◇【Esther's Side】受け継ぐもの
初めて会ったシェーナは、思っていたタイプとは少し違っていた。
曾祖父が遺した“どこにも属さない”という表現は、合っているといえば合っているのかもしれないけれども。身に着けたデニムのシャツもパンツも、ベルトもブーツもみんな紅い。だというのに、まず最初に目に入ったのは彼女の輝く瞳だった。
警戒するでもなく、値踏みするでもなく。こちらを向いた視線も眼の光も、揺れることなくただ静かにこちらを見据える。落ち着いているいうのとは、少しだけ違う気がした。過酷な戦場を経験した兵士の目に近いか。
「そんじゃ、そいつらは、あたしが引き取るよ」
私が住居侵入者対策空間から出てきたときには、すべてが終わっていた。決死の覚悟で握り締めていたリボルバーは、なかなか手から離れようとしない。
それでもなんとか演台の上に銃を置いて、私は襲ってきた連中の死体をシェーナが消してゆくのを見ていた。彼女が手を振るごとに、床に転がっていた男たちは次々に消滅する。まるで魔法のようだが、テオおじちゃんからそれが実際に魔法なんだと説明された。
いまシェーナがいる世界には魔法があって魔物がいて、エルフやらドワーフやら獣人やらが暮らしているのだとか。
私にとっては荒唐無稽な、映画やコミックブックのような世界だけれども。彼女たちも銃がなければ生き延びられなかったというから、夢のような場所ではないのだろう。
「なあ、それより爺さんはどうした」
彼女は曾祖父の死を知らずに、こちらの世界と接続したようだ。遺された手紙から察するに、シェーナのいる世界とこちらとを結び付け、曾祖父との取り引きを成立させていた媒体が、きっと目の前にある演台なのだ。
「逝っちまった」
テオおじちゃんの言葉にも、彼女は動揺しなかった。それは、なにも感じていないという意味ではない。ここまでの付き合いで、なにか通じ合う思いがあったのだろう。シェーナは事実を受け入れ、曾祖父との思い出を言葉少なに語った。
なにか人生でやり残したことを、終わらせようとしていたこと。曾祖父にとって、それは賭けだった。カネではなく、自分の人生の価値を見出すための。
正直、私には共感できるほどの人生経験がないのだが。
「あいつは、勝ったんだな」
シェーナの言葉は、すんなりと腑に落ちた。思えば曾祖父がときおり見せていた、遠くを見るような表情。老齢でありながらなにかを諦めていない、ある種の決意のようなもの。
あれは、ルーレットを見据えるギャンブラーの貌だ。
曾祖父が本当の自分を見せていたのは、そして心情を吐露していたのは、私でも他の家族でもなく異世界で戦い続ける女の子だった。
悔しくはあるが、わかるような気はした。彼女が驚かず、悲しまなかった理由も。ふたりは、言ってみれば戦友のような関係だったのだろう。
「これを爺さんの墓にでも供えてくれないか」
シェーナは、小さな花がついた木の枝を差し出してきた。悪を遠ざけ幸運をもたらす、聖なる樹の枝だという。不思議な光を放つ花を見れば、ふつうの植物でないことは明白だった。それは、かつて曾祖父が市場に持ち込んだという奇跡の花、“祈りのシェリル”に似ていた。
私が礼を言うと、シェーナは用が済んだとばかりに帰ろうとし始めた。テオおじちゃんから用件を訊かれて、曾祖父にショットガンの調達を頼むつもりだったと話す。
この隠れ家に用意されていたウィンチェスターを渡すと、紅い木部を呆れたように見る。テオおじちゃんから操作方法を教わっていた途中で、なぜかシェーナの表情が崩れた。整った顔がくしゃりと歪み、泣き出しそうなのを隠そうとして横を向く。
そうだ。誰かを喪った悲しみは、すぐには来ない。なにか、ほんの小さなきっかけで、いきなり押し寄せてくるのだ。私は、彼女を止めた。理由はわからない。
「ねえ、シェーナ」
気づけば、私は彼女に商取引を持ち掛けていた。曾祖父の後を継いで、彼女をサポートさせて欲しいと。
シェーナは、少し迷っているようだ。こんな小娘になにができるのかと思っているのだろう。たしかに、私は商人の経験などない。銃器も車両も詳しくない。でも、このまま帰せば曾祖父との間にあった絆を、培われてきたコネクションを、断ち切ることになる。
そして、もうひとつ。最大の理由は、単なる私のエゴだ。
私は、見たいと思ってしまった。知りたいと思ってしまったのだ。彼女と彼女のパートナーたちが生きている……
――遥かな異世界の、有り様を。
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