◆【Shana's Side】Step without thinking
「大丈夫だったの? ケガは?」
城砦遺跡に戻ったあたしとジュニパーを迎えてくれたミュニオが、心配そうに訊いてきた。ここから森の奥は見通せないと思うけど、ゴブリンの咆哮と銃声の間隔からアタフタした状況を読み取っていたみたいだ。
「大丈夫だよ。途中で思ってもみないとこからゴブリンが出てきたんで慌てたけど、なんとか対処した。ケガもないし、巣にいたゴブリンはみんな駆除できた」
あたしの説明に、姐さんはホッとした表情になる。ついでに、捕まってたミエニー族の女性を助けた話もした。お仲間はゴブリンに殺されちゃったみたいだけど、無事だった彼女には武器を持たせて解放したと伝える。
「それは良かったの」
うん。当然ながら、ミエニー族だから敵って話にはならない。彼らが砦の避難民たちと敵対する理由がなくなればそれでいい。とはいえ解決の方法はいまのところ思いつかないから、面倒な話でもあるんだけどな。
「ウィンチェスター、すごく良かった」
ジュニパーがショットガンを抱き締めるみたいにして言う。リボルバーも大好きだけれども、ウィンチェスターにはレッドホークとは違う良さと強みと頼り甲斐があるのだそうな。
確かにそうだ。射撃が上手くないあたしなんて、自動式散弾銃なしではどうにもならんくらい頼りにしてる。
「あと動きが、すっごく可愛いよね!」
「へ?」
「なんかホラ、一生懸命働いてる感じ!」
ジュニパーが、“大事に抱えた赤子を、そっと棚に上げる”、みたいな動作を見せる。なんだ、その不思議な動きは。なにがなんだか……
「わかるの♪」
「わかるんかい」
ミュニオとジュニパーは共感しているけれども、あたしにはピンと……ああ、そっか。
「それって、レバーアクションの……」
「そう。機関部の動きなの」
ジュニパーがウィンチェスターのレバーを動かして、実際に内部を見せてくれた。ジュニパーの動作が表していたのは、銃身下のマガジンチューブから弾薬を引き出して、トレイみたいな機構で薬室まで運び入れる動きだ。ミュニオのカービン銃も、なかの動きは似たような感じらしい。
可愛いかどうかはともかく、オート5の自動装填機構が弾薬を直線的に“蹴り込み”“蹴り出す”感じとは違って、どこか 絡繰細工っぽいというか、“頑張って働いてる”風には見える。
こういう感受性の違いは、女子力の差か。
「タマは飛ぶだけならレッドホークと同じくらい飛ぶけど、散らばっちゃうから確実に倒すなら十五メートル以下が良いと思う。このくらいまで広がるんで、ゴブリンなら二体は倒せるよ」
両手を広げて説明するジュニパー。スゴいな。あの状況で戦闘中にそこまで観察してたのか。
今後は前衛、中衛、後衛でのフォーメーションを考えようという話になった。
「それとな、さっき気づいたんだけど」
あたしは、イルミンシュルの小枝が収納で生きたまま運べたことを話す。元いた世界でエステルに渡したときにも、特徴的な光が放たれていた。
「だからさ、城砦遺跡にあるイルミンシュルの若木も、収納で運べるんじゃないかな」
それを聞いたミュニオは考えて、イルミンシュルに近いサイズの樹木で試してみようと提案してきた。避難民の長老を呼んで、この辺りでイルミンシュルと似たサイズの木はないか尋ねる。
「それでしたら、マイクモールでしょうか」
野球ボールの、黄色い実をつけている果樹らしい。ヌマグさんが指さす方向にも、いくつか自生しているのが見える。
「ちょっと待ってて」
あたしは駆けて行って収納し、城砦内に戻ってイルミンシュルの生えている場所に向かう。城砦一階の、吹き抜けになった中央部。長年降り積もった木の枝や葉が堆積して朽ち、腐葉土みたいになった場所だ。そこだけは日に数時間、陽が差し込むので植物の生育にちょうどいい。偶然そこにイルミンシュルの種子が飛んできて芽を出した、ってことなんだろうけれども。
そこにたまたま避難民が入り込んだというのも含めて、いささか偶然が過ぎる気はする。
「これで数日、様子を見るか」
採取してきたマイクモールの低木を植えて、移植に問題がないか調べる。見た感じは大丈夫そうだ。
むしろ問題は、植え替えができるとしたら、どうするかだ。まだヌマグさんには話していないが、ジュニパーとミュニオは理解している。
「選択肢のひとつは、彼らが暮らしていたミキリアルっていう漁村だ」
あたしはミュニオに、元猟師のルエナさんから聞いた話を伝える。その場合、ミエニー族の海賊が問題になることもだ。彼らは自分たちの故郷に戻れるが、不利で面倒な状況は城砦遺跡での籠城と大差ない。
いや、それ以上か。その村にイルミンシュルを移植したら、襲われる可能性は飛躍的に上がる。まがりなりにも籠城向きな環境から開けた場所に変わるだけ不利ともいえる。
「どうしたいかは、本人たちに決めてもらうべきだと思うの」
「それはそうだね。ぼくたちが考えるべきなのは、“どこまでやるか”、かな」
「だよなー」
ずっと見ないふりしてきたけど。こんなフワフワした方針とガバガバな基準では、いつか破綻することなんてわかりきってた。しょせん他人事だと放り出してしまうのが最も手っ取り早いんだけど。どうしたもんかな。
ふとミュニオに目をやると、なにか迷っているような顔で考え込んでいるところだった。あたしたちの視線に気づくと、彼女は苦笑しながら首を振る。
「……まだ、わからないんだけど。たぶん近いうちに、この状況はひっくり返るんじゃないかと思うの」
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