◆【Shana's Side】Premonition
ミュニオがなにかに気づいたのかと思ったんだけど、気づいたのはルエナさんだった。元猟師として獣や魔物の習性や行動を読むのに慣れている彼は、ゴブリンの巣に仔ゴブリンがいたという話を聞いてミュニオに忠告したのだそうな。
「ルエナさん、ハイアドラの獣や魔物は、雨季の終わりからが繁殖期だって言ってたの」
「いまは?」
「雨季に入ったところなの」
熱帯雨林気候のハイアドラ島では、初夏から秋までの半年が乾季で、冬から春までの半年が雨季らしい。いまは初冬ってことか。ずーっとムシムシして暑いから季節感ゼロで全くわからん。
「こんな早い時期から繁殖し始めるとしたら、なにか起きてるって教えてくれたの」
「なにかって、たとえば……」
物知りなジュニパーの知識によれば、“本能的に、種を残そうと焦るような事態”が最もわかりやすいらしい。種族が途絶えかねないほど極端に数が減ったり、生き延びられそうにもない災害や脅威が出現したり。
「あたしたちのことじゃないよな。来たばっかりだから時期が合わない」
「ルエナさんは、スタンピードが起きるんじゃないかって言ってたの」
スタンピードって、なに? と思ってジュニパーを見ると、ダンジョン内部の魔物が飽和状態になって外にまで溢れ出す異常事態だと説明してくれた。
「ダンジョンって、南大陸では見つかったって話を聞いたことないけど、東群島には、そんなものがあるんだね♪」
「いやジュニパー、なんでそんなに楽しそうなん?」
「構造も原理も解明されてないことばっかりなんだけど、すっごい魔物とか、すっごいお宝が生み出されるんだって。考えるだけでワクワクしない?」
お宝はともかく、すっごい魔物にはぜんぜんワクワクせんぞ。
「話を戻すと、そのスタンピードが起きるとしたら、どうなるんだ?」
ダンジョンを中心として魔力が異常に高まる。周辺の魔物で弱いものは怯えて逃げていくし、強いものは魔力を貪るために近づいていく。そのどちらにせよ、異常事態に生存本能を刺激されて繁殖を始めるのだそうな。
「なるほど……だけど、そういう俯瞰的な話じゃなくてさ。あたしたちと避難民のみんなに、どういう影響があるのかってこと」
う~ん……と考えるジュニパー。ミュニオ姐さんは笑顔で首を振った。
「こちらにとっては、特になにもないの」
ないんかい。最寄りのダンジョンは北西方向に約12キロだというから、魔物が溢れたところで対処する時間はありそう。
「でも、ミエニー族の町は無事では済まないの」
「というより、あいつらスタンピードが起きるのを知ってて、必死に加護の力を持った樹を手に入れようとしてたんじゃないのかな」
なんか、事情がいろいろゴチャゴチャしてるな。とはいえ、ややこしい問題のどれもが、あたしたちにとっては他人事だ。
「イルミンシュルが移植できそうなら、みんなを誘ってさっさと逃げようぜ。とりあえずは避難民のいた村で、その先のことはそれから考えればいいだろ」
陸路はリスクと移動手段が問題になる。目的地が海沿いの村なら、海まで出て島の外周を回ろう。最寄りの海岸線までなら、3キロ前後かな。あたしたちが城砦遺跡に向かってきた山道を使って……いや、下りなら別の方法もあるか。
「なあ、来るとき川が流れてたよな。あそこを船で下れば海まですぐじゃないか?」
「“じゅべちゅだ”で? 底がつっかえると思うけど」
ジュニパーが言ってるのは、彼女が操縦を身に着けた高速巡視船だ。全長20メートル近くあるんで、この島の川では使えない。ちなみに(言えてないけど)Zvezdaというのはエンジンの製造メーカーで、船の名前はマングスタ型パトロールボートというらしい。
「いや、もっと小さくて軽い船をエステルに頼もうと思って」
いま彼女はハワイにいるから、川を下るのに適した大きめのゴムボートくらい調達してくれるだろ。ただ子供十二人と大人七人、プラスあたしたち三人となると、それなりに大きいボートに……
「ミュ、ニオさまッ、シェ、ナさ、ジュにッ!」
「ん?」
上階から長老のヌマグさんの声が聞こえてきた。息切れで言えてないあたり、かなり緊迫した状況っぽい。駆け下りてくるお爺ちゃんを落ち着かせると、アタフタと上を指す。屋上からなにかを見てしまったらしい。
「どうした、なにかあった?」
「わかりません! ですが、ミニエーズから、煙が!」
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