◆【Shana's Side】Erimination & Determination
「……⁉」
まず目に入ったのは見慣れた演台と、その奥で暴れ回る巨漢だった。なんか茶色いバナナみたいな武器を振り回すたびに、そいつを取り囲んでいた男たちの頭がグリンと半回転して人形のように崩れ落ちる。
――巧ぇな、こいつ。
ひどく場違いながらも、それが正直な感想だった。ここがどこなのかは知らんけど、狭くて逃げ場のないゴチャゴチャした空間で、銃を持った屈強な敵が入り乱れるなか最低限の動きで射線を交差させ“撃てば仲間を巻き込む”状況を作り上げている。
銃は使えないとわかってナイフに切り替えた奴もいたけれども、左手で大振りのパンチをぶん回した後に、見えない角度から叩き込まれる茶色いバナナに沈んだ。
「クソがッ!」
次々に仲間が倒されて開き直ったのか、残り三人になったところで男のひとりが短機関銃を発砲し始めた。デカブツはひょいと頭を下げて弾幕を避け、蹴りで銃身を弾いてお仲間に銃弾を撃ち込ませた。残りは、ふたり。こうなると銃の使用をためらう理由もない。同士討ちしないよう離れた場所で壁際まで飛び退いた男たちが銃を構えたところで、頭を吹き飛ばされて転がった。
「お?」
自動式散弾銃の援護射撃で、ようやくあたしに気づいたみたいだ。振り返った巨漢の顔には、見覚えがあった。サイモン爺さんと一緒に波乱万丈の逃走劇を繰り広げていたオッサンだ。たしか名前は……
「……テオ、だったか? サイモン爺さんの、護衛の」
「おお、シェーナ嬢ちゃん。久しぶりだが、変わってねえな」
オッサンの方は、見たところ腕は鈍ってないみたいけど顔はずいぶん老け込んだな。歩み寄りかけたところで、背後から悲鳴に似た金切声が上がった。
「動かないで!」
あたしが振り返るまでもなく、オッサンが手を振って声の主を止めた。
「銃を降ろせ、エステル嬢ちゃん。こっちは、もう済んだ」
「え?」
壁の隠し扉から顔を出していたのは、あたしより年下っぽい女の子だった。手には、エリのコルトSAAに似た銀色の拳銃。いかにも使い慣れていないのが丸出しの持ち方で、手も震えているから見ていてひどく危なっかしい。
エステルと呼ばれたその子はあたしを見て目を見開き、ちょっとだけ首を傾げた。
「紅い、目。……じゃあ、彼女が」
「ああ。シェーナだ」
テオの説明によれば、エステルは爺さんの曾孫らしい。言われてみれば雰囲気は似てるような気もするが、顔かたちは整い過ぎていて胡散臭い爺さんの面影は見当たらない。
「テオおじちゃん、怪我は?」
「危ねえとこだったが、シェーナの嬢ちゃんに助けられた」
たしかに危ないとこだったのかもしれんけど、あたしがいなくても片はついてた気もする。どうやら地下室らしい部屋のなかは男たちの死体でいっぱいだ。数えてみたら、全部で十一。うち九人はオッサンが謎のバナナ――ブラックジャックという砂の入った殴打用の革袋らしい――で仕留めていた。
「みんな死んでんのか?」
「俺が殺ったのはいねえはずだけどな。ほとんどは同士討ちだ」
そうさせたのはアンタだろうとは思うが、あの状況なら自業自得だ。
最初に襲ってきた三人を昏倒させて縛り上げたところで、増援の八人が踏み込んできたんだとか。そのとき放り込まれた手榴弾の爆発で縛られていた三人が死に、残りも乱闘中の流れ弾で死んでいた。
「そんじゃ、敵の死体は、あたしが引き取るよ」
「すまねえ」
死体はあたしが装備ごと収納で消したが、血の跡やら弾痕やら飛び散ったなんやらはどうにもならない。それはオッサンが処理するので心配ないそうだ。
「なあ、それより爺さんはどうした」
何気なく聞いたつもりだったけど、ふたりはビクリと身を強張らせて黙り込む。ああ、これはやっちまったかなと思ったところで、オッサンがボソッと口を開いた。
「逝っちまった」
なんでまた、とは思ったが、さもありなんと思わなくもない。どこでなにをやらかした結果なのかは知らないが、いつ死んでもおかしくはない人生だったし、それを当人も自覚していたのだ。わかっていて、それでも退かず前に進むことを決めた。
きっと、最期まで足掻いたんだろう。運命か、やり残した人生の目的か、なんか知らんけど本人だけがこだわっていた、なにか価値あるもののために。
「……そっか」
他に言う言葉は見つからなかった。死にざまを詮索する気もない。ただ、ひとつだけ。これは個人的な関心からなんで答えなくてもいい、と前置きして尋ねる。
「……爺さんは、満足して逝ったか?」
「そいつは間違いねえ」
テオが笑う。
「アニキからの遺言だ。“俺の死を嘆くな。笑え”ってな」
「ああ、それはいいな。羨ましい最期だ」
あの爺さんは、あたしとの取り引きのときに言ってた。これはビジネスじゃない、人生のロスタイムで行う小さなギャンブルだって。賭けしてるのはカネではなく、“人生の価値”。勝てば、少しだけ自分の人生に意味が見付けられるんだって。
「あいつは、勝ったんだな」
あたしがそう伝えると、オッサンも女の子も笑った。あのひとらしい生き様だって。いまにも泣き出しそうな顔で。
サイモン爺さんが亡くなったと聞いて、なにか渡さなきゃいけない気がしてきた。最初の印象はともかく、それなりに世話になってきたし、売ってくれた武器やら補給物資やらには本当に助けられた。
とはいえ、あたしは現金を持ってないし贈り物にできるようなものも……
いや、ないこともないな。
「なあ、エステル。これを爺さんの墓にでも供えてくれないか」
ふと思い立って、あたしは懐収納から取り出した小枝を、曾孫娘に渡す。指揮棒くらいのサイズで、先端のところに並んだ小さな花が淡く光を放っていた。
城砦で避難民たちと初めて会ったとき、飢えていた彼らに手持ちの食糧を振舞ったお礼としてもらったものだ。
「これは?」
「イルミンシュルって聖なる樹の枝だ。そいつは悪いものを遠ざけて、幸運をもたらすんだってさ」
正確には、生命の魔力を帯びていて、強力な加護の力で魔物を寄せ付けない。エステルたちの暮らす――そして、かつてあたしも暮らしていた世界に魔物はいないけど、いわゆる加護というのは悪意への防壁で、要するに厄除けみたいなもんだろ。知らんけど。
とりあえず、いい匂いがして、綺麗に光る。弔問品としては及第点だろう。
「……それ、“祈りのシェリル”みたいね」
「ん?」
「半世紀ほど前、曾祖父が手に入れた不思議な花。“クライアントから贈られた”って、聞いたけど」
それは、あれか。ジャパニーズの魔王とやらが異世界から持ち込んだものだな。
エステルによれば、その花には“原理が解明できない薬効”があって、なぜか重病患者が快癒してしまうという不可解な症例が続出したらしい。魔法的な効果だとしたら、そっちの世界じゃ解明できないかもしれん。
その後、医学的な認可は得られなかったものの、爺さんのいた南の国ではどこの病院でもプランターに植えられるようになったとかなんとか。
「いや……その枝には、そんな効果はないと思うけどな。お守り程度だ」
「ありがとう。曾祖父も、きっと喜ぶ」
そんじゃお暇しますか、と思ったところでテオのオッサンがあたしを見て首を傾げる。
「それで、シェーナ嬢ちゃんはアニキになんか用があったのか?」
「用ってほどでもない。できればショットガンでも用立ててもらおうかと……」
「そうだと思って、用意しておいた」
エステルが、食い気味に答えた。それ、なんか前にも聞いたフレーズだな。
「私じゃなくて曾祖父が、だけどね」
彼女が持ってきたのは、短めのショットガン。ミュニオが使ってるカービン銃みたいに、装填操作用のレバーがついてる。なにこれ、と聞こうとしたけどエステルは肩をすくめる。どうやら彼女は、銃やら武器には詳しくないようだ。
「ウィンチェスターのM1887だ」
代わりにオッサンが答える。どうやらこれも、西部劇で有名な銃らしい。木部が紅いのも、いつものことだ。そして、きっとこれが最後だな。サイモン爺さんからの最後の贈り物って気がして、少しだけ胸が苦しくなる。
この銃は、装填の仕方が独特らしいので、テオが実包を持ってきてやり方を教えてくれた。
「このレバーを引いて、薬室の下にある弾倉に込める。やってみろ」
あの爺さん、またクセの強い銃を選んでくれたな。後で困るのは自分なんで、ちゃんと覚えるけどさ。
「装弾数はマガジンチューブに5発、チャンバーに1発だ。嬢ちゃんのオート5よりも銃身が短く切り詰められてるから、射程は短い代わりに散らばる範囲が広い」
テオの説明を聞いて、サイモン爺さんがこの銃を選んでくれた理由がわかった気がした。あたしたちの戦い方に幅が出るように考えられてる。
まったく、最期までサービスのいいこった。
「……ッ」
ちょっと泣きそうになって顔を逸らす。
「ねえ、シェーナ」
エステルが、演台に両肘をついてあたしを見た。なんだか思い詰めたみたいな、腹を括ったみたいな顔で。
「私が、曾祖父の後を継ぎたいの。私のクライアントになってくれる?」




