子には危ないくらいアツアツだな。できるだけフーフー冷ましながら食べるように、とか言っても無理な話だし。どうしよう。
「シェーナ、ぼくに任せて」
様子を見に来たジュニパーが、あたしの悩みを汲み取ってくれた。彼女は簡単な水魔法と風魔法が使えるようになったとかで、スープを熱すぎない程度に冷ましてくれた。
子供たちに手渡すと、彼らは歓声を上げてガツガツと食い始める。
「これがぼくの、“スープを冷ます魔法”!」
「……めっちゃ地味だけど、ピンポイントでスゴいな。いつの間に、そんな技を」
とかなんとか言ってるうちに、ほうっと吐息が聞こえてミュニオが笑顔で振り返る。ケガで危険な状態だった男性の治療を終えたようだ。
「もう大丈夫なの」
「おつかれミュニオ」
負傷者の服についた血と汚れを浄化した後で、疲労と消耗でグッタリしている大人たちにも順に治癒魔法を掛けてゆく。
熱のある子供の首筋に手を当て、青白い魔力光を身体に通した。
「いまのは?」
「魔力循環なの。熱が出るのは、身体が病と闘っているからなの。そこで治癒魔法を掛けるのは、病状を悪化させる可能性があるの」
そんなもんか。魔法にも医学にも詳しくないので、そちらは専門家に任せる。あたしは食事当番に徹しよう。
「そのひとたち、誰と戦ってたんだ?」
「それは、訊いてみるしかないの」
ミュニオは首を振って、傍らのお爺ちゃんを掌で指す。ようやく起き上がれるようになったお年寄りが、濡れた床に土下座しようとするのを止める。
やめて、いろんな意味で見てらんない。
「そういうのはいいから、ここいらの事情を聞かせてくれるかな。あたしたちは、この島の名前さえ知らないからさ」
「わしらの知っていることならば、なんでもお話しいたします」
カラン、って小さな音が聞こえた。子供らの手から木匙が転がった音だ。
子供らは満腹になってホッとしたのか、次々に寝落ちし始めている。あたしたちは彼らを即席ベッドの上に寝かせて、大人たちに向き直った。
「でもまあ、それは後にしてさ。大人たちもメシにしないか?」
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