◆【Shana's Side】Where there's smoke
「煙って、なんの煙?」
長老ヌマグさんは、わからないと首を振る。状況がつかめないので、あたしたちは急いで物見塔まで登った。日が陰り暗くなり始めた空の下、たしかに北西方向、ミエニー族の町がある辺りから複数の黒い煙が上がっている。あきらかに炊煙ではないが、遠すぎる上に森の樹木で視界が塞がれているので町の様子は視認できない。
「町の住人が逃げ回ってるみたいなのは見えるけど、理由まではわからないかな」
「気配を読むにも遠すぎるの」
ジュニパーの水棲馬超視力でも無理か。8百メートル先の敵を察知するミュニオの超感覚も、さすがに4キロ半先の状況は把握できないらしい。
「水棲馬が偵察してくるよ」
「シェーナも、お願い。城砦遺跡は、わたしに任せるの」
物見塔に残ったミュニオに送り出されて、ジュニパーに騎乗したあたしは城砦を飛び出した。すさまじい勢いで疾走するジュニパーの背に揺られていると、数キロなどあっという間だ。
風向きのせいか煙は南東側に流れてきて、ジュニパーがボソッとつぶやく。
「肉が焼ける臭いだ」
吐き気がするような甘ったるい焦げた臭気。たぶん死体が焼かれているんだろう。ジュニパーはミニエーズのある平地を大きく迂回するように、周囲の森林地帯のなかで高度のある方に向かう。
森の小道を選んで突っ切り、大木の幹を蹴って駆け上がり樹上まで出ると人型に変わって枝の上に立った。片腕でお姫様抱っこをされたまま、あたしも双眼鏡を出して町のある方を見る。
「う~ん……なんだ、あれ?」
町には、魔物の群れが入り込んでいた。立ち昇っている煙は魔物を追い払うための松明と、それが延焼した火災のようだ。町の外縁部に魔物と戦っている兵隊らしき一団がいて、町の中心部には逃げ惑う一般人っぽいひとたちが見える。
加護の力を持った樹に守られ続けて安全を過信していたのか、町を囲っているのは人の背丈ほどしかない柵だけ。この島のゴブリンなら、あっさりと飛び越える。
押し寄せている魔物は、視認できるだけで四、五十体くらい。建物の陰とか内部に入り込んでいるのも考えれば、おそらく百近くはいるんだろう。
「あれが、スタンピードってやつなのか?」
「ぼくも聞いた話でしか知らないんだけど、ちょっとヘンな感じだね」
あの町の住人には大変な事態ではあるんだろうけど、それほどの異常事態という印象はない。“ダンジョンが溢れた”、っていうわりに数も少なく密度も薄い。それ以前の問題として……
「ゴブリンしかいないし」
「それな」
バラエティに富んだ魔物たちの百鬼夜行っていうイメージだったから、ちょっと看板に偽りありだと感じてしまう。
そのまま観察しているとゴブリンは少しずつ倒されて、着実に数を減らしていった。ミニエーズの連中も、思ったより魔物への対処能力はあるみたいだ。
「あのくらいの数なら、ミエニー族だけでも対処はできそうだね」
「そうだな。近づくのはやめとこうか。あたしたちが乗り込んでいったら揉め事にしかならないだろうし」
ジュニパーは、あたしをお姫様抱っこしたまま樹上から飛び降りる。水棲馬に変わってふわりと着地。走り出そうとして、ふと北西方向を見る。彼女がなにを考えているのかは当然あたしにも理解できた。
「ダンジョン、気になるか?」
ジュニパーの脚で約12キロだと、往復しても小一時間というところだろう。もうすぐ暗くなりそうだけど、行けない距離じゃない。
「そうだね。気にはなるけど、今日はやめといた方がいいと思う」
とりあえずの偵察は済んだので、あたしたちは城砦遺跡に戻ることにした。
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