◆【Shana's Side】Capricious Annihilation
「うおッ⁉」
気づけばゴブリンが十数体、すぐ間近にまで迫っていた。
咄嗟にビビッて逃げかけたものの、視界の隅でジュニパーが慌てて手を振るのが見えた。そうだ。彼女のショットガンは散弾の拡散が大きいから、あたしに当たる可能性があって援護射撃ができない。だったら距離を取らなきゃ、と思ったんだけど飛び掛かってくる勢いがスゴすぎて逃げきれん。
つうか、こいつらメチャ速えぇ! 左右にフェイントみたいな動きを見せるし、距離を詰めてくる動きも早い。おまけに飛び上がれば三メートル以上は跳躍するのだ。これが森の中なら詰んでた。
「くッ、そがァ!」
逃げるのを諦めて向き直ると、自動式散弾銃で手当たり次第に掃射する。ゴブリンは肉体の構造も強度も、人間とそう変わらない。鹿用大粒散弾をまともに喰らえば一発で絶命する。致命的部位を外した個体も、被弾すれば悲鳴を上げて転げ回り、すぐに動かなくなった。
「シェーナ!」
「こっちは大丈夫! 周りの警戒を頼む!」
いきなり襲ってこられたせいでパニック状態になったけど、対処を思い出して落ち着きを取り戻す。のどかな東群島に着いて、どこか気を抜いてたんだろう。ずっと戦闘態勢だった南大陸では考えられないミスだ。
「ギヤアアアァアァッ!」
次々とお仲間が殺されていくのを見たゴブリンたちは、威嚇音を上げて回り込もうとする。少しは頭が回るようだけど、だったら森から出てくるべきじゃなかったな。いくら素早くても防具も飛び道具もないゴブリンは、開けた平地に出たら的にしかならない。
撃ち尽くす前に散弾実包を装填し、どんどん仕留めていく。半分以上を倒したところで、隣に来てくれたジュニパーからの援護射撃が始まった。
あっという間に全滅させて、あたしたちはグッタリした顔を見合わせる。
「ごめん。リボルバーで撃てばよかったんだよね。いまになって思いついた」
「いや、あたしもアタフタしちゃって。さっさと撃てば済む話だったのにさ」
増援がないのを確認して、ゴブリンの死骸を回収して回る。至近距離で大粒散弾を喰らったゴブリンは、死んでることはほぼ確実。とはいえ魔物の死骸を放置すると他の魔物を呼び寄せるし、腐って病原菌を振り撒くので衛生的にも良くない。できるなら、回収するに越したことはない。
「巣の方には?」
「あと数体だね。群れの最上位個体と……」
ジュニパーは少しだけ表情を曇らせる。
「たぶん、幼体」
危険なクマやらイノシシは駆除しても、小熊やウリボーは撃ちたくないっていうような話はわからんでもない。けどな。
「さすがにゴブリンは放置できないだろ。避難民たちの安全にもかかわるしさ」
「うん。わかってる」
あたしとジュニパーは消費した分の散弾を装填して、森に向かって進み始める。遠くで、野太い威嚇音。あればボスなのかな。たぶん、群れが全滅したことを察して、あたしたちを待ち構えている。
「ぼくが先に行くね。右側は任せて。シェーナは左を」
ずっとジュニパーがリボルバーであたしがショットガンだったから、取り回しの問題でこの役割分担に慣れてしまってた。右利きのあたしが肩付けして撃つ自動式散弾銃は、右方向に銃口を向けるのが少し遅れがちになるのだ。
「その銃でも大丈夫なのか?」
「もちろん」
いまはジュニパーもショットガンだけど、彼女のウィンチェスターは銃床のない手持ちタイプなので特に問題はないみたい。
森に入ると、戦闘の難易度が急に上がった。密生した枝葉で視界が塞がれ、足元もぬかるみがひどい。ツタや根が張り巡らされて移動の邪魔をするし、視界の隅で蛇やリスみたいな小動物が動き回って意識を散らされる。
これで木の上からゴブリンに飛び掛かられたら、シャレにならないところだったな。
「シェーナ」
抑えた声であたしを呼んだジュニパーが、森の奥を指さす。枝葉の隙間から覗き見ると、彼女が注意を促した理由がわかった。
そこだけ森が雑に切り開かれたゴブリンの巣に、捕まっている人間の姿が見えていた。縛られたままグッタリして動かないけど、ジュニパーの気配感知によれば、まだ生きてるみたい。それは良かったと思いつつ嫌な予感がした。
「ねえ、あれってさ……」
「たぶんだけど、ミエニー族」
非常に面倒臭い話になってきた。いや、なんにしてもゴブリンの巣は潰すし、捕まってる人がいたらどこの誰であれ解放まではするけれどもさ。
「来るよ!」
考え事は倒した後だ。比較的大きめの木の幹を遮蔽に選んで、あたしは右側、ジュニパーは左側に着く。さっきまでの配置と逆になるが、右利きが遮蔽越しに撃つとき左側からは難しい。そこはサラッと汲んでくれるあたりが、気遣い上手のジュニパーらしいところだ。
「ガアアァッ!」
ゴブリンも群れのボスは武器を使うらしい。鉈みたいな刃物を振りかぶって、一気に距離を詰めてきた。あたしたちを薙ぎ払おうとしたところでジュニパーのウィンチェスターに顔面を撃ち抜かれて転がる。
反り返って痙攣したところにもう一発。これは確実に死んだだろ。死骸を回収して、ゴブリンの巣に向かう。かすかに猫の鳴くような声が聞こえてきた。
「奥のは、任せて」
気が滅入る幼体の始末は自分がやるって、気遣いにも程がある。良いことも嫌なことも分け合うって決めたんだ。さらに言えば、捕まってたミエニー族――と思われる人間――の解放も気が滅入る話なのは大差ない。
「こういうのは一緒に、だろ?」
爆乳ガールのわき腹をつついて、ふたりで奥に向かう。
巣の奥には、植物繊維で編まれた吊り下げ型の籠が並んでいた。なかではゴブリンの幼体が猫のような鳴き声を上げている。魔物のゆりかご、ってとこか。違いがあるとすれば、その赤子たちがしゃぶっているのが動物の骨付き肉だってとこだ。
「あんま見ない方がいい」
あたしたちは巣のなかのゴブリンたちにとどめを刺し、死骸は収納で消す。放っておいても死んだのかもしれんけど。長く苦しめる気もないし、やると決めたなら確実な結果を確認したい。
手に掛けたのが弱者だからといって、罪悪感を持つのも筋違いだ。こいつらがしゃぶっていたものの一部は人間の残骸だったからな。
捕まっていた人間の仲間か、他で捕まった人間か。なんにしろ楽しい話になんてならない。
「おい」
縛られていた人間に近づくと、ビクッと怯えた顔でこちらを見る。あまりに汚れてよくわからなかったけど、どうやら女みたいだ。泥まみれなので年齢は不明。特に知りたいとも思わない。
「お前、ミエニー族か」
女は、ぶんぶんと頷く。あたしたちがゴブリンの群れのボスを殺したのを見ているんだとしたら、もう反抗の意思なんてないわな。
「なんで捕まったの?」
ジュニパーが女を起き上がらせて、縛っていたツタを切った。
「……も、森で、狩りをしてたら。……木の上から飛び掛かってきて」
それな。慣れてないあたしたちなら完全にやられてただろうけど、慣れてるはずの現地人でもそんな感じなのね。縛めを解かれた女は固まったままこちらを見る。
「……わたしを、……殺すの」
「なんでだよ。殺す気なら拘束解かないだろ。他にお仲間は?」
「……あいつらに、殺された」
そっか、と聞き流す。仔ゴブリンのおしゃぶりにされてたんだとしたら、他人事ながらいたたまれない。巣のなかに転がっていた短剣やら弓矢やらを渡して、自分たちの住処に帰るように促す。
あたしたちに後ろから撃たれないかビクビクしながら、女はミエニー族の町の方に逃げ帰っていった。
「なんだかな」
兵隊以外で初めて会ったミエニー族は、なんということもない女だった。特に敵意も感じなかった。
「砦のみんなと敵対してるって言っても、憎しみからじゃないからね」
たしかに、争いはイルミンシュルを巡る利害だけで、感情的な衝突ではない。ミエニー族の優越主義も、本人たちが思うほど意味も価値も実効性もない。それだけに、この対立はわかりやすくもあり、解決が難しくもある。
巣の周囲を見回りながら、ゴブリンが溜め込んでいた物資を回収する。ほとんどは価値がない古びた武器や防具や小銭の入った革袋程度。食品や水樽は要らないのでそのままにしておく。朽ちた樽から芽が出て花が咲いているが、ふと目に留まった。
「シェーナ、なにか気になることでも?」
その花自体は、どうということもないジャングルの野花だ。目に留まったのは花そのものではない。あたしは花を収納して、また取り出す。それを見ていたジュニパーが、あっと小さく息を吐いた。あたしの言いたいことに思い当たったみたいだ。
「……イルミンシュルの、小枝」
「そうなんだよ。生きているものは収納できないと思ってたんだけど、あの枝、ちゃんと生きてたよな」
ということは、つまり。城砦遺跡にある若木も、運べるってことだ。
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